第93話 月を纒い

「なんで分かった?」

和装の男は驚愕する玄月をスルーして欠月に尋ねる。

「空間が不自然だった」

まるで、抜き身の刀が置いてあるうな、危機感。

「クックックッ。そうかい。俺もまだまだだねぇ……。こっちが本職って訳でもねぇんだが」

そう言って笑う男と欠月の間に、玄月が立ち塞がる。

「……貴様は何者だ」

特段、声が大きい訳ではない。しかし、その声からは殺意が受け取れた。

「俺は朧。とある世界で、【斬概】の理を認められた権能者だ。敵対する気は、今んとこ無い」

手札を明かしたか。

……何が狙いだ?

(あぁっ、クソッ!思考が回らん)

結界の維持に集中しているため、この男との会話に対する意識が薄くなってしまう。

全く、面倒な。

「狙いは特にねぇよ。俺にお前みたいな頭はねぇ」

見透かした様に、彼は言った。

「経験則から、考えてる事は検討が着くがな」

朧はゆっくりと歩を進める。

「ただ、聞きたいことがあってな。直接出向いた訳だ。安心しな、俺は数日後にゃ帰る」

そう言うと、腰の刀を前に置き、胡座をかく。

「対話だよ、対話。好きだろ?俺は大好き」

(やりにくいな)

「特に、俺は聞くことも話すことも無いんだがな」

(だからさっさと帰れ)

「俺も、個人としては無いがな。悪いが今回はボスからのご指名での出張なんだ。最低限のタスクはこなさねぇと殺される」

(こいつを殺す?どんな化物だ?)

いや、今は良い。

「ならさっさと言いたい事を言え」

「話が早くて助かるよ。ズバリ、質問なんだが……アンタ、変異体エラーだろ?」


◆◆◆


((((厄介な))))

その姉妹を相手取る元神は、そんな感想を抱く。

姉が生み出し、妹が広げ、それを糧に姉が生み出す。

一人一人では確かに強いが脅威にはなり得ぬ人間が、二人揃えば難敵へと様変わりする。

その事実に、怪物は苛立つ。

「姉上っ!」

千里眼晦日が、司令塔としても機能している。

自らが喰らわんとした万能の輪の欠片が、今だけは憎い。

「はいっ」

声で全てを察した朔夜が、ノールックで横に飛び退いた。

放った水流が空を切る。

(((厄介な)))

彼女らの成長曲線は、比例的に上がっていく。

追い付かれる。

追い越される。

危機感が、奥底より出でた。

「赦さぬ……赦されぬ……我は、喰らう者ぞっっっ!!」

叫ぶ。

「───姉上、盗みました」

致命の刃が、喉元を貫く。

((在ってはならぬ……これは、なんだ))

まさしく、蹂躙。

いや、端から見れば、勝てる可能性はあるような戦いだ。

と言うか、事実充分にあったのかも知れない。

……だが。

これは、なんだ。

何故我が地に伏して、小娘二人が立っている。

───

強い怒りが、怪物の心を満たす。


◆◆◆


「離れなさいっ、晦日!!」

最後の一刀を振るわんとしたその直前、自身の勘が警鐘を鳴らした。

直後の事である。

爆発。

赤黒いモノが視界を満たす。

血肉の酷い臭いが、鼻の奥を刺激した。

「なっ」

あまりの惨状に、朔夜は思わず顔をしかめる。

残り二本となっていた怪物の首。

その一本が、爆散したのだ。

。底なる者ども」

先程までの怪物と同一とは思えぬほど、どす黒い何かを感じさせるその声が呟かれた、その時だ。

爆散した血肉が蠢き出した。

蛇……いや、それに留まらず、飛び散った血肉から様々な怪物が這い出る。

──そして、それは自身に付着した血肉も例外ではない。

「っ!」

血肉より出でた手に、足を掴まれる。

「ガッ、ハッ」

首、手、足、胴。

「くっ…ぅぉおオ」

───油断した。

こんな奥の手が残っていたとは。

「姉っ上っ」

自らと同じように拘束された晦日は、心配そうに此方を見ている。

(…ダメだ)

そんな彼女に鈍足ながらも、確実な死が忍び寄る。

「首七本……高く着くぞ、人間」

頭が一本となり息も絶え絶えの怪物は、晦日の前へと立った。

「まっ…てェ……!」

───朔夜が、一歩、歩を進める。

ギョッとしたような顔で、怪物が此方を見る。

「晦日にッ…手をッ……出すなッ」

一歩。

「殺すぞ、貴様ッ」

「………拘束せよ」

その命令により朔夜の身体は更に締め付けされる。

「……ッ…ッ!」

歯を喰い縛り、更に一歩。

もう一歩、踏み出そうとしたその時。

「ッ!?」

地面から、手が伸びた。

ハダンッ

「ッ」

朔夜が転ぶ。

「姉上っ!!」

「人間、決めたぞ。貴様はこれの後に喰ってやろう」

此方の様子見をしていた血肉から産まれた怪物達は、朔夜を拘束するように上に乗っかる。

「今はそこで見ておけ」

それだけ言って、此方に興味を無くしたかのように晦日に向き直る。

「……漸くだ。この時が、漸く来た。漸く、我が手に、万理の欠片が収まる」

感慨深げに呟く蛇の表情には、何処か恍惚のようなものがあった。

「今は気分が良い……遺言程度は聞いてやろう」

余裕綽々の笑みを見せるそれに、晦日は笑みで答えた。

「結構。まだ言い残すことなどありませんから。それに」

怪物の両の眼が揺れる。

「私は、死にませんから」

晦日の眼は揺れず、ただ一点、映るは────


◆◆◆


無力、無為。

散々、味わった。

『もいいだろう?そろそろ、味変革命の時間にしようぜ』

聞きなれた誰かの声が、頭に響く。

過去かつてか、現在いまか、それとも未来いつかか。

聞き覚えの無いその台詞は、脳内で反芻される。

『【夜は明けず】』

「【夜は……明けず】」

意思に反して、唇が紡ぐ。

『【我が意思は夜天に輝ける】」

「【欠けて、満たして、また欠けて】」

「【幾夜数えた宵の頃】」

「【私は─────















変異体エラー

想定外の可能性。

いや、予定外と言った方が適当か。

ともかく、それらが無と有を別けた【開闢のアレ】と同意義な事に変わりはない。

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