第64話 一手で神に届く才
構えた欠月を見て、玄月は薄ら寒いものを覚えた。
人器一体。
欠月は若くしてその境地に立っていた。
それは、自らの目指す境地とは違うが、それもまた、見紛うことなき神業であった。
「その歳で、それ程とは…」
年甲斐もなく、心が奮え、それが武者震いとして体に現れる。
「自らの心体なぞ、とうに調伏したと思っていたが…」
思わず、ブルリと震えた。
「どうした?やらないのか」
欠月は、不思議そうに玄月を見る。
その目からは、なんの
(成る程、あれが)
恐らく、明鏡止水と言うような類いだろう。
心技体の極まったその先。
もしかすると、彼の立つ境地は、もはや自らの目指す境地すら比べ物にならない所なのではないか?
(ふっ……)
傲りを、正さねばなるまい。
目の前の少年は自分の遥か上を行く。
「胸を借りよう、少年」
◆◆◆
カチリ、と、自分の中でスイッチが入る。
外面が取り繕われ、内では最も冷静な自分が、過小でも過大でも無くただただ平等に玄月を評価し始めた。
枯れた大木がみるみるうちに生い茂って行く。
欠月は、目の前の老体を見て、そんな印象を抱く。
(…なるほど、頭の固い老害では無いらしい)
相対しただけで、相手の技量は何となく解る。
しかし、だ。
目の前の老人は、まるで回帰するように、そして成長するようにどんどんと
実態としては回帰しているのでは無く、ただ目の前の欠月から見てとれる技術を吸収しているだけなのだろう。
それでも、欠月が分かる程に、玄月はその技量に成長を見せていた。
「胸を借りよう、少年」
その声が響く、そのコンマ
玄月の振るった刀が、欠月に流された。
二人に驚きは無い。
そして、流された事への反応は勿論、流した事への反応も特に無く、まるで予定された演武のように、二人は、次の行動へと移る。
───いや、訂正しよう。
もう移っていた。
ありとあらゆる行動が織り込み済みの、それはまさに剣舞。
二人の思考領域では、既に数手先までの仮想戦闘が数千回と行われていた。
そして、その思考戦を制し、先に動き出すのは欠月だ。
しかし、玄月の鍛え上げられた身体能力は、欠月の思考戦での勝利と言うアドバンテージを容易に埋めた。
「互角……」
葉月が呆然と呟いた。
端から見れば互角、もしくは欠月が少し押されているように見える。
けれど、実際にはこの数秒間に1857回、玄月が負けていた。
もっとも、それは欠月の身体能力を玄月と同じと仮定した場合による玄月の所感なので、欠月はそれを無駄な想定だと鼻で笑うだろう。
一呼吸する間すらなく、技と技は紡がれる。
「隙が、無い」
葉月が息を飲む。
両者は、本来あるはずの行動直後の硬直すら、それを感じさせない動きを見せる。
(──────!)
数秒とは言え、彼等の剣舞を見ていた葉月には、それが見えた。
彼等が、一瞬呼吸した。
────終わる。
その確信は、戦闘をしている両者が、最も顕著に感じていた。
(──勝った、だと?)
(──負けたな)
その戦闘には唐突に終わりが訪れる。
パァン。
欠月の持っていた木刀が飛ばされた。
それは、ある意味当然の帰結とも言える。
欠月から常にあらゆる要素を吸収していた玄月は、その読みの精度と速度を戦いの中で上げていた。
そして、欠月にその読みが追い付く事はついぞ無かったが、それでも現実の体ならば追い越す事が可能になった。
「そこまでっ!!勝者、葉月玄月!」
◆◆◆
「……」
様々な物が浮遊する、ごちゃごちゃの空間で、一人の少女が安堵した。
「良かったぁーー」
最も強き拘束から解き放たれた者が、その本領を発揮しきる前に、もとい、その全力が出力可能な事実に気づく前にその試合が終わった事に、思わず気を抜いた。
「まぁさぁ、パパが、いつかそこに行くことは分かってたけど、いくらなんでも早すぎるよぅ」
それに、今ので気付かれてしまっただろう。
異世界からの来訪者。
あの第一種特異点に。
とは言え、問題ないだろう。
何せ、その
その
それは本来、原初の特異点、
いや、イデア出現時点で、世界に等しい可能性を持つ者が世界そのものしか無かった、と言うだけの話しではあるが。
そも、その時と今では世界の形式その物が違う。
イデア出現当時では世界に等しい可能性を持った人間など、産まれよう筈もなかった。
そこまで思考して、少女はその思考をいったん打ち切る。
「ふふっ。ねぇパパ、今は楽しい?」
少女は、楽しそうに笑う。
そして祈った。
もう、己を生んだ人間が、退屈で死ぬ事が無いようにと。
第零種特異点
通称 特異点
世界と同じだけの可能性を持った意思ある存在。または、意思を持った世界。
第一種特異点
通称 権能者
世界の理と同等レベルで優先される権能を行使可能な者。またはその理に人格が形成された
こんな感じで別けられてる。もちろん、もっと解説出来る事はあるが、まだちょっと秘密。
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