第86話 善も悪も、偽も真も

タンッ

両者が、地を蹴った。

視線が交差する。

退くか」

「こっちが本職なモンでね」

腰から杖を引き抜く。

「槍雷」

呟かれたその一言は、詠唱単語キーワードスペルとしての役割を果たすこと無く、雷は起きない。

(やっぱり、こう言う系は無理か。疎外感が強い)

玄月がその腰に差した刀の柄に手をかける。

バァンッ。

道場の床が揺れる。

「チッ!!」

目算5mはあったその距離を一瞬にして詰め、目の前に現れた玄月に驚愕しつつ魔法を使う。

「っ!」

今度は、玄月が驚く番だ。

(なるほど、この程度ならお目こぼしされる訳ね)

少し、ほんの少し地が揺れ、身体の軸がぶれる。

足に触れた周囲の地面を己の身体とみなし、強化魔法の応用で振動させた。

「…ッ」

それでも尚、一刀。

地の揺れを振り払うように更に一歩踏み込み、その刀を解き放つ。

「ふぅッ」

対する欠月は杖を両手で支え、その一刀を受けた。

「仕込み杖か」

妥協低レア品だが、虚仮威しブラフにゃ十分だろ?」

ニヤリと笑って、刀を抜きながら後方へと飛び去る。

両者、刀を構えて相手を見る。

「アンタ、そこ退けよ」

「退かせてみせよ」

「アンタも嫌だろう?孫が死ぬの」

「最早退けぬよ。私は、一度家族を見捨てた」

一瞬、葉月玄月が顔を覗かせて。

「故に、私は退けぬ。実の息子すら見捨てた私に、今さら幸せを取り戻そうなどと、都合の良い事は出来ない」

すぐに守護者の顔が表に出る。

「そうか」

ゆっくりと頷いて

「なら、俺がその顔ひっぺがしてやるよ」

中指を立ててそう言った。

直後、刀と刀が交差する。

「いっぺん死ねや、クソ爺分からず屋……!!」

「……」

玄月は静かに、その手に力を込める。

「ぐっ……くっ……」

段々と、欠月が劣勢になり始める。

「君の身体能力で、力勝負になって勝てる訳が無いだろう」

「見込みがあるからァ……やってんだろォが!?」

(スキル、『魔法剣』)

あぁ、不本意ながらも、心が踊る。

「こっからは、本番前練習だァ……!」

その剣の名は、雷光。

別世界より来たりし雷の剣にして、未知なる魔剣。

雷は出ない。

彼の者旧き者の権能が、それを赦さない。

しかし、

「ックァ」

欠月の体内で、光が弾けた。

「っだぁァァァァァ!!」

「何っ?」

徐々に、徐々に。

欠月の刀が、玄月の刀を押し返す。

筋と筋の間で、バチバチと雷が火花を散らす。

「ァアアアァァァァァ!!!」

苦痛に顔を歪ませながら、欠月は万力を刀へと込める。

「ッ」

拮抗、そして──

「ダァッ!」

逆転。

口の中に鉄の味が滲む。

手が白くなり、恐らく爪も割れている。

「どうし、たァ?それで終わりかい?」

身体の中を駆け抜ける激痛に耐えながら、欠月は不敵に笑う。

「退いてもらうぞ、葉月玄月!!」

「……………あぁ、此処で退ければ、どれ程……」

その呟きは、欠月にも聞こえない程の小さな声で───

「悪いが、だ」

魔力の高まり。

(なんっ!?)

「旧き約定に従い、これより選定を行う」

額に汗を浮かべ、目の前の老体はそう言った。

「旧き友、旧き怪物てき、旧き神。かつての恩を現在いまこそ還そう」

徐々に、押し返される。

「アンタ……ッ」

「結びし約定は、現在いまこの刻に果たされん」

「相応しき者のみ、吾はここを通そう」

現在いま再び、彼の者を欲さんとするならば我等が礎を超えて征け」

試練モード。

ゲームでは、一度彼に勝つ事が条件で解放されるいわゆるハードモード。

何が変わるかと言えば……

「熱ゥっ!!」

玄月の剣が、炎に包まれた。

試練ハードモード仕様の玄月は、魔法剣を使ってくる。

「互いに、長くはもたないだろう?」

灼熱に包まれたその老躯は、とても老いぼれとは思えない膂力で欠月を弾き飛ばす。

「カハッ」

腹部に痛みが走る。

どうやら単純な膂力で飛ばされた訳ではなく、腹に一撃食らったらしい。

「ハァハァ……フゥーッ。…そりゃあ、どうかな?アンタ老いぼれ若人、どっちが長いかは明白な気もするが?」

呼吸を整えながら、会話で時間を稼ぐ。

「ふむ…平時ならば、君の回復までこの茶番に付き合っていたところだが、悪いが時間が無い。早く君も本気を出した方が良い」

ガキンッ

耳元で金属音が鳴り響く。

身体が反射的に防御してくれたようだった。

「っ…本気、ねっ」

出せば、殺す他無くなる。

この前は木刀だが、今回は互いに真剣だ。

「絶対、嫌だ……!」

競り合う。

解放されし炎に、秘められし雷が対抗する。

(クソッ、なんでこの人炎出せんだ!?)

自分が雷を体外に放出しようとすれば、無駄に魔力を食うだけでなんの現象も起きはしないと言うのに。

「ならば、ここで絶えてくれ」

(魔力の扱いの違い?いや、違う。粗雑も良いところだ。なら、なんだ?ゲーム中でも、彼は炎を出していた)

…………。

(詠唱か)

詠唱。

ゲーム中においては一部の魔法や固有スキルを発動する際に使用するものだが──

(まさか)

感覚を魔力に集中させる。

「余所見とは、良い度胸だ」

理解わかったぜ、アンタの手品の種がよ」

玄月の刀を流して後退する。

(原典あの女、性格最悪だな)

この空間で一部の魔法が使えないのは、旧き者の権能範囲内だからだ。

ならば、その一部の魔法が使える場合は当然、旧き者由来となる訳で。

(種も仕掛けも、ありませんってかァ?)

何も、特殊な仕掛けは無かったのだ。

だが……それは、悲報の類いだ。

仕掛けがあれば、それを模倣するなりすればある程度は対抗出来た。

しかし、無いのであれば

(正面突破しか、無い)

横薙ぎに斬りかかってきた玄月の刃に自身の刃を合わせて流す。

(だが、正面突破にゃ今の俺じゃ馬力が足りない)

今更になって前世の肉体が恋しい。

(いらねぇと、捨てたはずだったが)

存外、前世アレも誰かの役に立っていたのかも知れない。

(歯痒い)

足りない、届かない。

弱い。

『どうしようも無く、惰弱だ』

(あぁ、そうだ)

だが、

『(それを望んだのは、貴様だろう?)』

踏み込め、考えろ。

止めるな、手を。

停めるな、思考を!!

(考えろ!勝ち筋を!次の手を!)

思えば、前世はこのように全力を出した事は無かった。

あぁ、乾く、渇く。

(楽、しい)

──だが。

パキン

刀に、ヒビが入る。

(まずい、隙が──)

バキィン

刀が、折れた。

「っ!!」

ヒビが入った事を視認出来ていたのが大きかった。

欠月は二本目の刀を出す事で、二の太刀をすんでで止めた。

(…が、この二本目はさっきよりも質が落ちる……)

……二本目……そう、二本目。

(……それだ)

何かを思ったか、欠月は顔を上げて嗤った。

「良いぜ、クソ女。そっちがその気なら、俺も、やったろうじゃねぇの?」

その面は、大層恐ろしいものだった。

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