第82話 目前
「して、どうするレイラ殿」
影達の長がレイラの方針を聞く。
「取りあえず、結界に引っ付いてるあれ剥がすわよ」
複数の神性を混ぜて作ったであろう大結界に纏わり付く八首の大蛇を見ながらそう言った。
あれでは、避難にせよ応戦にせよ、街の中の人々が動きを取れない。
「レイラ殿!ここにいましたか!」
「やっときたわね、朔夜。体調は大丈夫?」
「万事問題なく!ご心配おかけしました。今は如何な状況でしょう?」
「取りあえずはあのデカブツをひっぺがそうって話してた所よ。貴女、何か案はある?」
自身の雷でやっても良いが、そうなると少々結界の耐久力が不安だ。
下手に傷つけるとあの蛇に壊されて中にいる人々が喰われかねない。
そうなれば、多祥なりともあの大蛇の強化に繋がるだろう。
それに、中の民衆が喰われるだけならまだましだが、
聖女を喰うと言うことはつまりこの世界の主神の権能の一部を喰らうと同義だ。
大蛇自身も無事ではすまないだろうが、それでもとんでもないパワーアップを果たすことは間違いない。
「そうですね……鎖鎌などは…流石にあの規模は不可能ですか」
一瞬、先刻の忍者達との戦いで自身の四肢を拘束した道具を思い出したが、敵の規模を見て不可能だと考える。
「葉月殿、出来ますよ」
忍達の長は、猛禽類を思わせる鋭い目で少し遠くの大蛇を捉えつつ、その雰囲気に似合わぬ恭しい口調で、その不可能を可能と宣う。
「迷ってる時間も無いし、その案で行きましょ。もろもろ任せるわ、
レイラが
「お任せあれ、
影向の姿が影に溶けて消え失せる。
森が少しざわめいた。
「───やっと、ここまで」
病原は明確。
治療法は明快。
ただ真っ直ぐに、八岐の神を見据えて、朔夜は万力の力を手に込める。
刀の柄が軋みを上げて、自身が力んでいる事を悟る。
「勝てるわよ、私がいるし」
そんな彼女の様子を見て、レイラが軽い口調でそう言った。
「そうですね、勝ちましょう」
再び、晦日の元気な姿を見るために。
◆◆◆
「大丈夫か、晦日」
朔夜を送った後、欠月は地震によって少し散らかった晦日の部屋を訪れた。
尤も、散らかったと言っても物が少ないので掛け軸や
「ゴホッゴホッ」
「流石にあの揺れは堪えたか」
咳き込む晦日の近くによりながら、神聖魔法で癒していると、欠月はあることに気がついた。
(症状が悪化している)
診察を疎かにしていた訳ではないつい先ほども診たばかり。
魔法に劣化はみられない。
ならば、原因は──
(大河の神の顕現か)
大元の接近によって、一気に悪化したか。
「大丈夫だ、今魔法を」
掛けてやる。
そう言おうとした時、欠月の言葉は止まった。
手首に痛みが走った。
よくよく見ると、晦日が腕を掴んでいた。
「欠っ…月さん…わたっ、し、を……あの……神の元へ、連れて、行って、下、さい」
絶え絶えながらも、呪いに喘ぐ少女は言葉を紡ぐ。
「今ここを離れるのは、好ましくないな。何でだ?」
現状、聖躯体、聖霊領域、聖遺物の三点セットで何とかこの状態だ。
聖躯体は彼女自身に、聖遺物は持ち出せば良いとして、聖霊領域の移動は出来ない。
よしんば、出来たとしても、呪いの元凶に更に近くなる。
当然、この程度ではすまないだろう。
「皆さんがっ、殺されて……喰われてしまいますっ。早く、早くっ」
涙を流しながら、欠月にそう懇願する。
「何をするつもりだ?」
神の元へ行ったところで、このか弱き少女にいったい何が出来ようか。
「契約がっ…契約がっ、あります。私を、喰えれば、他の者には、手を、出さないと」
(───なるほど)
そう言うことか。
この少女のつながりが強かったのは。
聖遺物、聖霊領域、聖躯体を持ってもその繋がりが消えなかったのは、此方からも繋いでいたから。
だが、残念ながら───
「その契約が守られる事はない」
そう、それは
「俺達は既に、あの神が他の者に手を出してるのをここまでの道中で見た」
「そう……ですか。やはり、本当なの、ですね」
ステラ辺りが話していたのか、予想していた程の失望と言った負の感情はみられない。
どちらかと言えば、諦観か。
「それでも、お願い、します。連れて、行って、下さい」
(───いや、違ったか)
葉月晦日と言う少女を、自分は見誤っていた。
この少女の瞳に映る輝きは、決して諦めではない。
だが、契約が効かないと解った以上、彼女が戦場ですることなど──する、事、など。
(ま、さか)
「囮にでも、なるつもりか」
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