第8話
正式に婚約が成立してから数日後、ローズはグルーデスト公爵夫妻とともにミュゼラン公爵家を訪れた。
婚姻は1年先であるものの、このまま1年間みっちりグルーデスト公爵家で花嫁修行をするため、本格的に引き払う挨拶に来たのだ。
引き払うといっても、もっていかなくてはならないローズの荷物は何も無い。
ミュゼラン公爵家の面目を保つため、それらしい荷物を即席で用意していることだろう。
ミュゼラン公爵家では、両親と祖父母が出迎えた。
祖父母に会うのは魔力検査以来のため、めっきり老け込んだ祖父母にローズは驚いた。
現役でいるか否かの違いかもしれないが、まだ若々しいグルーデスト公爵夫妻と同年代には見えない。
リリーはリディエンダ王国立魔法学院の友人と出掛けているそうで、いなかった。
両親と祖父母は取り繕うことを知っていても、リリーの演技力がどうなのか知らなかったため、ローズはホッとした。
グルーデスト公爵夫妻に嫌な思いをさせてしまうことは、できる限り避けたい。
これから家族となる人たちだし、何よりローズはこの2人が好きなのだ。
細かい取り決め等は婚約の際に済ませているので、今日は形式的な挨拶のみで終了予定だ。
グルーデスト公爵夫人と祖母が中心になって談笑できていることに安堵し、何事もなく終わるかと思った、その時だった。
「お待ちになって!」
バンッと扉が乱暴に開く大きな音がしたと同時に、リリーの叫び声が応接室に響いた。
「お父様、お母様、リリーたちの話を聞いて!」
「両公爵閣下、両公爵夫人、ぜひとも私たちにお時間を頂けませんでしょうか!」
乱入してきたのはリリーと、なんと、ルーカスであった。
リリーとルーカスは腕を組み、親しい関係を匂わせている。
「ルーカス! これは一体、何事だ!」
「リリー、今日は迎えに行くまで戻らないよう、あれほど約束しただろう? なぜ帰ってきた?」
グルーデスト公爵は怒った様子で、ミュゼラン公爵は弱った調子で各々に声をかける。
「だって、今日は全員集まっているって言うんだもの! 一番ぴったりな日なの!」
「何のことかはわからないけど、とにかくリリーちゃん。お母様とお部屋へ行きましょう?」
「いや!」
ミュゼラン公爵夫人はおろおろとして、なんとかリリーを応接室から出そうとしている。
しかし、リリーはルーカスにしがみついていることもあり、簡単にはいかなさそうだ。
「だって、あいつだけずるいんだもん! 次期グルーデスト公爵のルーカス様が婚約者だなんて。リリーなんか、遠縁の分家の子爵家三男なのに!」
「何てことを言うんだ。説明しただろう? リリーにはミュゼラン公爵家を継いでもらわなくては。彼は子爵家の人間だが、闇属性魔法の素養を持っているんだ。婿養子にふさわしいんだよ」
「いやだもん! ルーカス様がいい! ねえ、ほら、ルーカス様ぁ」
リリーが上目遣いでルーカスを見つめると、ルーカスは頬を赤らめた。
「あ、ああ。わかっている。ローズ、私は貴女との婚約を破棄する!」
ミュゼラン公爵家の応接室に、重い沈黙の時が訪れた。
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