第7話 刑事・沢口巡査部長(1)

 この街を管轄とする警察署の刑事課に所属する沢口巡査部長は、帝都ホテルの一室でため息をついていた。


 目の前に転がっているのは、拳銃で頭を撃ち抜かれた男の死体だった。

 男が所持していた財布から出てきたのは、数枚の千円札と二年前に期限切れとなった自動車の運転免許証であった。

 免許証には、いま目の前に転がっている男の顔写真と、という名前が書かれている。


 しかし、免許番号の照会をしてみたところ、この免許証の持ち主である川瀬克己は、ちょうどこの免許が失効した二年前に事故で他界していることが判明した。


 では、この頭を撃ち抜かれている男は、誰なのだろうか。

 沢口は男の顔を見つめながら、考えていた。


「サワさんよ、こいつはプロの仕事だぜ。指紋なんて物はひとつも残っていない。犯人は極端なきれい好きなのか、ご丁寧に指紋を全部拭き取って行きやがった」

 警視庁のロゴが入ったキャップを後ろ前に被り、紺色の作業服に身を包んだ、鑑識係の上森班長がヤニで黄色くなった歯を見せながら言った。


「プロ? この日本で殺しを専業としている奴なんているもんか。殺しを金でやる連中って言ったら、安い金額で殺しを請け負う不良外国人どもぐらいだろ」

 口を挟んだのは、沢口の同僚である斑尾だった。


 斑尾は、沢口よりも二つほど年上で、後退し始めた額を隠すかのように髪の毛を前に垂らしているが、その風貌が逆に落ち武者を思わせ、近寄り難い雰囲気を醸し出していた。


「それにしては、手際が良すぎるんだよな。もし、不良外国人どもが金で雇われて仕事をしたとしても、こんなにきれいな殺し方はしないはずだ。あいつらの殺し方はもっと残忍で汚い。それに証拠を残しても奴らは、すぐに本国へと逃げ帰っちまえばいいんだから、ここまできれいに指紋や証拠を残さないっていうのは考え難いな」


「じゃあ、上森班長はこの犯行がプロの仕業だって言うんですか?」

 斑尾はまだ納得がいかないといった表情を浮かべながら、上森班長にいう。


「素人の犯行とは考え難いな。発射された銃弾も一発だけだ。しかも、その一発の銃弾を見事に額へと命中させている。斑尾さんも射撃訓練とかはしているだろうから、拳銃の弾を命中させるのがどんなに難しいかは、よくご存知だろうよ。しかも、この銃創を見る限りでは、二、三メートルは離れた位置から銃弾を発射しているはずだ。いくら、二、三メートルとはいえ、訓練をしていない素人が、正確に額へ銃弾をヒットさせるのは、無理に等しいだろう。だから、犯人は射撃訓練を相当積んでいる人間のはずだ」

 自信満々の顔で上森班長が言い切ると、さすがに斑尾も反論できなくなったらしく何もいわなかった。


「プロの犯行だとしますと、背後関係が気になりますね。暴力団同士の抗争っていう線も浮かんできますし……。だけど、被害者が何者なのか分からない限りは、どの線も洗いようがないですよね」

 沢口は誰に語るわけでもなく独り言のようにぶつぶつと呟くと、被害者の顔をもう一度、覗き込むようにして観察した。


 年齢は三十代後半から四十代半ばぐらい。右頬に刃物でつけられたような古い傷痕があり、目は細めで一重目蓋。鼻は高くも無く、低くも無い。唇は薄く、顎骨や頬骨にもこれといった特徴は見られない。皮膚の色は少し浅黒く、顔立ちは典型的な日本人顔そのものであった。


「一体あんたは、誰なのさ」

 沢口は返事をするわけでもない、死体に対して呟いた。

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