3.タイミング

「……ハァ、ハァ、ハァ」


 薄暗く先の見えない道を右へ左へと全速力で走って行く。

 息が切れ、肩に壊れそうなほどの痛みが走るが、止まるわけにはいかない。


「れん──────右!」


「おう!」


 肩に担ぐ少女の大きな声に合わせて、指示とは逆の方へと体を逸らす。

 するとたった今いた場所が爆発を起こした。


「うわっ!! マジでなんなんだよ! あんなのアリなのか!?」


「れん、左!」


「うおっ!」


 何度も起こる爆発に体が同じ回数浮きそうになるが、前だけを見て頑張って全速力で走る。

 ラナも未だに慣れない大声での指示に喉を傷めながらも、蓮のために頑張って声を出してくれている。


 走り出してから二十分近く、一度も走るスピードを緩めずに全速力で走ってきたが一向に距離が離れない。

 蓮は人より体力がある自信があったし、足が速い自信もあった。だがそれ以上に後ろから迫りくるあいつのほうが速い。


 近所で土地勘があるからこそ、裏路地を走ってどうにかごまかせているが、ジリ貧もいいところだ。

 それに、


「あ、のっ、玉、なんなんだよっ!!」


 乾燥する喉で言葉を詰まらせながら叫ぶ。

 そう、先ほどから何度も発生している爆発。出所はもちろん後ろの白い奴。その爆発の元である炎の玉が突然白い奴の手のひらに現れ地面にぶつかると周りを巻き込み爆発を起こしているのだ。

 その爆発は近づいては体をかすめ蓮の息の根を止めようとしてきていた。


「止まれ」


 後ろから感情の一切籠ってない静止の声が届いてくる。

 それらの言葉と同時にやはりどこから現れたのか分からない炎の玉が何度も投げつけられ、地面が同じ回数爆発していく。


「止まれるわけねーだろ! 死ぬわ!」


「れん、ひだり!」


「くそっ、マジでなんなんだアレ!! 最近の武器ってあんなポンポン撃てるもんなのか!? そもそも武器って持っててもいいものだっけか!? ──────うおぉ!! っておい! 当たったら目的のラナまで消えちまうぞ!」 


 蓮はもちろん、周りの建物や標的だというラナですらかまわずに、当たったら死んでしまいそうなほどの威力の炎の玉を撃ち込んでくる白い奴に声をかけてみるがそれでも攻撃の手は止みそうにない。


「そもそも知り合いでもないのにどこまで追ってくんだ! 変態か! ストーカーか! お前みたいなやつが日本の治安を悪くしてんだぁ!!」


「れ、ん……」


 ゼェハァと息を切らし走りながら、悪態をついてみるが白い奴には効いてないどころか担いでいるラナに心配されてしまう。


「そんなガチで心配そうな顔するなって……」


「止まらなければ抹殺するのみ」


 心なしか後ろから聞こえる言葉に殺意めいたものが込められたような気もしないが、それをいちいち確認しているほどの暇も余裕もない。

 いまでこそ運よく路地裏を活用できているため、完全に追いつかれるほどの距離には居ないが気を抜くことなどできない。

 しかし、なんのイタズラか蓮の運はここで尽きた。


「マ、ジか──────」


「れん!」


 次の曲がり角を曲がろうとしたときに、その先には子猫が優雅に寝転がっていた。

 今まで走ってきた疲れが蓄積されていた足ではどうしても一瞬反応が遅れてしまう。ギリギリで子猫は避けることができたが、もう一つの方はどうしてもワンテンポ遅れてしまう。

 ラナの叫ぶ声と、背後から迫る火の玉の熱がすぐ近くまで伝わってくる。


「ガッッ────!!」


「うぅっ!」


 紙一重に直撃することはなかったが、すぐ横に火の玉が着弾してしまう。その爆風で体制が崩れ蓮とラナは二人とも地面に投げ出される形で倒れこむ。


「れん、だい、じょうぶ!?」


「痛っつ……」


「れ、ん……血」


 すぐに起き上がり蓮のもとへ駆け寄るラナだが、蓮の状況を見て顔を青ざめさせる。

 少し掠っただけだが、今まで走ってきた足の疲労も相まってどうにも起き上がれそうにない。


「やっと止まったか」


「くそ……」


 蹲る蓮の近くにはラナだけでなく、後ろから追ってきていた白い奴が寄ってきていた。

 相手が一歩近づいてくるのに合わせて、傷ついた足を引きづりながら後ろに下がる。

 が、蓮の勘違いだったのか、曲がった先にあったのはただの壁で、これ以上後ろに下がることができない。


「行き止まり。人間の抹殺は決まっている。おとなしく標的を渡せ」


「れん……」


 ギロリと、白い瞳が蓮の奥に隠れるラナへと向けられる。

 感情も映らない白い瞳に見つめられ、ラナはさらに蓮の後ろに身を隠す。

 どうにかしてラナを守ってやりたいが、左右後方は壁に囲まれ、目の前には壁よりも厄介な陣貝の何か。


「へっ、ストーカーは嫌われるぞ。まぁもう手遅れだろうけどな!」


「……」


「ぐっ、ハッ──────!!」


 何もできずただ悪態を吐く蓮の顔面に、表情を一切変えず蹴りを入れる。

 頑張って踏ん張ろうと思ったが、抵抗むなしく横の壁へと体ごと吹っ飛ぶ。一瞬で意識が飛んだ。

 小さい体躯からは想像もつかないほどの脚力。

 金属バットでフルスイングをされた程度ではない。頭があるのが、ましてや死んでしまってないのが不思議なくらいだ。


「れ、れん、だい……じょ、うぶ!」


 頭から血を流す蓮に蒼白となりながらも駆け寄るラナ。

 当人は意識も失っている。そんな様子に不安と恐怖でラナの瞳に涙があふれてくる。

 だからどうなるんだと理解しつつ、ラナは血だらけな蓮の頭を体全体で覆い隠すように抱きしめる。


「れ、ん……れん……蓮!」


「止血か。無駄。本気ではないが人間には耐えられないほどの威力で蹴った。次第に死ぬ」


 蓮を抱きしめ何度も名前を叫ぶラナへ何の感情も示さない白い瞳を向け淡々と言葉が発せられる。


「ラナ……」


「れん! へい、き……」


 少しの間だけ意識が飛んでいた。

 眼を開くと、目の前には涙を流し蓮の名前を呼ぶラナの姿が映る。

 頭に何やら暖かい感触を感じるが、確認するまでもなく自分の血液だろう。


「ラナ……泣いてるのか」


「うぅ……血、が……」


「泣くな……。って言っても、無理か……」


 泣きじゃくる原因は蓮の頭から流れる血液だ。どうすることもできない。

 蓮は精一杯笑顔を浮かべ、ラナの頭に手をのせる。


「ラナ。俺が時間を稼ぐから逃げろ」


「え……」


「俺の足と記憶が確かなら俺の通ってる学校からそう遠くない……。近くにある大きい建物目指して逃げるんだ。そしたら大人が守って──────」


「ダメ!」


 少女からは聞いたこともない大きな声が路地裏中に響き渡る。

 何度か咳き込むと、次は大きな声ではないがハッキリと口にする。


「だめ!」


 少女の瞳は今の今まで震えていたとは思えないほど揺るがずまっすぐと蓮を見つめる。

 蓮はその瞳に一瞬たじろぐ。

 しかし、だからと言って折れるわけにはいかない。


「ラナ。俺は君を守り切れるほど強くない。それに、この血だと……」


「だめ、ダメ! 死んじゃう……ダメ!」


「し、死ぬわけじゃない! ラナが逃げられたら俺も後から──────」


「うそも……死んじゃうのも……ぜんぶダメ!」


 どうにかこうにか説得しようとするが、折れてくれる様子もなく、逆にしがみついてきて放そうとしない。

 そんな問答を続けているうちに、体がどんどん動きづらくなっていくのを感じる。


「ラナいい加減に──────」


「いい加減にしろ」


 蓮がラナへとかけようとした言葉は、それより早く自分たちにかけられる。

 しびれを切らしたように間に入ってきたのは、いまだ行く手を阻む白い奴だ。


「面倒。人間を殺し、標的を早急に連れ去る」


 顔には一切出ていないが、どうやら本当にしびれを切らしたらしい。

 蓮へと腕を向け何かをしだす。どうやってるのか知らないが、炎の玉を出そうとしているのだろう。

 その準備が終われば死ぬ。これが殺気なのか、白い奴から針のようなチクチクとした感覚を肌で感じる。どうにかこうにか、ラナだけでも逃がそうと考えるが、顔をガッツリと抱きしめるラナのせいで身動きどころか、相手の姿すらきちんと見えない。


「ラナ!! 危ないからどけ! 逃げろ!」


「ダメ!」


 何度も引き離そうとするが今の蓮では、少女の力にすら敵わない。

 さらに力強く抱きしめられてしまう。


「人間は抹殺」


 そんなこんをしているうちに準備が終わってしまう。

 もうすでに炎の球を持った手が振り下ろされようとしている。


「ダメだ!」


 蓮はできるだけ、炎の玉から庇えるようにラナを力いっぱい抱き寄せる。


「無駄」


 そんなことをしても無駄だとはわかっている。が、やらずにはいられない。

 ラナも同じように、抱きしめる腕の力を強くする。


「抹殺する」


「──────絶対守る!!」


 ラナがはっきりと叫ぶ。


「!?」


 炎の玉を飛ばし、それが当たるだけで蓮は死ぬ。絶好のチャンス。だというのに白い奴は慌てて後ろへと大幅に飛びのいた。

 それも、今まで微塵たりとも動いていなかった表情を驚愕の色に染めて。


「なんだ────」


 白い奴が声を上げる。目を見開き、驚きを隠そうともしない。

 それも当然。なぜなら、急にラナと蓮の体に文様が浮かびあがったのだ。それだけでなく体が白く光りだす。


「あれは……魔力? 標的のか、それとも……。どちらにせよ抹殺する」


 蓮とラナの異様な様子に何度か考えを巡らせるが、すぐに思考を切り捨て、行動に移す。

 次は炎の球ではなく、蓮を直接狙った手刀で確実に命を狙いに行く。


 しかし──────


「やっぱりここにいたにゃあ~~~~!!」


「なに──────ぐぅッ」


「え──────」


 どこからか今の状況にはふさわしくない間の抜けた声が響く。

 そんな声に、危険が迫っているというのにラナは顔を上げてしまう。


 そして、次の瞬間、手刀を構え迫ってきていた白い奴が突如上から降ってきたものによって、途轍もない威力で地面に押しつぶされるところがはっきりと目に映る。

 その衝撃はすさまじく、音はさることながら、地面には周りの建物にまで伝播するほどの大きなひびが放射状に入っていく。


「いったい何が──────あ」


 ラナが顔を上げたことで、視界が開け、蓮の目にも衝撃的な光景が映る。

 倒壊まではいかないが、かなりのひびが入ってしまっている建物たち。

 先程まで手も足も出なかった、白い奴がうんともすんとも言わず地面に押しつぶされているのも。

 そんな様子に唖然とするラナの姿も。


 どれこれも衝撃的だ。しかし、いや、そんなことより蓮の目を引いたのは、


「うっ……急に魔力が消えたにゃあ~急なのは魔力酔いするにゃあ~」


 白い奴を固い地面へと踏みつぶし、整った顔を歪めるの姿だった。


「なんで先生がここに……」


 その姿を目にした蓮は自然と口からそんな言葉が出てきていた。


「あ! 蓮~! 大丈夫だったかにゃあ!? 瞳狐先生が助けに来たにゃあ!」


「え、は、やめ、ぐふぅ──────」


 傷つき、あまり声を出せない。

 なので、決して大きな声ではないはずなのだが、先生と呼ばれたその女性は、蓮の声にすぐさま反応し、その姿を確認すると横たわる蓮めがけ飛び込んできた。


 飛びつかれた蓮から苦渋の悶絶が漏れるが、そんなことはお構いなしとばかりに体に回された腕に力が籠って行く。


「れ、れん」


 今まで抱いていた蓮を、命を狙ってきた敵を止めてくれた謎の女性に奪われ、そしてその女性に抱きしめられ苦しそうにうめく蓮の姿にどうしたらいいのか分からずただ唖然とし続けるラナ。

 それは蓮も同じようで、目の前に現れた存在に目を白黒させている。


「せ、先生。なんで先生が……」


 ラナと同じように何も分かっていない蓮は、為す術なく抱きしめられる。状況を理解しようと言葉を重ねるが、混乱しているので、先程と同じような言葉しか出ない。

 目の前に現れたのは蓮が通う学園の先生。


「にゃ? 蓮がまだ学校に来てないっていうから探しに来たんだにゃあ〜!」


「……あ、ああ。そういえばもう始業式は終わってる時間っすね……」


 追いかけっこで、時間を確認する余裕はなかったが、既に学校が始まってるいるのは先生がここにいる時点で間違いないだろう。

 聞きたいこととしてはあっているのだが……追及しようにも言葉が見つからず、マヌケな言葉しか出ない。


「ついでに、踏み潰したやつは蓮を虐めてたから懲らしめてやったにゃあ!」


「懲らしめたって……」


「蓮をこんなにしたんだから当然の報いにゃあ!」


 ふんす、と息巻く女性に苦笑いも出ない。

 そうだ。この先生はあの白い奴を叩き潰していた。

 それも、高いところから頭上にダイブだ。それについても聞いた方がいいのだろうが、あの白い奴が潰されたという事実に、蓮の頭はそちらの確認を優先する。


 ちらりと先生の腕の間から白い奴が潰された場所を見る。


「───────あっ! どこ行く!」


「蓮! うごいちゃダメにゃあ!」


 チラリとそちらに目をやると、今まさに起き上がって奴がどこかへと逃げていこうとしているのが見えた。

 こちらも万全の状態ではないが、それはあっちも同じこと。今なら捕まえられると思い、立ち上がろうとする。


 が、しかし、先生の静止の声が届く前に蓮は地面へ倒れ込んでしまう。


「くっ……そ……。にが、さ、ね……ぞ……」


 霞む視界のなか遠ざかっていく白い奴へと手を伸ばすことしかできない。しかしその手が届くことはなく、蓮の意識はそこで途切れた。


「れん!」


「だから動いちゃダメって言ったにゃあ……。こんなに血が出てるんだから当然にゃあ」


 蓮のもとに駆け寄るラナをよそに、瞳狐先生は蓮の血が溜まった場所を見る。

 人間はだいたい1リットルほどの血液が体外へ出ると、生命に危険が及ぶと言われている。蓮のそれは、正確には分からないがそれに近しい量流れていると考えていい。


「はぁ……ほらほら、どくにゃ。蓮を早いとこ保健室に連れて行かなくちゃだからにゃあ」


 気絶した蓮のそばで泣くラナを横へとどける。

 ラナはそれにおとなしく従うが、瞳狐先生の言った言葉に首を傾げる。


「あ、あの……、びょ、うい……ん」


「にゃあ? ああ、病院より学校のほうが都合がいいんだにゃあ~」


「つ、ごう……?」


 記憶はないが、医療器具が少ない学校より、ちゃんとした設備のそろった病院のほうがいいというのはラナでも分かる。しかし、首を横に振り、含みのある言い方をする瞳狐先生にラナは首を傾げる。


「ま、いいからいくにゃあ~」


「あっ、あた、ま───────」


 説明が面倒と思ったのか、瞳狐先生は早く行こうと背に蓮を担ごうとする。

 そういえば瞳狐先生は最初から見ていたわけでは無いので、地面に溜まる血液の出所を知らないのだ。


 ラナは瞳狐先生にそのことを教えようと口を開く。しかし、そこで言いかけて言葉が詰まる。


 担がれた蓮の後頭部を見て気づいたのだ。

 白い奴に蹴り飛ばされ、傷つき、大量の血が流れていた場所。確かにそこにはちゃんと大量の血がついていた。


 しかし、それだけだった。

 体から流れた血液はあるのに、それが出たとされる傷跡がどこにもなかったのだ─────。

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