第26話 灼火の神鎚

「フンッ」

どこか気の抜ける掛け声と共に、レイラが腕を振り下ろす。

「トばすねぇっ!」

欠月が自らごと吹き飛ぶ勢いで跳躍する。

一瞬遅れて、レイラの振り下ろした腕の延長線上の空気が轟音と共に押し潰され、そこには雷が漂っている。

雷嵐鎚腕トールハンマー

雷神トール状態の通常攻撃である。なお、即死級である模様。

通常攻撃が範囲攻撃で即死攻撃……そんなヒロインは嫌だ。

「これでも食らえ!」

そう言いながら、大雷槍を放つ。

とは言え、この攻撃が効くなどとはつゆ程も思っていない。あくまでも小手調べ、そして牽制である。

「あら?その程度?」

レイラはニヤリと頬を吊り上げ笑う。

「っ!」

パシィィン

そんな音を立てて大雷槍はあっさりとレイラに握り潰された。

(問題ねぇ。想定範囲内だ)

半ば自分自身に言い聞かせるように内心で呟き、即座に次の行動を実行する。

灼炎柱しゃくえんちゅう!…渦巻け一陣の風アネモイ

火の中位魔法と風の上位魔法の連続発動。

渦巻け一陣の風アネモイは兎も角、灼炎柱は今の彼女にとっては少しの脅威にもならないだろう。

しかし、ゲームと違う現実であるこの世界ならば、魔法同士の相乗効果を期待出来る。

正直に言って、今彼が持つ手札の中で、今のレイラに通じるものは殆ど無い。雷魔法と神聖魔法、かろうじて風魔法がどうにか…と言った感じだ。

そして、この三つの内、雷魔法はレイラが高い耐性を持ち、神聖魔法は攻撃手段はほぼ無い。となれば、後は風しか無かった。だから彼は賭けたのだ。

魔法同士の相乗効果で威力が上がる可能性に。

そして、今、その可能性は彼の目の前で実証されていた。

グォォォォォ

レイラの足下から吹き出た灼熱の炎は、後から発動したアネモイの影響を受けてその熱を強めている。

──しかし、その程度で届く最強を、最強とは呼ばない。

「うん。今のは悪く無かったわ」

炎を突き破るようにして雷が辺りを蹂躙する。

「チッ──」

全てを避け切る事は不可能と判断した欠月は並列発動を使用し、幾つかの雷を相殺し、そして幾つかを避け、幾つかを防いだ。

「ッ」

それでも、右足に少しだけかすったようだ。

ガクっ

欠月の体勢が大きく右に倒れた。

「くゥっ…そっ」

反射的に使ったからか、彼が瞬時の間に選択したのは、くしくも雷魔法だった。

「効かないわよ。この程度」

大して制御もされていない雷魔法は、レイラに虫を払うようにして無力化された。

(有効打が少なすぎる!)

これも今まで雷魔法の火力に頼ってきた皺寄せか、彼は今圧倒的に火力と手札を欠いていた。

「あまり時間も無いし…さっきの骸骨も厄介そうだからこれで終わりにするわ」

此方のことを下に見た傲慢な物言いに、けれど彼は反撃の手立てを講じれずにいた。

(火魔法と風魔法の組み合わせは悪く無かった……けど火魔法が火力不足だ。こうなるんだったら雷以外にも魔法使っときゃ良かった)

後悔先に立たず、とは良く言ったものである。

が、今の状況に置いてその言葉はあんまり役に立たない。

「まぁ、私にこの魔法を使わせた事に敬意を表して、ギリシャの使徒よ、北欧最大最強の魔法で仕留めて上げましょう」

「……──まっじィな」

未だに痙攣する右足を押さえながら立ち上がる。

勝機は、無い。

しかし、闘志はまだある。

だから、何とでもなる。

いや、何とでもする。

しかし、折れない闘志が在ろうとも、現実は残酷なものだ。

「────天を震わし、地を穿つ。」

死刑宣告が、始まった。

「一瞬の雷光は森羅万象を焼き払い、轟く音は滅びを告げる。」

それは、あらゆる全てを一撃のもと屠った北欧最強の────

「我が呼び声に答えよ。粉砕する者よ」

灼火の神鎚ミョルニル

─────「ソレ」が出現した途端、辺りは一変した。

これまでの戦闘で廊下に付いた戦闘痕は、そのほぼ全てが最早分からぬ。

何故なら、廊下が溶けているからだ。

それ程の灼熱を放つソレは、見ただけでも異質だと分かる者だった。

言うなれば、紅い雷。それが、エネルギーとしてではなく、物質としてそこにある。

正しく、神話のミョルニルそのものである。

きなさい。手向けの花は無いけれど」

せめてこのいかずちを。

灼熱の雷鎚を握るその細腕が、今落とされた。

(今っ────)

ずっとタイミングを見計らっていた欠月が、致命の時に動き出す。

欠月はずっと考えていたのだ。

どうすれば全力のレイラに勝てるかを。

辿り着いた結論は、灼火の神鎚ミョルニルだった。

灼火の神鎚は、それそのものが戦鎚であり、同時に雷である。

そして、その性質上、発動中、特に今のレイラのように上段に構え、振り下ろすならばその発光具合も相まって視界の殆どが光で埋め尽くされる。

そして、灼火の神鎚であるなら、レイラは恐らく……いや、絶対に死亡確認をしない。

故に、彼女から俺が見えないこの一瞬。

それが、勝機だ。

灼火の神鎚ミョルニル、それは確かに強力だろう。しかし、それと同時に死角を創り、俺の希望の光となった。

「グッッオォォォォォ」

インベントリからあるアイテムを取り出し、それを乱暴に地面に叩き付けるようにして立てた。

全力で魔力を注ぎ込み、武器のスキルを発動する。

大地が隆起し、俺を囲んだ。

「アアアアアアア」

アッツゥ!

「死んでェ…たまるかァァァァァっっっっ」

─────────────────────────────────────

音にもならない爆音が鳴って─────

───そこに、少し色褪せた金髪に深紅の瞳を持つレイラ以外の姿は無かった。

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