第11話

 

「青天の霹靂だったが、同時に、チャンスでもあったんだろう。魔力検査を担当した者に金を握らせ、ローズは属性魔法の素養無しと公表し、「命まで奪うつもりはなかった」と我が家に慰謝料を支払い、本来立場の弱い婿養子であるのに本家の娘の裏切りを盾にミュゼラン公爵家を掌握した。妻の裏切りを知った後のハインリヒの敏腕ぶりは、私でも驚いたよ」

  

 ローズは公爵夫人に寄り添い、公爵の話を聞いている。


「私たちはケインが悪いという引け目があり、全てハインリヒの言いなりになっていた。しかし今思えば、ケインのことはともかく、その後のローズのことをもっと気にかけていればと、悔やんだよ」

「グルーデスト公爵家の後継者は、分家から指名すればいいことですからね。わたくしたちの気がかりはただ1つ、ローズ、貴女のことだけ」


 公爵夫妻の慈愛の眼差しに、ローズは5歳以降の実家での記憶が怒濤のように思い出された。


 魔力検査後、衣食住の全てが一変したこと。

 まともな教育が受けられなかったこと。

 使用人のように働いたこと。

 使用人に嫌がらせされたこと。

 お茶会で失敗ばかりだったこと。

 リリーに奪われる前提でしか贈り物がなかったこと。


 でも何よりも、家族とは思えない冷たい両親とリリーの言動が、一番傷ついた。

 公爵令嬢として豪奢な暮らしをしたいとは思わない。

 ただ、家族として……娘として、姉妹として、仲良くしたいだけだった。


 それすら叶わなかった日々。

 その原因が、母親の裏切りというローズにはどうにもできないことだったなんて。


「我が家の後継者は決まればきっと、ハインリヒはローズの縁談を申し込んでくると思っていたからね。早く決めようとはしていたのだが……」

「光属性魔法の素養の強さを優先すれば人格に難があり、人格を優先すれば光属性魔法の素養の強さに難があったのよね。苦慮の末ルーカスに決定したけれど、失敗だったわ」


 ローズは公爵夫妻の話を不思議に思い、聞くことにした。


「縁談があらかじめわかっていらしたのですか? ……でも、最初は乗り気ではないように見受けられました」

「本当はもろ手をあげて歓迎したかったのよ。でも、社交界プレデビュー以降のローズの評判を聞いて調査したら、ミュゼラン公爵家の所業がわかって……。ああ、なんて酷いこと……」

「調査結果を見たら、ハインリヒはローズが喜ぶこと、幸せになることをよしとしないのではと思ったんだ。演技は慣れているはずだが、あんなにも難しかったことはないよ」


 なんとか教育期間を設けてもらわなくてはならないと必死だった心境を思い出し、ローズは少々複雑な気持ちになった。


「ごめんなさいね。本当に、ローズは何も悪くないのに。皺寄せは全て貴女にいってしまっているわ」

「縁談がくることがわかっていたのは、ローズが光属性魔法の素養を持っているからだよ。嫁ぎ先で生んだ子が光属性魔法の素養を持っていたら、醜聞が明るみになるからね」


 そうか、光属性魔法の素養か。

 親が誰か判明してしまったのもこの素養のせい、でも、グルーデスト公爵家との縁談が持ち上がったのもこの素養のおかげ。

  

 光属性魔法の素養と、これからどう向き合っていけばいいのだろう。


 ローズは素養無しとして生きてきたので、本来通うはずのリディエンダ王国立魔法学院で学んでいない。

 素養だけがあっても、力として発揮できないのでは、グルーデスト公爵家のために何の役にも立てないではないか。


「ルーカス様が婚約破棄を宣言されたので、今後がわかりませんが、光属性魔法に関して学ぶことは可能でしょうか」


 今できることを精一杯やりたい、それがローズの今の気持ちだ。


「もちろんよ。ルーカスのことも含めて、ローズが一番幸せになれるように考えているから、もう少しだけ待ってちょうだいね」

「必ずローズ最優先で解決することを約束しよう」


 蔑ろにされ続けた15年と比べ、グルーデスト公爵夫妻がいてくれる今の何と幸せなことか。

 ローズは幸せを噛みしめ、深々と頭を下げた。


「ありがとうございます。これからも、よろしくお願いいたします」


 返事の代わりに、2人からの抱擁のプレゼントが贈られた。

 婚約の行方に関わらず、ローズはとても幸せだった。

 

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