第2話 榮倉幸三(1)

 広い庭のある平屋建ての日本家屋の一室には、ふたりの男がいた。

 和服を着たスキンヘッドで小太りな体型の仁科徹と、ブランド物のスーツに開襟シャツ、首元には金色の極太ネックレスで髪を整髪料でオールバックにした榮倉幸三のふたりだった。


「左手は梟にらせましょう」

 榮倉は仁科にそう伝えた。


 しかし、仁科は榮倉の言葉に、すぐには納得しなかった。

 だの、だの、お前はなにを言っているのだと苛立った口調で言ってきたのだ。


 もちろん、仁科がすぐには理解できないことはわかっていた。

 左手も梟も人の呼び名であり、そう呼ばれている人間がいるのだということを根気よく説明し、ようやく仁科の理解を得れたのは、話しはじめてから30分後のことだった。


「たしかに梟は左手にやらせるのが一番だな」

 最終的には仁科もそう納得し、榮倉は仁科の自宅を後にした。


 仁科とは、盃を交わした兄弟分だった。兄貴が仁科で弟が榮倉である。

 仁科はこの街の裏社会を仕切る仁科組という暴力団組織の組長だった。

 榮倉はその仁科組の相談役という地位におさまっている。

 基本的に汚れ仕事はすべて榮倉が行ってきた。仁科は組の長として、どんと構えていればいい。それが榮倉の考えだった。


 梟は、この街では伝説的な殺し屋であった。

 数か月前にもホテルの一室で芸能事務所の社長が殺される事件があり、その事件も梟の仕業であったと噂になっている。 


 現在、仁科組は勢力を拡大させるために隣街への進出を図ろうとしていた。

 だが、隣街は海田組という同業者の勢力下にあるため、簡単に仁科組が進出できるような状態にはなかった。


 それに海田組には、お抱えの殺し屋がいるという噂があった。

 その殺し屋というのが、と呼ばれる人物であった。

 名前からどんな人物なのかは想像もつかないが、5年前に起きた駐日ロシア大使暗殺事件が左手の仕事であったと噂されている、凄腕の殺し屋なのだ。


 そんな凄腕の殺し屋をお抱えにしている海田組の縄張りに踏み込めば、海田組は間違いなくを仁科組へ送り込んでくるだろう。そうなれば、命を狙われるのは組長である仁科と相談役である榮倉であることは間違いなかった。


 だったら、先手を打ってしまおう。

 そこで辿りついた案が、『左手は梟にやらせましょう』という先ほどのセリフだった。


「すぐにでも梟を雇って、左手の始末を決行させろ。金に糸目はつけん」


 仁科は鼻息荒く榮倉に言い、榮倉は梟を雇うために動きはじめた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る