第83話 けれど、私は眼を開く

神は、未だに彼女に御執心だ。

いや──今だからこそ、さらにと言うべきか。

俺とレイラの予想では、あの神が地上に現れたのは───それも、あの神の源流である『大河』以外、つまり、空からあの神が降りて来たのは───その源流である『大河』から切り離されたからだと考えている。

何が原因でって?

あっただろうよ、この国を包む大結界が。

それで切れたのだろう。

奴の根源大河との繋がりが。

そこから予想出来ることは、奴は今、エネルギー補給源がない。

それ故にこれ程までに殺すような勢いで晦日を食らっているのだ。

エネルギーを補給するために。

そんな彼女タンパク質があの神に近付けば、間違いなく喰われる。

死に物狂いで、喰いに来るだろう。

守れる保証は、無い。

「あは、は……隠せま、せんか」

疲れたような笑みを浮かべて、少女が笑う。

(なんだ、これは)

憤り。

彼女自身に対して?この状況を作った元凶に対して?あるいは取り巻く全てに対して?

(何も出来ねぇ、俺に対して)

ここにいたのが、ステラならば、あるいはその最後の輝きとでも言うべき願いを叶えられた。

あるいは、ここにいたのが彼の主人公なら、彼女にそんな選択を取る必要は無いと言えただろう。

──ここにいたのが、前世まえの俺なら、そもそも、症状が悪化する以前に終わっていた。

ここにいたのが────

ここにいたのが────

ここにいたのが────

(ここにいるのは、俺だ)

他でも無い、モブなのだ。

俺が、どうにかするしかない。

(いや……待てよ)

そこで、欠月はふと違和感に気付く。

玄月が、一向に来ない。

あの老人は、レイラ達と一緒には行っていない。

そして、この部屋を訪れた痕跡も無い。

ならば、いったい何処にいる。

『お前はいったい何を見落としている?』

視界の中央。

晦日を遮る様に、そのウィンドウが出現する。

(何を───天皇───大河の神──道場───玄月───布津御魂───叢雲───空の器───旧き者───ゲームウィンドウ──葉月玄月──)

(いや、待てよそもそも、何故八岐大蛇はこれ程までに晦日に執着する?)

その時だ。

俺の視界に、見慣れぬ、けれど見覚えのある輪っかのマークが出現したのは。

(これは──)

アカシャの輪。

青を基調として、その他金の装飾が施されたその輪の名だ。

より正しくは、アカシャの輪【海】。

ゲーム中では一部の推理イベントなどのギミックアイテム、または18禁シーンの回想の理由付けとして使われ、として扱われていた。

(これは、見ろと言うことか)

自然と手が伸びる。

そのマークに触れた、その瞬間。

(!?)

俺の意識はその輪に吸い込まれる様にして消えた。


◆◆◆


「やめてください!」

何処か晦日の面影のある幼女が、姉であろう少女を背にして泣きながらも立っている。

「ならば、このオレと契約せよ、ニンゲン。来るべき時、このオレが貴様を喰らいに向かう。その時、抵抗せずにその身を差し出せ」

八本首の中の一本が、少女晦日を見下しながらそう言った。

(あぁ、これは)

欠月は何が起こったのかを察した。

アカシャの輪【海】の能力『過去視』。

偉大なる万能の輪の一部たるそのリングの能力は、過去を視る事。

とは言え、適性不足やら何やらでの主人公でさえも自由には扱えない。

「分かりました。来るべき日、その約定を果たしましょう。ですが、今より先その牙を誰かに向けることは許しません!」

その言葉は随分と子供らしく無く、けれど内容は随分子供らしく、そして大人びていた。

(自分一人を犠牲に、その他全てを救う……)

明らかに釣り合いが取れていないその天秤、けれどその交渉天秤八岐大蛇かみのイエスによって傾いた。

「良かろう」

契約は、そこに成ったのだ。

「これより先の何時においても、は何も喰らわぬ」

天秤が一人と一柱の額にに刻まれ徐々に消えていく。

(あぁ、そう言う事か)

疑問ではあったのだ。

契約とは現状のこの世界の主神たる聖なる神女神の権能だ。その権能の名を出しておきながら真正面から破ったならば相応の代償はあるはずだ、と。

結論、八岐大蛇は、契約を破ってなどいない。

彼女と契約したのは、八岐大蛇の内の一柱。

つまり、その一柱さえ食わなければ、何も問題はない。

(だとすれば、今はかなり詰みかけている)

八柱の神は降誕し、契約の日は訪れた。

葉月晦日が契約を破れば彼女には天罰が下る。

仮に女神の使徒たる聖女が直訴すれば、どうにかなったかも知れないが───

(今、ステラの状態はよく分かっていない)

あれ程の大結界。

それも自分の信仰とは違う神性を使った物だ。

どれ程の消耗か。

それに、ステラに渡しておいた物を使ったなら、しばらくステラは身動きが取れない。

(詰み……いや、違う)

成された契約を眼前に、それがもはや眼中にない欠月は考える。

(要は、その一柱に先に契約違反をさせれば良い)

七柱では対応出来ない様な脅威があれば、それは可能だ。

最後の一柱が動かなければいけないような事態を、人間が起こす。

(現状の戦力で、それが可能か?)

ステラが抜けたのは大きな痛手だ。

しかし、相手も一柱は確実に使い物にならないはず。

(朔夜とレイラの固有スキルが使えれば、あるいは)

月纒と、神命解放。

それらさえ彼女らが使えば、勝利に至る道筋はある。

けれど……。

(レイラは、使わないだろう)

あれはレイラが世界を滅ぼすルートでのみ見られる、神たる彼女を解放するスキルだ。

その切り札を、こんな所で使わないだろう。

(それ以前に、彼女に人間判定が下らない可能性もある)

そして、月纒は月纒で制限時間がある。

3分。

それがウルトラマンもビックリなウーマンになれる限界時間。

彼女は、それを過ぎたら使い物にならない。

決め手としては十二分オーバーキルだが、こっちもこっちでそもそも使えない可能性もあるし、制限時間を見抜かれた場合いなされる。

使えたとして、ある程度追い込んだ後でなければ恐らく最後の一柱は出てこない。

「───!」

「──ぱ!」

「──ん!」

「聞こえてる!?お兄ちゃん!!」

幼い声が耳元で叫ぶ。

そちらの方へ目線をやると、白髪に薄い蒼の目をした見覚えのある少女がいた。

「久しぶりだな、仮想の神。前回転生時はパパで今回は兄か」

自分の呼称に苦情を入れてから彼女───性別は定かでは無いが少女的外見の特徴が多々みられる───に向き直る。

「だって、パパとお兄ちゃんは違うよ?」

「なるほど、薄々感じ取ってはいたが、やはり前世との違いが出始めているか」

そもそも、俺と奴とでは構成要素が違う。

「それで───」

欠月は、周囲を見渡して

「ここは、何処だ?」

そう言った。

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