2.変態じゃねぇよ!!

 いま、この空間を静寂が支配していた。

 しかしただの静寂ではない。張り詰めるほど切迫した静寂だ。

 自分のゴクリという喉を鳴らした音が聞こえるほどの静寂。


「──────おにぃ?」


「は、はいっ‼」


 最初にその静寂を破ったのは、この切迫した静寂を作り出した本人玲那だった。

 ただ名前を呼ばれただけなのに声が裏返ってしまう。


「その子……だれ?」


「·····」


 玲奈が指さすのは、蓮へと完璧に密着する綺麗な少女だった。

 しかし、誰と聞かれても答えられる返答は無い。

 混乱と焦りから、ものすごいスピードで脳が回転する。


「ま、待って‼ 俺はマジで何も知らない! 母さんたちから送られてきた荷物を開けようとしたらあたりが光ってこうなってたんだよ!」


 自分は無実だと、そう訴える。事実無実なのでそれ以外にいうことはないのだが……。だめだ全然信じてないわコイツ……。


「それじゃあなんでその子はおにぃを押し倒すようなカッコしてんの?」


「まぶしくて目をつぶったらこうなってたんだって! 俺もワケわかんないわ! 」


 事実を言って否定しようとすればするほど嘘味が増して行くのはなんなんだ。

 まるで汚物でも見るかのような目になった玲那はポケットにしまってあったスマホを取り出す。

 そしてどこかに電話をかけ始めた。


「妄言に……女児誘拐……もしもし警察で──────」


「電話する相手間違えましたぁ!! ───────マジで何してくれてんだ!」


 警察という言葉が聞こえた瞬間、玲那からスマホを奪い強制的に電話を切る。

 はぁはぁと本気で呼吸が乱れる。この妹簡単に兄を切り捨てやがった……。


 何を言っても説得できる気がしない。そもそも蓮自身なんでこうなったかわかっていないのに説明できるわけがない。


「あ、……あ、の……」


「「え?」」


 背後から聞いたこともないたどたどしいながらも、かわいらしい声が聞こえてきて二人とも同じような反応をしてしまう。


 蓮と玲那はその子について話し合っていたはずなのに、当の少女を蚊帳の外に置いてしまっていたことに今更ながら気づく。


「こ、こ……ど……う、うぅ……」


 少女は何かを言おうとするが、二人からぎょっとした目を向けられ我慢ならずといった風に泣き出してしまう。

 そんな少女の様子に憤っていた玲那もさすがに頭が冷えたようだ。


「……リビング行こっか」


「だな」


 泣き止む気配のない少女を抱え二人はリビングへと戻っていく。




 ──────────────────




「ホントにお母さんたちから送られてきてるし……」


「だろ?」


 少女が入っていた棺に似た白い箱、その外側に貼られてある送り主の欄を見て玲那は驚愕を通り越して真っ青な顔をしていた。


「女の子を配達で……お母さんたちが……犯罪者家族……警察……牢屋……」


 玲那は俯きながら何やら物騒なことを呟いている。

 確かに妹が心配する理由もわかるのだが……。


「まぁ、犯罪とかのあれは置いといて、まずはなんで母さんたちがこの子を送ってきたかだろ。何の理由もなくこんな犯罪じみたことするとは思わな……いと思いたいしな」


「だから言い切ってよ……」


 泣き止んだにせよ、いまだにビクビクキョロキョロとしている少女に目を向けながらそう口にする。

 見た感じ背は小さいが年は、玲那と同じかそれより下だろう。だがしかし、玲那と比べてこの少女はまるで赤子のようなようすだ。


「母さんと父さんはマジで何がしたくてこんな子送ってきたんだ……」


「お、かあ……さ、ん?」


「あ、反応した」


 両親の考えが理解できずに頭を抱えていると、なぜか今までキョロキョロビクビクするだけだった少女が蓮の漏らした不満の声に反応する。正確に言えば母親という言葉に反応したようだ。


「俺たちの両親を知ってるのか!?」


「りょ、しん……? わ、から、な……い」


 蓮は少女が反応したのを見て詰め寄るように質問する。

 その蓮の有様にビクリと一瞬体を震わせたが、詰まらせながらも最後まで話てくれた。

 普通に考えたら、送り主は両親なのでこの子が両親を知っていなければマズいのだが……どうやら知らないようだ。


「で、も」


「?」


「でも……お、かあ、さん……だい、じ」


「……お母さん。俺たちの、じゃないよな?」


「分からないけど、たぶん……」


「自分のお母さんのことは覚えてるのか?」


「……」


 覚えてない、か。

 こちらの質問に少女は首を横に振る。

 この様子から察するに覚えていないのは、自分の母親のことだけではないのだろう。


「手がかり一切なし、か。はぁ~。マジでどうしたらいんだ。はたから見たらマジでただの誘拐犯に見えるんじゃないか……」


「犯罪──────」


 玲那は蓮の言葉に顔を青ざめらせる。だがこのままだと本当に女児誘拐の片棒を担がされているだけになってしまう。


 しかし、犯罪どうのは置いておいても、記憶を失った妹と同じような年の子を、だから何だと放っておくなどできるわけがない。

 でも、だからってどうすればいいかなどただの高校生には到底思いつかないし、判断もつかない。


「何考えてんだようちの両親は……」


「だ、じょ……ぶ?」


 大きな声で自分の両親への恨み言が口から出る。蓮の声に少女は一瞬体を震わせるが、頭を抱える蓮のことを逆に心配してくれる。

 そんな覗き込んでくる少女の表情からはいまだに怯えの表情は消えていない。


「はぁ……何やってんだ俺は。そうだよな、一番不安で怖いのは君だよな」


 そうだ。記憶もなし、ここがどこだかもわからない。そんな状況で一番不安なのは目の前にいる少女であるはずなのだ。それなのに、そんな状況の子から励まされるというのは、この場の年長者としてどうなのか。


 蓮は不安そうにこちらを見る少女の頭に手を置く。


「よし。決めた」


「え?」


 意を決したような表情で、何かを言おうと口を開く蓮。

 そんな稀にも観ない真剣な表情を向けられ、玲那は無意識に体を強張らせる。


「玲那この子なんだけどな──────」


 グぅゥゥ~……


 蓮の真剣な表情とは裏腹に、なんとも気の緩む音が部屋に響く。

 

「玲那……」


「え、は!? わ、私じゃないし!」


「それじゃあ……」


 朝食を食べたばっかだというのに場違いにも腹の音を鳴らす玲那に蓮は流し目を送る。

 しかし、当の本人は全力でそれを否定する。

 

 つまり残る容疑者は……


「……」


 視線を向けると、そこには耳まで真っ赤に染めた少女の姿があった。

 しかし、少女は恥ずかしがりながらも、その視線は俯向いているわけでも、十二時の方へ向いているわけでもなくただ真っすぐと、先ほどまで蓮たちが食べていた、朝食へと向いていた。


 そんな少女の様子に蓮と玲那はお互いに視線を合わせ、苦笑いをする。 


「あ~……、あまりだけど食べるか?」


 蓮はよだれをたらしそうな勢いの少女にそう提案する。

 すると一瞬驚いた顔をしたが、一二もなく力強く頷いた。


「サンドイッチとコンソメスープだけど平気か?」


 蓮は余ったサンドイッチとスープを温めなおし少女の目の前に差し出す。


「さん……ち?」


 蓮の言った言葉を繰り返し、目の前に置かれたものに少女はクエスチョンマークを浮かべ首を傾げる。

 まるで、初めてサンドイッチを見たかのようなそんな反応だ。これも記憶喪失の影響か……

 しかし、不安そうにする一方、すんすんと鼻を近づけ何度も匂いを嗅いだりしている。そのたびに瞳が輝き、よだれがたれそうになっていた。


「お腹すいてるみたいだね」


「だな。冷めない内に早く食べろよ」


 蓮に促され、少女はその小さな口で一口サンドイッチを齧る。


「え……」


 玲那の口から声が漏れる。玲那だけじゃない、声こそ漏れなかったが蓮も同じだ。

 なんせ、サンドイッチを齧った少女の瞳からは大粒の涙がこぼれていたのだから。

 一滴、また一滴と涙はあふれ、机に落ちてゆく。


「ど、どうしたんだ!?」


「さ、サンドイッチの中に何か入れたんでしょおにぃ!!」


「ば、ばか! そんなことするわけないだろ!」


「う、うぅ……う……」


 急に泣き出す少女に蓮と玲那はあたふたする。そして少女は抑えきれなくなったkのように声を上げながら泣き出した。


「え、えっとどうしたの? おにぃのサンドイッチまずかった? これでも料理だけはできるはずなんだけど……ゆ、許してあげて? 悪気はなかったと思うし──────あれ?」


 兄のフォロー(?)を入れつつ、いまだに泣き止まない少女に向かって頭を下げようとする玲那。しかし、頭を下げようとした瞬間、少女の口が何度もサンドイッチに運ばれていくのが見えた。


「食べてる……」


「え?」


 玲那の言葉に思わず、同じように覗き込む。確かに、何度も何度もサンドイッチを口に運んでいる。そしてその表情は我慢して食べているようには一切見えなかった。


「お……い、し……。はじ……こん、な、おい、し……の」


 未だ止まらぬ涙のなか、少女は口に運ぶ手を止めずにそういう。


「おにぃ……」


 聞き取れない部分はあるが、何と言っているのかは伝わった。その言葉に玲那は眉尻を下げなんと言えばいいのか分からないといった表情でこちらを見てくる。

 蓮も同じだ。きっとこの少女が言った「初めて」という言葉は記憶を失ってから初めてとか、そういうのではないのだろう……。その根拠は少女が流した涙にある。


「玲那この子なんだけどさ、うちで保護しないか?」 


 蓮は頬いっぱいにサンドイッチを頬張る少女を見つめながら、そう口にする。

 唐突にそんなことを言ってくる蓮に玲那は一瞬驚いた表情を見せる。が、かと思えばすぐにさげすんだような瞳で、


「変態」


と、言い放つ。


「いやいやいやいや! 今の流れでおかしいだろ! 変な意味なんて一ミリも籠ってないよな!!」 


「はぁ、分かってるよ。ただ言ってみただけ。放っておくとか無理だからしょうがないんだけどさぁ……」


 きっと何とかしてあげたい気持ちと、警察などに託した方がいいのではという葛藤が競っているのだろう。確かにその方がいいのかもしれない。だが、それだと両親が警察のお世話になってしまうこと間違いない。


 だがしかし、ただのサンドイッチでこんなにも涙を流している少女を、それじゃあ、お元気で……と見捨てられるわけがない。

 何かを言いたそうに口ごもる玲那。しかし、実際は玲那も蓮と同じような気持ちなのだ。どうにかしてあげたいという気持ちが勝ったのかしぶしぶ首を縦に振り同意する。


「ありがとな。……よし、そうと決まればやることは沢山あるな」


「やることって? もうちょっとで学校の時間だし……どうするの?」


「学校……もうそんな時間か。じゃあ、準備するか」


「準備って……。学校行くの? この子置いて?」


 てっきりどちらかは休むことになるだろうと考えていた玲那は、蓮の言葉に目を見開く。

 確かにこのくらいの年の子なら留守番など容易いだろうが、しかし、目の前にいる子は記憶がないのだ。到底一人で留守番などできるとは思えない。

 いろいろな事が頭に浮かんでは心配そうにする玲那をよそに、蓮は首を横に振る。


「いやいやこんな状況の女の子を一人になんてできるわけないだろ?」


「分かってるならいいんだけどさ……。じゃあどうするの?」


「う~ん。……ま、心配するなって。なんとなくアテがある気がするからさ」


「?」


 蓮のいまいちパットしない曖昧な言葉に、玲那と少女は初めて顔を見合わせた。

 すると玲那はハッとしたような顔をする。


「あ!! その前におにぃ、この子の名前聞いてないし!」


「え? ……そういえば、聞いてなかったか」


 記憶喪失の定番は名前も覚えてないものなので、改めて確認するような行為は可哀想な気もするが、もしかして覚えている可能性もある。


 蓮はひざを折り視線を合わせる。

 少女はその様子にビクリと体を固くするが、すぐに解いてくれた。


「最初に聞けばよかったんだけどごめんな……。まずは俺たちから。俺は双王 蓮。それでこっちが妹の玲那だ」


「れ……ん……れ、な」


 少女は蓮たちの名前を一文字一文字かみ砕いて飲み込むようにゆっくりと小さく繰り返しささやいていく。

 蓮は少女が満足するのを待つと、少女に問いかける。


「それでなんだけど……自分の名前は覚えてるか?」


 蓮の質問になぜか慌てておろおろとするが、ゆっくりと口を開いてくれる。


「……ら……な」


「らなちゃん?」


「ラナか。やっぱ日本人じゃないみたいだな」


 少女は自分の名前をラナと名乗った。

 見た目からもわかる事だがやはり日本人ではないようだ。

 しかし、蓮のつぶやきに首を傾げていたので自分の出身までは覚えていないのだろう。


「名前は覚えてるのにそれ以外のことは覚えてないって、変な記憶喪失だね」


「そういうなって。当人が一番困ってんだから。玲那は早く準備しろって」


「分かってるけど……だからどこ行くんだし!」


 慌ただしくする蓮と玲那の様子に目を丸くするしかないラナの姿がそこにはあった。


 ───────────



「さて……さっきは勝手に話を進めちゃったけど大丈夫だったか?」


 学校へ出かける準備を完璧に済ませ、家の戸締りをする蓮は少女にそう問いかける。

 何かを聞ければいいと思ったが、先ほどは泣いていてあまり話を聞けなかったし、それ以降は泣き止みはしたが、怯えてて碌に話は聞けなかった。


 外に出れば……と一縷の望みにかけて聞いてみたが、結果は全くの逆効果で、口を開くどころかさらに怯えて蓮の服の袖を離さなくなってしまった。


「大丈夫じゃないし」


「ですよね……。ごめんな。これから学校ってところ行こうと思うんだけど、行ったことあるか?」


 蓮の問にふるふると首を振る。


「行ったことない、のか。知ってはいるか?」


 次の問いにはコクリと首を縦に振った。


「知ってはいるのか……。やっぱ全部忘れたってわけでもないってことか」


「おにぃ。私入学式の準備あるから先行くけど……大丈夫?」


 蓮がひとり納得するように頷いていると、玲那が横から声をかけてくる。

 玲那は生徒会長なので、挨拶やら準備やらで今日は大変な一日なのだそうだ。


 そう言う玲那の表情はとてもではないが晴れやかとは言いづらい。聞かなくてもラナヘの心配で溢れていることが察せられる。


「そんな顔すんなって。この子のことなら任せとけ。そのために学校に行くんだからさ」


「学校に行くことと、心配しないことがどう結びつくのかわかんないんだって……。はぁ、ラナちゃんのこと任せたからね!」


「任せとけ」


 蓮の判然としない言葉に顔の険しさが深まるが、時間がないことを確認すると走って駅の方へと消えて行ってしまった。


「それじゃあ俺達も行こうか」


 答えはしないが確かにコクリと首を縦に振ってくれる。

 学校は歩きで一時間近くの場所にある。電車で行けば二十分ほどで着くのだが、外を出ただけでこの状態なのだ。歩きの方がいいだろう。


「これから結構歩くけど平気か? ちょっと大きいサンダルしかなかったからな……足が痛くなったら言ってくれ」


「……は、い」


 答えを求めたつもりはなかったのだが、先ほどまで怖がっていた少女はただうなずくだけでなく、返事をしてくれた。

 そのことをうれしく思いつつ、それが顔に出ないように努めながら学校へと歩き始める。


 学校へは一時間程度の距離と言ったが、たぶんこの調子ではそれ以上かかってしまう。

 少女の歩幅に合わせてる上に袖を引っ張られてとても密着した状態で歩いているのだ。余裕をもって出かけたとはいえぎりぎりに着くことになってしまうだろう。


 それは別にいいのだが……。


「……」


 チラリとバレないように少女の方へと目をやる。

 考えないように努めていたのだが、どうも脳裏を過ってしまう。

 記憶を失ってるとはいえ、見た目は玲那と変わらないくらいの中学生の少女だ。ゼロ距離で密着されて何も考えるなというのはとても難しい事ではないでしょうか?


「……?」


 蓮の視線に気づいたラナは首を傾げる。

 その何も知らない無垢な視線に心を抉られ、視線をそらしてしまう。

 そんな二人の様子に朝早くから談笑するおばさま方の声が聞こえてくる。


「高校生じゃない? あの子」


「一緒にいるのは妹かしらね? それにしては全然似てないわね」


「あの子すごく鼻の下伸びてない?」


「ホントだわ。……まっ! きっと変態よ!」


「変態ね」


「変態だわ」


「変態」


(──────変態じゃねぇよ!!)


 そう面と向かって言ってやりたいが、そんなことできるわけがないので、好き勝手言ってくるおばさま方に心の中で言い返し、何食わぬ顔で通り過ぎていく。


 ……確かに周りから見たら、誘拐やらなんやらに見えるのはしょうがないことかもしれない。

 妹というのも無理があるし、遠い親戚というのもギリギリ無理がある。

 これから保護するならなにかしら考えといた方がいいのだろうが、今のところ何も思いつかない……。留学生とかならいけるだろうか?


「れ、ん……」


「ん?」


 考え事をしていると、不意に袖を引っ張られ立ち止まる。


「へ、たい……な、に?」


「え!? ……ちょっと待ってくれ」


 真顔でなんてことを聞いてくるんだ……これは答えずらい問題が来たもんだ。

 常識的なことは覚えていると思ったが、こういったことは覚えていないのか。それとも元々知らなかったのか。

 何はともあれ、どう答えるのが正解なのか……。


「れ、ん……」


「ちょっと待ってくれ。今どう答えたいいか考えてるから」


 頭を唸らせてると、再度袖を引っ張られる。

 しかし、いまだにどう答えたらいいか思い浮かばない。変態とは自分のことだなどという説明はしたくないし……。あのおばさんたち、余計なこと言いやがって。ラナとの生活は考えなければいけないことが沢山あるみた──────


「れん!!」


「えっ──────」


 今まで聞いたことのないラナの叫び声に顔を上げる。

 いつまでも答えを教えてくれない蓮に怒ったのかと思ったが、どうやら違ったらしい。

 その理由は顔を上げてすぐに、分かった。


「見つけた」


 機械的な声が耳に届く。

 その声にラナの袖を引く力が強まるのが強まった。蓮はそれに答えるように、いや、無意識だろう。ラナの手を直接握りしめる。


「お前は……」


 蓮の口から声が漏れる。

 目の前には、人に"似た"何かがいた。


 とても整った顔立ちをしている。白く長い髪に、白い瞳、白い恰好。

 流行りのファッションと言わけでは無いだろう。

 それらの恰好すべてが相まって余計に目の前の奴がなんなのか分からなくさせている。


 目の前にいるのが、男なのか女なのかもわからない。

 ただ分かるのは──────目の前のこいつが人間ではないだろうということ。


 何がこうだからそうだ、なんて言う理屈は無い。

 ただ、本能が、感覚が、全身が、叫んでいる。

 コイツは人間じゃない。やばい、と。


「人間。標的はそこの女一人のみ。この場から早急に立ち去れ」


 蓮の無意識に出た問いには一切答えず、淡々と機械のように言葉を発する。


「──────に、人間って……。まるで自分が人間じゃないみたいだな……。ラナ、しりあいか?」


 ゴクリ、と喉が鳴る音を無視して精一杯、絞り出すように言葉を出す。

 蓮の質問にラナは首を振り、握る手にさらに力を籠める。


「忘れてるって可能性も─────」


「れん‼」


 目の前の奴とラナが知り合いだという万が一の可能性を考えていたそのとき。

 ラナが叫び声と共に蓮の体に飛びつき、そのまま蓮を押し倒す。


 そしてすぐ次の瞬間、蓮の背後が爆発した。


「なっ──────」


 何をしたのか、分からない。

 だが、ラナが倒してくれなかったら、間違いなく顔面が木っ端みじんになっていであろうことは分かる。


 錆びたロボットのような動きで、蓮はその爆発を起こしたであろう奴へと視線を向ける。


「警告」


 目が合ったそいつは一言、そう分かりやすく言う。

 伸ばされた腕はまっすぐと爆発が起こった方向に延びており、爆発を起こしたのが誰かなど火を見るより明らかだ。


「今のは当てなかった。次は当てる。十秒。その間ならば危害を加えないでいてやる」


 こちらの事情、疑問、気持ち、何もかもを無視し、理不尽に抑揚のない声でカウントを始める。

 しかし、目の前の奴がどんなに理不尽であろうとも、それを止める手段を蓮も、そしてラナも持ち合わせてはいなかった。


「コイツはマジでやばいっ……。ラナ! 逃げるぞ!!」


 文句を言っている暇も、考えている時間も一切ない。


 蓮はカウントが始まるのを耳にしながら、立ち上がりすぐさまラナへと体の向きを変える。

 ラナは目の前の光景に体を震わせ、動けないでいるようだったが。しかし、カウントが止まることはない。心の中で謝りつつ、抱え上げ、脇道へと猛ダッシュする。


「……ナイン、テン。……逃亡を確認。人間は殺し、対象は連行する」


 そんな声が、後方からかすかに聞こえた。

 かと思えば、


「────────なんだそのスピードぉぉおお!!」


 既に、とてつもない速さですぐ後ろまで迫っていた。

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