第6話 佐久間(2)

 吉沢は、の幹部組員である。過去に仕事を請け負ったことはあったが、その時は常に第三者を挟んでの仕事であり、本人から直接電話を受けたのは初めてのことだった。


「暴力団組織の幹部が私のようなチンピラまがいの堅気に電話してくるとは、どんな風の吹き回しだ」

「そんな嫌味ったらしいこと言うなよ、佐久間。俺とお前の仲だろ」

「私はそんな仲になった覚えはないが」

「くそ。ああ言えば、こう言う奴だな」

 受話口から吉沢の苦笑いする声が聞こえてくる。


「それはお互い様だろ。それで、何の用だ」

「そうだった。佐久間、お前……川瀬克己って男のことを知っているか?」

 吉沢の口から出て来たのは意外な人物の名前だった。

 あまりにも予想外な名前が出てきたため、佐久間は思わず黙り込んでしまった。


「おい。聞いているのか、佐久間」

「ああ、すまない。その川瀬がどうかしたのか?」

「その口ぶりからすると、やはり知っているって事だな」

 おそらく吉沢は電話の向こう側でほくそ笑んでいるのだろう。

 そんな姿が安易に想像できた。


「川瀬克己名義の運転免許証を持った男の死体が、昨晩、帝都ホテルの一室で発見されたそうだ。警察の連中は、川瀬克己が何者だったのか、まだ知らない。だが、じきに気づくだろうよ。川瀬克己の正体にな。そうなれば、お前のところに所轄の旦那たちが押しかけるんじゃないのか。この街の裏社会にもっとも詳しいって言われるお前のところに」

「なるほど、俺に恩を売っておこうってわけか。ヤクザらしいやり方だな」

「おいおいおい、人の親切心をそうやっていうのは良くないぜ。まあ、お前に恩を売っておいて損はないことは確かだけどな」

「まあ、礼だけは言っておく」

 佐久間はそう言うと、一歩的に電話を切った。


 吉沢はまだ何か言いたそうな雰囲気を出していたが、無駄なおしゃべりに付き合っているほど暇ではなかった。


 川瀬克己。この街の裏社会で伝説とまで言われた殺し屋だった。

 別名、レフトハンド。

 その川瀬が何者かに殺された。川瀬を殺せるほどの腕を持つ殺し屋などは、この街にはいないはずだ。そうなると、他の街にいた人間がこの街へと進出してきたということになる。


 おそらく吉沢は、そのことを遠回しに伝えたかったのだろう。

 他の勢力が自分たちの縄張りに入り込んできている。

 今のうちに佐久間に恩を売っておけば、佐久間を味方につけることが出来る。

 そう吉沢は考えたのだろう。


「面白いことになってきたな」

 佐久間はひとり言を呟くと、言葉とは裏腹の渋い表情でアイリッシュウイスキーに口をつけた。

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