第4話 榮倉幸三(3)

 榮倉幸三の目指す先にいるのは、革製のジャケットを着た男だった。

 年齢は30代半ばぐらいだろうか。あごに無精ひげを蓄えていたが、その辺の男とそう変わりはないように見えた。


 本当にこの男が梟なのだろうか。そんな疑問が榮倉の脳裏をよぎる。


 任侠の世界に長年いるだけに目は肥えていると思っていた。

 危険な香りがする男は、山ほど見てきた。

 そういった男たちに比べて、いま目の前にいる男はどうだろうか。

 本当にこの男が伝説の殺し屋なのだろうか。


「梟について、色々と嗅ぎまわっていたそうじゃないか」

 先に口を開いたのは男の方だった。


 榮倉は驚いて、男の顔をまじまじと見たが、男は正面を向いたままで話していた。


「まずは座って、注文をしろよ。ここはバーだ。注文をしない客なんていうのはおかしいだろ」

 榮倉は男の言葉にしたがって、スツールに腰を下ろした。


 嫌な汗をかいていた。

 ただ声を聞いただけなのに、ここまで嫌な汗をかくのは、はじめてのことだった。


「あ、あんたが梟か?」

「まずは注文だ」

 男に言われ、榮倉はバーテンダーにマティーニを注文した。


 男の方は空になったグラスを掲げ、アイリッシュウイスキーのロックのおかわりを頼む。


「私は仁科組で相談役をしている榮倉という者だ。梟に依頼があって、ここに来た」

 榮倉は横目で男のことを見ながら、周りには聞こえないぐらいの小声でいった。


「あんたが誰であろうと、こちらにとっては関係のないことだ。梟に仕事を頼むときのルールは知っているな」

 どこか挑発的な口調だった。

 榮倉は無礼な口調を続ける男に怒りを感じながらも、これも梟に仕事をしてもらうためだと自分に言い聞かせて、我慢した。


「手付金に100万だと聞いている」

「じゃあ、出してもらおうか」

「いま、ここでか?」

「当たり前だ。いま払わないで、いつ払うつもりだ」

 怒りを押し殺した目で榮倉は男の事を睨みつけたが、男は涼しい顔でその視線をかわしてしまった。


「ここに100万ある」

 懐から取り出した封筒を男の前に差し出した。

 男は封筒から札束を取り出すと、厚みだけを確認して札束を封筒へと戻した。


「じゃあ、本題に入ろうか」

 厚みのある封筒を革製ジャケットの内側へと仕舞うと、男は初めて榮倉の方へと顔を向けた。

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