第95話 夜明け

「消えた、わね」

「……だな」

朔夜達の元へ魔物を薙ぎ倒しながら向かう三人は、八岐大蛇の気配が完全に消えた事を感知した。

「では、お二人は朔夜達の元へ。私はこのまま魔物の殲滅を行います」

玄月はそう言って侍と魔物が未だに合戦をしている戦場へと目を向ける。

「分かった……レイラ、頼む」

そう言うとレイラは再び走り出す。

(…きっまず……)

めちゃ無言。

もう、ホントにめちゃくちゃ無言。

なんか、誰か喋れよ。

胃に穴空くわ。

「ねぇ…」

無言に堪えられなくなりそうだった所に、レイラが声を上げた。

「貴方があの神から神格……神権を奪った時に見せたアレは、真性の権能?」

弱音…あるいは不安を圧し殺した声音が聞こえる。

あまりにも彼女のイメージと違いすぎて最初はそれを言ったのがレイラだと認識出来なかった。

「……ん?ぁあ、そうだな」

俺が使ったというよりは、【原典】が使ったものだが。

「そう」

レイラは、その時きっと何かを飲み込んだ。

「……何時か、貴方にを頼むかもしれないわ。……受けてくれる?」

(レイラお前が言う程の面倒事って何だよ)

どうしよう、物凄く受けたくない。

などと迷っていると、

「と言うか、受けなさいよ。私、今回ので貸し一つどころじゃないんだけど?」

「あーうん、それで良いよ。そっちのが似合ってる」

急な上から目線、と言うよりいつもの様子に戻ったレイラを見て、欠月は満足げに笑う。

「うっさい!投げるわよ!」

そう言って、背負っていた欠月を掴む手から力を抜く。

「わぁっと!すまんすまん、許して」

崩れかけた欠月は咄嗟にバランスを取りつつ、レイラを掴む腕に力を込めてその背中に留まる。

「ふーー。まぁ良いわ。兎も角…その時が来たら、協力してもらうわよ?」

「事と次第と状況によるが、概ね了解」

了承の返事をすると、心なしか少しレイラの機嫌が良くなった、ような気がする。

「…見えたわね」

(こいつ、ちょっと感覚鋭くなったか?)

以前までのレイラなら気付かないであろう距離……つまりは、そこそこ遠くにいる朔夜達を、レイラの五感──そのいずれが捕捉した。

「あぁ、そうだな」

「このままで良いの?」

「えっ、何かダメなことあるの?」

「……貴方、体裁とか、プライドとかないのね」

……。

(なるほど、背負われたこのままで良いのって事ね)

「別に良いだろ」

なんなら、俺朔夜にも背負われてるし、今更も今更である。

と言うか、真面目に身体能力低すぎてそろそろどうにかしたいところである。

今の俺、一回限りの超攻撃力と軍師の真似事くらいしか出来ること無いしなぁ。

仮想外理について、もうちょい理解を深めるべきか……何にしても、いずれ来る邪神戦に向けて、自身の及び周囲の戦力強化は必須である。

「……へぇ」

朔夜の魔力けはいを感じた。

何ともまぁ、随分と駄々漏れだ。

以前は自然に出来ていた魔力制御がお粗末になってんな、これは。

察するに、【月纒】のほぼ無制限の魔力による万能感が、彼女の感覚を狂わせたのだろう。

「ククッ。随分とまぁ、鍛えがいのある……」

「ちょっと、私の背中で黒い笑み浮かべないでよ」

「悪い悪い。……朔夜!晦日!ステラ!無事だったか!」

レイラと軽口を言い合っていると、三人が目に入る。

朔夜は無事なのが分かっていたが、こうして姿を見るとやはり安心するな。

「欠月殿っ!」

朔夜が気付き、声を上げた。

一歩でレイラが加速する。

「っと」

三人の近くに着地し、欠月を下ろした。

「晦日は?」

近くで見ると、晦日は目を開いておらず、朔夜に運ばれていた。

「寝ています。流石に、疲れたのでしょう。精神力だけで神に抗うのは、並大抵の事ではありませんので」

俺の疑問にステラが答える。

「そうか」

良かった。

三人全員無事らしい。

「レイラ殿、そちらの戦場は?」

「大物は片付いたわ。ただ、雑魚が大量発生してるから、今あの港の兵士達が応戦してるわね」

「あの神、こちらでもあの業を……」

そう言いながら腰の刀を握り、戦場に向かおうとする朔夜を、欠月が止める。

「待てって。これは晦日を守る戦いでもあるが、あの街を守る戦いでもある。俺らはもう十分やった。なら、こっからはあの街の奴らの戦いだ」

どうしてもってんなら止めはしないが。

そう付け加えて、今度はステラを見た。

「まぁ、俺らはまだ仕事が残ってるがな」

医療従事者に休まる時間などほぼない。

特に、戦場においては。

だが、まぁこの一時は彼女らの勝利を喜ぼう。

そんな心情でいると、ステラが赫邪練哲を俺に渡す。

「欠月様、この刀を。……ありがとうございました」

何かを、悔いるような表情のステラ。

「なんかあったか?」

「……いいえ。ですが、欠月様」

「なんだ?」

「私、もう少し信じられるような気がします。人の可能性を」

「そうかい」

彼女が何を見て、何を思ったか。

俺にはそれは分からないだが、良い傾向だ。

ゲームにおいて、彼女は他者に頼れずに死ぬ場合がほとんど。

他者を信用できるようにするのは、彼女の生存フラグでもあるのだ。

『ちょっとはマシな面になったわね』

(お前、なんかちょっかい出したのか?)

『えぇ。でも迷惑はかけてないわよ?』

(んな事思ってねぇよ。……ただ、そうだな。ありがとう)

今回の事は、こいつが全てあと少しを埋めてくれたのだ。

感謝しなくては。

「───さて」

鬱屈とした森の中に、陽光が差した。

「夜明けだ」

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