第63話 道場

空気がピリつく。

それは、レイラのように物理的なモノではない。

しかし、俺は明確に目の前の老人に脅威を感じ取っていた。

少し息を吸って、迷いを振り払うように前に一歩を踏み出した。

そして、その足が道場に入ったその刹那。



 界

  が

    、


                   変

                  わ

                 っ      

                た

               。


                           

感覚のズレ。

まるで、一線を引かれたような、そんな、明確で鮮明、そして鮮烈な感覚。

暗転と明滅を繰り返し、ようやく俺はその場に意識を留める。

(なん…だ?今のは)

まるで、酔っている時のような不快感と、ドラッグでもキメたかのような解放感が身体を満たし、総じて不快だ。

「っ……ぅぇ」

左後ろで、そんな声がした。

その声の主の方を見ると、レイラが不快そうに顔を歪めている。

「だ、大丈夫ですか?」

欠月もかなり顔に出ていたようで、葉月から心配の言葉を掛けられた。

「大丈夫…だっ。問題ねぇ…あァ、問題ないとも」

自身にそう言い聞かせる。

これはおそらく、ステータスによる弱体化の後遺症……と言うか、素の身体能力や五感が、あまりにもステータスと掛け離れていて、その差によって半ば酔ったような感覚になっているのだろう。

見えないモノが見えている。

嗅げないモノが嗅げている。

聞けないモノが聞けている。

触れないモノが触れている。

今までは出来かった事が一気に出来るようになった事による情報処理の渋滞。

中々に不快だ。

「ふむ…試合の出来るような状態では無さそうだ。葉月、屋敷の方で寝かせて上げなさい。試合はまた後日に」

玄月がそう言った所で、欠月が強くもう一歩踏み込んだ。

「大丈夫だ。イケる。既に馴らした。むしろ、今の俺はこの世界の俺史上最高に調子が良いぜ?」

そう言って笑う。

「そうか…ならば、そこの木刀から一本選び、此方へ来て構えなさい。其方のタイミングで始めてかまわない」

「お祖父様、欠月殿、ルールは審判が負けと判断するか、木刀が手から離れると負けでで良いですか?」

「うむ」

「それで良いぜ」

欠月は選らんだ木刀の調子を確かめるように素振りする。

(木刀の良し悪しなんざ分からんが、修学旅行のアレよか頑丈そうだな)

それと、重い。

鈍器としての役割は此方の方が果たせそうだ。

「さて、行くぜ。葉月、合図」

「え?いや、しかし…」

朔夜は玄月の方を見る。「其方のタイミングで仕掛けて良い」それは、玄月の与えたハンデだった。

しかし、欠月はそれを遠慮無く放り返す。

「……ふむ、良いだろう。朔夜、始めてくれ」

「わ、かりました。それでは───始めッッッ!!」



時系列的には、ここが62話冒頭に当たる。


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