第5話 佐久間(1)

 やけに陽気な曲が掛かっていた。

 このバーには似合わない曲だ。

 佐久間はそう思いながら、マールボロライトに火をつけた。


「いらっしゃいませ」

 先ほどまで別の客の相手をしていた口ひげのバーテンダーが近づいてきて、挨拶をした。

「陽気な曲を掛けているな」

 佐久間がそう言うと、口ひげのバーテンダーは笑みを浮かべながら映画のタイトルを口にした。どうやら、この曲はその映画で使われていた曲らしい。


 このバーでは映画で使用された音楽が流れることが多かった。だが、いつもはもっと静かな雰囲気の曲が流れている。こんな落ち着かない曲が流れるのは初めてのことだった。


「森下さんが、この映画が好きらしいんですよ」

 口ひげのバーテンダーはそう言うと、少し照れたような表情を作った。


 森下というのは、最近よく顔を見せるようになった女性客のことで、昼間は会社員をやっており、夜はコールガールをしているはずだ。


 どうやらバーテンダーは、その森下のことがお気に入りらしい。


「少しは歳を考えたらどうだ」

 からかい口調で佐久間が言うと、バーテンダーは真顔になって口を開いた。


「恋に年齢なんか関係ありませんよ」

「よく言うよ。スケベな口ひげなんか生やしておいた」

 バーテンダーは少しむっとした表情を浮かべたが、少し離れたスツールに腰を下ろしている富野という別の常連客が大笑いをしたため、苦笑いを浮かべて佐久間の前を去っていった。


 佐久間はひとりでアイリッシュウイスキーのロックを飲んでいた。

 大抵、このバーへと足を運ぶ時はひとりである。

 もし、佐久間に連れがいるとすれば、その連れは佐久間にとって客となる人物であった。


 不意にポケットの中で振動が起きた。

 佐久間は携帯電話を取り出すと、ディスプレイの表示を見た。

 画面には見覚えのない数字の羅列が並んでいる。

 通話ボタンを押して、電話に出ると佐久間は向こうが喋るまで無言で待った。


「佐久間か? 俺だ、吉沢だ」

 電話を掛けて来たのは、予期せぬ相手だった。

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