4.知ってましたけど?

「─────う、ぅ……」


 うめき声が聞こえる。

 痛みにうめく声。

 そしてそんな声が聞こえるのと同じとき、体中に強烈な痛みが走った。


 聞きなれたようで実はそうでもない声。そう。これは自分の声だ。

 体中に走った痛みと、自分のうめき声で、今まで眠っていたらしい意識が完全に覚醒する。


 できるだけ体を刺激しないようにゆっくりと瞼を開ける。


「ここは……」


 目を開けると、最初に見えたのは知らない天井─────というわけでは無く、よくお世話になっている学校の保健室だった。


「にゃあ? やっと目を開けたにゃあ」


「せん、せい……?」


「あ~別に起き上がらなくていいのににゃあ~」


 知っている天井の次は、これまた知っている声が隣から聞こえてくる。

 痛みにおびえながら恐る恐るその声の方へ視線を向ける。

 視線の先にいたのは腕を組み自分を見下ろす瞳狐とうこ先生の姿だった。


 しかし、いまだにガンガンと痛む頭ではいったい何がどうなって今こうなっているのか全然理解できない。


「やっぱり混乱してるみたいだにゃあ~。蓮はどこまで覚えてるにゃあ?」


「どこまで覚えてるって……、あっ」


 未だに痛む頭で、何かがあったらしい少し前のことを思い出そうとする。

 そんなとき、蓮の腹部あたりで何かが動いた。そちらに目を向けると、そこにはお腹に抱き着くようにして寝ている少女の姿があった。


「ら、な……、ラナ!」


 蓮は慌てて眠るラナの状態を確認する。

 念入りに確認するが、見た感じ傷などがついている様子はない。

 蓮は胸をなでおろすように噴き出てきた冷や汗を拭った。


「一応無事……か」


「思い出したみたいだにゃあ~」


「思い出した……。あの白い奴は……逃げましたよね?」


「逃げたにゃあ~。蓮の安全が最優先だったからにゃあ~」


 聞かなくてもわかることだった。瞳狐先生は先生である以上生徒の命を最優先するだろうし、そもそも奴の速さは人間レベルではなかった。あのスピードを逃げることだけに使ったならば普通の人間では誰も追いつくことはできないだろう。


 もっともならばの話だが……


「にゃあ? そんなに熱い視線を送ってどうしたにゃ─────ま、まさか! 誰も見てないのをいいことに、この美人で、かわいくて、妖艶で、スタイルよくて、博識で、天才な瞳狐先生を食べちゃおうとかなんとか!! きゃあ~~!!」


「いやいやいや! 思ってないですし、フリも長いし、めちゃくちゃだなこの人!」


「え~違うにゃあ?」


「本気で言ってんのかこのひと……」


 さすがに冗談だとは思うが、本気でガッカリしてそうな瞳狐先生の様子に若干引く。

 暗い?空気を明るくしようと言ってくれたのだろうが(そうだと思いたい)しかし、今話したいのはこんな冗談じゃない。


「そうじゃなくて……さっきの白い奴のことです。あいつがなんなのか……今考えても分かりません。でも、あいつが人間じゃないっていうのだけは確かなんじゃないか、って」


 蓮はそういうと改めて、瞳狐先生の顔を見。


「それで……もしかして先生も普通の人間じゃないじゃないかって思ったんですよ」


「にゃ? そうにゃよ?」


「ん? いまなんて……」


 蓮は意を決したように、聞いてみた。聞いてみた結果なんとも軽い返事が返ってきた。

 もしかして聞き間違いかと思い、聞き返してみるが、


「だから、そうにゃよ~って。言ってなかったかにゃあ?」


「あっさり認めやがった!」


 否定も誤魔化しも言い訳もせずにかなりあっさりと瞳狐先生は首を縦に振った。

 普通、こういうのはもう少し渋るものじゃないのだろうか?


「そらそうにゃ~。そうじゃなきゃ手がかりもなしに蓮たちを見つけるなんて無理だしにゃあ~。それと、あの白い奴を倒すなんてもっと無理な話だにゃ~」


 確かに、改めて考えるまでもなく、瞳狐のしたことはすべて人間離れしたものだった。


 その場面を見れたわけでは無いが、白い奴がやられた場所の形跡、瞳狐先生は踏み潰したと言っていた。つまり、瞳狐先生はかなりの高さから落ちて、白い奴を踏みつぶし、地面にめり込ませたということになる。それも無傷で。


 それに本人も言うように、普通の人間にあの白い奴が倒せるとは思えない。

 これだけの動かぬ証拠に、本人からの証言。普通の人間ではないことはもう間違いない。


「やっぱりそうですよね。でも、実は自分で聞いといてあれですけど別にそんなに驚きとかはないんですけどね」


 だが、しかし、蓮はそれらの衝撃的な事実に対してそんなに驚いていなかった。


「にゃっ!?」


 蓮の意外な反応に、瞳狐先生のほうが驚きを表す。


「いや、普通は驚くんでしょうけど……、今思うとですけど先生って最初からかなり変でしたよ?」


「へ、変!?」


 本当に今思うとの話だが、瞳狐先生は一年前、入学したばかりの頃からかなり謎めいた存在だった。それが瞳狐先生は人間じゃないという事実によって、すべてというわけじゃないが、辻褄が合ったように思う。


「あっ、も、もしかして気を使ってるんだにゃあ?」


 瞳狐先生は蓮が気を使って口に出した言葉だと思っているようだ。

 だが、そんなことは一ミリたりともない。


「そんなんじゃないです。そうですね……最初に変だと思ったのは入学したばっかの頃ですかね。やたら違う場所で何度も会いますし、逆に後を追ったら消えますし」


「そ、それは瞳狐先生の足が速かったから─────」


「それにたまに虚空に向かって話してましたよね? 生徒の間では友達がいない可哀そうな先生って噂になってましたけど、違ったんですね」


「にゃっ!? いろいろな情報と憐みの感情が一気に押し寄せてきたにゃあ!! そ、そんな風に見えてたにゃーね……。で、でもそんなんじゃにゃーにゃ!!」


「まぁ極めつけは最初から俺に対して距離が近すぎたことですかね」


「それは蓮と瞳狐先生の相性にゃよーー!! そこ否定しないでほしいにゃ!!」


「これだけじゃないですよ。それから─────」


「も、もういいにゃあ~~~~!!!」


 まだまだあると、蓮が言葉を重ねようとすると顔を真っ赤にした瞳狐先生が待ったをかける。

 瞳狐先生からすれば、うまく馴染めていたと思っていたんだろう。そんなところに真正面から全然でしたと否定されたら、自尊心もズタズタの顔も真っ赤になるというものだろう。


「そ、それより! そこに寝てる娘にゃあ!!」


 瞳狐先生は慌てた様子で蓮の上で眠る少女を指さす。

 本人は話題を逸らすためにやったことなのだろうが、蓮の本来の目的は先生の正体なんかではなく指のさす先、ラナにあったのだ。


「そうですよ、先生の正体とかどうでもいいんでした……」


「どうでもいいっていうにゃあ! 驚くのが普通にゃよ!!」


「……実は俺もこの娘のことよくわかってないんですよね」


 声を荒げる瞳狐先生を無視し、蓮はラナについて今朝あったことを話す。

 今日の朝、やることがたくさんと蓮は玲那に言ったが、実はその一つがこれだ。

 この瞳狐先生に相談をすることがそのやることの一つ目だ。


 今朝ラナを家で預かろうと考えた時に真っ先に思いついた顔が瞳狐先生だった。

 前々から瞳狐先生には普通では無い何かがあると感じていたこともあって、頼るならこの人しかいないと思っていた。


 それに、さっきも言ったが瞳狐先生はなぜだか蓮に対して距離が近かったのだ。先ほどは冗談を言ったかのようになったが、本当にそれが理由で蓮は瞳狐先生に対して普通の人間ではないような違和感を感じることのきっかけになった。近かったからこそ、見えた違和感とでもいえばいいのか。正直理由は分からない。しかし、直観で何かを感じ取っていたとでもいえばいいのか。


「なるほどにゃあ~」


 瞳狐先生は蓮の説明をある程度聞くと、何かを納得したように大きくうなずく。


「なるほどって……何か分かったんですか?」


「う~ん。正直分からないにゃあね~」


 期待を込めて聞いてみるが、どうやらダメだったようだ。

 瞳狐先生の返事に落胆で肩が落ちかける。しかし、かけただけで落ちはしなかった。


「でも、分かるかもしれないにゃあ~」


「え?」


 瞳狐の言葉に顔を上げる。


「さっき蓮たちを見つけたときにを感じたにゃんね」


「え!?」


瞳狐の言葉に蓮は思わず特大の大声を上げてしまう。それも当然だ。


「ま、魔力って魔法とか撃つためのあの!?」


「そ、そうにゃけど……」


「やっぱり! それって魔法はこの世に実在するってことですよね!?」


 首を縦に振り肯定する姿にまたも詰め寄るような形で大きな声が出る。興奮気味に詰め寄ってくる蓮の様子にさすがの瞳狐先生も若干引いている。

 ふんすーという荒い息が、鼻からあふれ出ていくのが自分の耳で聞こえるようだが、仕方ない! 魔力など男のロマンそのものだ!


「ち、近いにゃあ~。……コ、コホン。もちろんこの世に存在するにゃあ。蓮もさっき見てるはずにゃよ?」


 近づく蓮の顔を押しのけ、なぜだか蓮と同じように顔をほんのりと赤らめる瞳狐先生は仕切りなおすように咳払いをする。


「さっき、ですか?」


「そうにゃあ~。あの白い奴が使ってた……」


「─────炎の玉!」

 

 蓮は白い奴が放っていた炎の玉を思い出す。あのときは何かの武器を隠し持っているのかと思ったが……あれは手のひらに急に表れていた。現実的なものではなく、非現実的なものだったのか。

 改めて思い出すと、確かにあれは強烈だった。すごい威力に、連射力。あのときは走るので精一杯だったから意識しなかったが、今思い出すと足が震えてくる。


「そっか。てっきりあれは武器かと……魔法だったのか」


「そうにゃあ~。白い奴も使ってたんだにゃ」


「『も』? その言い方だと感じた魔力は白い奴のじゃなかった、って聞こえますけど」


「その通りだもんにゃあ~。感じた魔力はもっと大きかったにゃあ~。ということで、その魔力の持ち主の正体はその女の子にゃあね~」


 瞳狐先生は眠るラナへ指をさす。

 今朝出会ったときから、普通では無い何かを感じ取ってはいた。そもそも出会いが普通では無いし、少しの驚きはあれど、そういわれたところでやっぱりという思いが一番大きい。


 蓮がラナと出会って真っ先に瞳狐先生の顔が思い浮かんだのもきっと、瞳狐先生に感じる普通では無い何かと、同じようにラナに感じた普通では無い何かとで無意識に結び付けた結果なのだろう。


「とんでもない魔力だったにゃんよ。すぐに消えたけどにゃあ、学校まで届いてたからにゃあ~」


「普通じゃないとは思ってましたけど……もしかして、俺が助けなくても勝ててたとかないですよね?」


 瞳狐先生の言葉通りなら、魔法なんてチートを直接使用していた白い奴よりも、使用してないラナのほうが魔力が多い(大きい?)ように聞こえる。もしゲームとかと一緒だとすれば、魔力の多さは当人の強さ。さっきまでのやり取りが実はラナの足を引っ張っていただけの徒労に過ぎなかったという可能性があるということだ。

 そうだとすれば、目も当てられない。


 しかし、蓮の不安とは裏腹に瞳狐先生は首を横に傾げる。


「う~ん。それはないと思うにゃあ~。感じた魔力は大きかったけど、あれは魔力暴走。つまり振った炭酸が勢いよく出ちゃったみたいな感じだったからにゃあ~操れてたわけじゃにゃいから、あのままでも勝ち目はなかったと思うにゃあ」


「ただたくさんの魔力を持ってるだけってことですか?」


「本人に聞かなきゃわからにゃいけど、少なくともさっきは瞳狐先生が入ってあげにゃきゃ最悪爆発して死んでたかもにゃあ~」


「爆発!?」


「そうにゃあ~」


 先生やラナの正体については顔色一つ変えなかったが蓮が初めて驚きで表情を染める。

 蓮はただの人間なので、魔力がなんなのかも分からなければ、瞳狐先生のように魔力を感じることもできない。白い奴以外にもまさかそんな危機に陥っていたとは気づきもしなかった。

 しかし、本題はそこではない。蓮はかぶりをる。


「そ、それでそのことがどうラナについてのことに繋がるんですか?」


「あ~実はにゃあ、数日前にもそのこと全く同じ魔力を感じたにゃんよ」


「数日前?」


 瞳狐先生の言葉に蓮は首を傾げる。

 数日前に何かあっただろうか?たしか……


「郊外の研究所の爆発─────」


「正解にゃあ」


 そういえば今朝のテレビでも話題に上がっていた。郊外にある研究所。何を研究していたのか詳細は明かされていないそうだが、ガスが原因の大爆発が起こったと大々的に報じられていた。

 研究員で生き残れた人はいなく、実際の真相は煙の中となってしまったという。


 噂では当日の日に何かを見たと騒ぐ人がいたそうだが、真偽のほどは分からない。

 それを面白がって、エイリアンの仕業だとテレビで報道していた局もあった。


「……も、もしかしてその爆発の原因がラナとか言うつもりじゃ……」


「まだ分からにゃいにゃ~。だから分かるなんだにゃ~。……もしこの考えが合ってたなら、一番怖いのはその子の魔力があの量でまだ完全じゃないってことにゃあ」


 瞳狐先生は神妙な面持ちでラナを見つめる。

 瞳狐先生はラナが魔力を暴走させて、爆発寸前だったと言っていた。それがどれだけの規模の爆発かは分からない。しかし、先生の表情を見るに人ひとりが爆死するとかそういったレベルではないのだろう。


「あ、あの……」


キーン……コーン……カーン……コーン……


 蓮が口を開こうとすると、ちょうど学校のチャイムと重なる。


「お昼の時間かにゃあ~。蓮は一旦教室に行くといいにゃあ~」


 瞳狐先生はチャイムが鳴り終わるとそういう。


「で、でも」


「いいにゃ、いいにゃ。まだ調べなきゃ分からないのにそう気負わなくっていいにゃ! まだ新しい教室も分かってないにゃんよね? ちょうどいいし行くにゃ。この子はここで預かっておくし、その間にこの子について調べといてあげるしにゃ」


 食い下がる蓮に、瞳狐先生も食い下がる。

 蓮の表情が曇っていることに気付いたのだろう。考える時間というものをくれようとしているのだとすぐに分かった。しかし、さらに食いつこうとする蓮の背中を無理やり押す。


「放課後までには調べてみるからもっかいここにくるにゃあ! それまでは来ちゃダメにゃあよ? あの子には本でも読ませとくにゃ~」


 そう言い残すと、ぴしりと音を立ててドアを閉められる。ついでに鍵も閉められてしまった。


「……教室行くか」


 置いてきてしまったラナを気にするが、追い出された以上これ以上できることはない。

 少し丸まった背中のまま、自分の教室へと蓮は歩みを進めた。

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