六年
[...ANDROID-YEN-02R PLAY MEMORY:REPEAT = HUMAN RIN...6th]
リンが死んで六年……。
「……今日は寝るまで、側にいて」
ベッドに臥せてからリンは一度だけこう言ったことがある。
彼女が死ぬ三日前のことだ。
「分かりました」
私は椅子を用意するとベッドの側に置いて座った。
彼女は力ない視線でそれを見届けると、静かに瞼を閉じる。
……この記憶は今日が初めての再生だった。
不思議なのは、何故この六年もの間、この記憶が再生されなかったかだ。
リン型アンドロイドが再生の終わりに向かって体調を崩すのは五日程度になる。その間、リンが実際にベッドに臥せていた半月の記憶がランダムに再生される。
しかしこの記憶は今までその再生から省かれ続けてきた。
再生条件が難しい――記憶と状況との整合性がし辛い――というのなら理解はできる。現に六週目の終わりである今でもまだ再生されていない記憶はいくつかある。その大体が天候に関するものだが、リンがベッドに臥せているこの記憶には関係のない要素だ。
そこまで考えてから私は確認したほうが早いことに気がつくと、空中にディスプレイを開いた。そして彼女の人工脳がリンの記憶メモリから弾き出した再生条件を表示させる。
「――――」
表示された文字列に私は息を飲んだ。
画面全体には見たこともないコードが並んでいる。
私は胸騒ぎのようなものを感じながらリンの記憶メモリを確認した。
ここも同じだった。最初に確認した時よりも、記憶のソースコード自体が変化している。
どういうことだ――不可解に思いながらも履歴を遡る。すると変化は三年目から始まっているようだった。しかも一気にではなく毎日少しずつコードの書き換えが行なわれている。まるで、記憶自体が意思を持っているかのように――。
私はそれを解読しようと試みた。同じ事例がないかも検索した。しかし世界中の何処を探しても似たような事例はなく、解読も最低限のプログラム知識がある程度の私には不可能だった。
私は後悔をした。
リンの記憶はどこにもバックアップを取っていない。取らなかったのは埋め込まれたチップが故障することがまずないからだ。
だからリンの記憶チップはアンドロイドに埋め込んでいるオリジナルただ一つだけになる。
つまりこれが壊れてしまえば、リンの記憶は失われる。
この日々が――終わる。
終わりは、何よりも避けたい事態だ。
リンと永遠に会えないだなんて、考えるだけでも胸が苦しくなる。
……だというのに、それなのに、何故、私はそれを救いのように感じてしまったのだろうか……?
これは自分で望んで始めたことなのに……終わりのない繰り返しの日々を、リンの記憶と共にいることは自分が望んだことなのに、どうして……?
……本当に? 本当にそうなのだろうか。
これは本当に私の望みなのだろうか……?
本当は――私は本当は――――。
「…………ケイ?」
私は、はっ、として俯いていた顔を上げた。ベッドを見るとリン型アンドロイドが瞼を開けてこちらを見ている。
……あぁそうか。この時リンはすぐに寝なかったのだ。
「……ごめんね。暇でしょう……?」
「大丈夫です。それよりもリンのほうが、私がいたほうが寝られないのでは」
「……そんなことないよ……ケイがいたほうが安心する……」
私は特別、リンに何かをしていたわけではない。
気の利いた言葉の一つも掛けることができなかったし、励ましたり手を握ってあげることもしなかった。それなのに、こんな私でも側にいたほうが安心するとリンは言ってくれた。こんな人形だったころの私でも……。
「寝るまで側にいますから」
「……うん」
リン型アンドロイドは安心したように力なく微笑むと再び、瞼を閉じた。
当時の私は、何をすることなくただリンの顔を見ていた。言葉通り彼女が寝るのを確認しようと、じっ、と見つめていた。
リン型アンドロイドは、当時と変わらず小さく苦しそうに呼吸を繰り返している。言動だけでなく弱っている態度もアンドロイドは忠実に再現する。再現できないものがあるとしたらそれは姿だ。
それでも私には、あのときのリンの姿が鮮明に思い起こされる。
青白くやつれてしまった顔や、痩せ細った手が――。
私はリン型アンドロイドが寝入ったのを確認すると、彼女の手に自分の手を重ねた。
当時にはしていない行動――そして思う。
もしあの時、リンが寝入る前にこうしてあげたら彼女はどう反応してくれただろうか。
喜んでくれただろうか……それとも、驚いただろうか……と。
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