1.宅配少女
「ラナ!」
四月一日
季節は春。
鳥のさえずりやカーテンの隙間から射し込んでくる朝日が、今日という日がどれだけ清々しく晴れやかなものかを伝えてくる。
そんな気持ちのいい朝に、彼は悪夢から目覚めるように、叫びながら飛び起きた。
体中から嫌な汗がとめどなく吹き出し、飛び起きると同時に何かに向かって伸ばされた腕は虚空を切った。
傍から見ても訳の分からない状況。
「────────? 」
実際、飛び起きた本人も何がなんだか分かっていなかった。ぱちぱちと何度も瞬きを繰り返し、今何が起こっているのかを精一杯把握しようとする。いわゆる寝ぼけている状態ということだ。
自分が飛び起きたというのは分かっているのだが、なんで飛び起きたのか、全然思い出せなかった。
飛び起きたせいで頭は妙にハッキリしているが、ハッキリしたところで何も分からない。
ただ夢を見ていたという感覚だけは残っている。
何か忘れてはいけないような夢。しかし思い出すことは出来ない。
「涙……?」
ただ何となく触った頬には汗とは違う、それはもうちゃんとした涙が伝っていた。思い出すことの出来ない夢だが、なぜか涙が溢れてくる。
彼はそのことに気づくと慌てて涙を拭う。
彼、
そんな自分が、夢で涙を流していたなんて知られたら笑いものにされてしまう。
誰に笑いものにされるのか。
いるのだ。この家には蓮とは違うもう一人の住人が。
「えっ。おにぃ泣いてんの? 」
「うわっ! な、なにしてんだよ! 」
涙を拭っていると、すぐ近くにある部屋の入口から声が聞こえてくる。
寝起きのことで気づくことが出来なかったが、そこにはもう一人の住人が既に立っていた。
「なにしてんのはこっちのセリフだし。叫び声が聞こえたと思ったら……。なんで泣いてんの?」
とても奇怪なものを見たような目で見てくる彼女。
見るに女子生徒の制服に身を包み、長い髪を一本でまとめている。蓮と比べると少し幼い。
彼女の名前は
蓮とは比べ物にならない秀才だ。正直に言ってしまえば自慢の妹である。
「な、泣いてねーよ。ちょっとゴミに目が」
「ゴミに目がって意味分かんないし。寝ぼけてんの?」
「そ、それよりなんで怜那がここにいるんだよ!」
「いやだから、おにぃが叫んだりするから……」
どうやら先ほどの叫び声はかなりの大きさがあったらしい。
蓮に問われた彼女は一瞬心配そうな表情をのぞかせる。
「ほほ~ん。つまりお兄ちゃんが心配で俺の部屋まで駆け付け───────」
「はいはい。そーゆーのいいから。それより今日おにぃが朝食当番でしょ。早く着替えて降りてきてよ」
「うっ。そういえば……」
「もうおなかペコペコだし。早くね!」
少しからかってやろうとするが全部を言い切る前にバッサリと切り捨てられる。
はやく飯を作れとそう言い残すと、興味を失ったかのようにすたすた蓮の部屋から出て行ってしまった。
「なんて兄想いの妹なんだ。涙が出ちまうよまったく」
すぐにいなくなった妹に向かって感情のこもらない声でぼそりとつぶやく。
実際兄妹の関係なんてこんなものだろう。特に年が近いとなおさらか。中学生で思春期なお年頃なのにも関わらずこうして兄を心配してくれるだけまだましなのだろう。
「まだ六時か。って言ってもお腹すいたって言てたしなぁ……。仕方ない」
時計を見てもう一度布団の中に潜り込みたくなったが、妹にお腹がすいたと泣きつかれて(蓮視点)しまったからには諦めるしかない。
少しの優しさを見せてくれた妹には優しさをもって返してやろうと布団から出て、寝間着から制服へと着替える。
制服と言えば今日は四月一日。桜が舞い散り、新入生がシワ一つない制服と共に新たな一歩を踏み出す日だ。しかし蓮も玲那も新入生ではないので、たいして特別な意味を持たない。
だが何もないとはいえ、玲那には早起きをしない理由にはならないらしい。生徒会長として準備もあるのだろう。かなりの早起きだ。それに付き合わされる気分はあまりよくないが、これも兄の宿命だと思うことにする。
なんやかんやで着替えを済ませた蓮はあくびをしながら、階段を降りリビングに入る。
「あ、おにぃ遅いよ! お腹減ったから早く作って!」
「あいよ……」
リビングに入るとそこに居たのはソファに腰かけぐーたらとテレビを見る玲那の姿だった。
クリーニングから戻ってきたばかりの制服に既にシワを作っていることに文句を言おうとしたが、諦めて注文通りご飯を作ることにする。
「さて何を作るか。バケットにハム、トマト……。うん。サンドイッチだな。あとはコンソメスープでも作ればいいか」
キッチンにあるものを見て、すぐに何を作るか決める。
もう慣れたものだ。この朝食当番は一年前くらいから始まった。朝食だけでなく家の家事全般すべて当番制で蓮と玲那が交互にやっている。
「あ、そういえば。やっぱりお母さんたち帰ってこれないって」
「ふーん。まぁ入学式とかならわかるけど、進級で騒ぐのきっとうちの家族くらいだぞ」
「そーだけど、お母さんたち主張に行ってから一回も会えてないし……」
「ほほ~ん。玲那ちゃんは母さんたちに会えなくて寂しくなっちゃったってことかぁ~。ういやつよの~」
「ち、違うし!」
寂しそうにペンをいじくる玲那に、さっきのお返しとばかりにからかってやる。
まぁだが玲那が寂しく思う気持ちも分からなくはない。
家の当番制が始まったのは約一年前に両親が海外出張をしたことがきっかけなのだ。
それから毎日やっているので慣れるのも当然というもの。余談だが蓮も玲那も家事の腕には相当な自信がある。
両親の出張に付き合うという選択肢がもともと俺たち兄妹になかったので、滅多に会えなくなるというのは当然の結果なのだが。
「さすがに一年も会えないと寂しくなるよな」
「おにぃも寂しいんじゃん」
「まぁ玲那ほどじゃないけどな。毎日あんなの送ってくるし……」
呆れた声音である場所に視線を向ける。その視線の先にあるのは十二冊も積み上げられた分厚いアルバムだった。
「ラブラブって親に対していうのは気色悪いけど、ほんとに仲いいよなうちの両親」
「うんもう何冊目って感じ……」
分厚いアルバムに挟んであるのは両親が海外で撮ったラブラブな写真たちだ。
毎日数十枚の写真が郵送されてくるので、一年でこんなにも溜まってしまったというわけだ。
そんな感じで写真に写っている姿を毎日見ているので、心配も寂しさもそれほど感じられないということだ。しかもどれもこれもまるで新婚で浮かれた夫婦のような写真ばかりだ……。
「まっ、そんなに寂しがらなくてもそのうち帰ってこれるって。それにそろそろ写真も届く時間だしな。……よし、完成っと。玲那運ぶの手伝ってくれ」
なんだかんだ話しているうちに朝食を作り終える。うん今日もいい出来栄えだ。
テーブルに広がっていた教科書の代わりにおいしそうな料理たちが並んでいく。
「いただきまーす」
「いただきます」
よほどお腹がすいていたのか玲那は手を合わせ終えると、すぐに料理に手を付け始める。
蓮も玲那に続き料理を食べ始める。
いつもなら食事中にある程度の会話があるのだが、玲那は食べるのに夢中で話す気がないらしい。
蓮は玲那が付けていたテレビをぼんやりとみることにした。
『──────最近事件や変なことが多いですよね。数日前にも郊外の研究所の爆発事件があったばっかりですし』
『あー、理由が分からないってやつですよね。運営の人たちはガス爆発の方向で見てるらしいですけど、それにしては被害が少ないですよねー』
『周りの住人はエイリアンがぁとか騒いでるらしいじゃない! 笑っちゃうよね』
テレビでは最近あった不可解な事件について話しているようだ。
朝というより昼の番組っぽいが。
まぁそんなことはどうでもいいとして、先ほどコメンテーターたちが話していた不可解な事件。確かに最近は不可解な事件を見聞きしたという話は多い。
超常的な話だと空が変に歪んで見えたという話や、新種の動物の発見。遠くの県の話だと村を放置して村人が全員いなくなったという話、はたまた世界中が戦争に向けて動き出しているなど物騒な話もあるほどだ。
全部噂程度の話だが、これ以外にもよく話を聞くようになったと思う。
「エイリアンね……。実際居たら面白いんだろうけどな。現実はそんな面白い事ばっかじゃないよな」
蓮はもちろん信じたことはない。現実主義というわけではないがどこか冷めた目で見てしまう。
「私は面白いと思うけどね。オカルト系好きだし。おにぃは現実が充実してないから感性が腐っちゃったんだよきっと」
「生徒会長様の言葉は骨身に染みるなぁ。あれ涙が……」
「おにぃは友達いないしね」
「いるわ!! ふた……三人くらい!……たぶん」
「言い切りなよ……」
玲那の言葉に噓泣きをするが、一切効かずさらに胸をえぐられた。しかしそこで言い切れない所が蓮の交友の浅さを顕著に示している。
「そ、そういうお前は何人くらい友達いるんだよ!」
「あたしが言うのもなんだけど、生徒会長の私にそれ聞く?」
「や、やめときます……」
むきになって聞いてみたが、やっぱりやめておく。そういえば生徒会長って投票でなるものでした……。ともだち二、三人の人間では決してなれない人種だった……。
妹に完全敗北し、ひざを折って悔しがる。
ピンポーン
そんな時にインターホンのチャイムが鳴る。
「あ、そういえば母さんたちの写真が届く時間か。玲那出て──────」
「ご飯食べてるし。おにぃ行ってきて。ちょうど椅子から降りてるし」
「くっ! こんなところでも妹に負けるのか……」
さらに二回目のインターホンが鳴る。
「はいはーい! 今行きまーす!」
配達員の人を待たせるわけにもいかないので、ハンコをもってすぐに玄関のドアを開ける。
「いつもお世話になってまーす。クロトラヤマトでーす」
「いっつもすみません」
配達員のお兄さんはここら辺が担当地域なのか毎日同じ人だ。なのでもう顔見知りといっても過言ではない関係になっている。
「いえいえ! はい。ハンコ承りました! 今日はいつも以上にすごい量ですよ!」
「え?」
いつもならその場で小さい箱を渡してくれるのだが、お兄さんはそういうと家の前に停めてあるトラックに一度戻って行ってしまった。
そして───────
「え……」
「はい! これで失礼しますね!」
荷物を置いて颯爽と去って行ってしまう。
いや、問題はお兄さんじゃない。お兄さんが置いて行った荷物に問題がある。
「なんだこの大きさ……」
その荷物は縦にすると百六十センチはあるだろうか。それくらい大きい。横も四十センチはある。まるで小さめの棺桶のような形をしている。
プレゼントのようにラッピングが施されていて、明らかに写真が入っているだけではない。
「母さんたち何を送ってきたんだ……」
恐る恐る、横たえたその荷物に近づく。先ほどのお兄さんが普通に運べていたところを見ると、危険物ではないように見えるが。
意を決してラッピングをまとめるリボンの結び目に手をかけてみる。
「えっ──────」
ラッピングに手をかけた瞬間、腕に電流が流れたような痛みを感じる。
そういう悪戯かと考えたが、リボンの結び目に触れた部分から腕にかけて変な模様が浮かび上がったことによってその考えは消える。
そして、変化が起こったのは蓮の腕だけでなく箱のほうにも起こっていた。
蓮とは少し違うが白く、何度も発光を繰り返し、徐々にその度合いを強めていく。
「な、なんじゃこりゃあぁぁ──────」
そしてすぐに廊下一面を光が支配し、目を開けていられなくなる。
思わず叫んでしまう。
そしてすぐに、何かが蓮にのしかかりバランスを崩して転倒してしまう。
「おにぃ!! 大丈夫! 何か大きい音が──────は?」
「いつつ……何が起こったんだよ──────え」
蓮の悲鳴を聞き駆けつけてくれた玲那は目の前の光景に、思考が止まる。
そして悲鳴を上げた蓮は体勢を立て直すと、静かに瞼をあけ目の前の光景に逆に脳がフル回転を始める。
「──────」
いったい何があったのか、玄関に続く廊下には白い棺桶のようなものが無造作に転がっていて、それだけでなく倒れた蓮の上には……
「……こ、こ……ど、こ?」
透き通っているのではないかというほどの透明で長い金髪にこの世のものとは思えないほどの美貌を備えた少女が、首を傾げてそこにいた。
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