遺伝


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「私の髪って誰に似たのかな」


 リン型アンドロイドがそう口にしたのは朝の身支度時、いつものように彼女の髪をブラッシングしている時のことだった。これはリンが十七歳になりたての頃の記憶だ。


「お母さんの髪は黒くてまっすぐだったのに」


 そう言いながら彼女は銀のウェーブした長い髪を人差し指でくるくると巻きながらもてあそんでいる。

 リンの髪色と髪質はエンから遺伝したものだ。しかしリンはエンのことを知らないので、私はもっともらしい事実で話を流すことにした。


「博士の祖父母にいたのでは。人間には個が持つ遺伝形質があり、それが子で発現せず孫で発現することもあるそうです」

「ふうん」


 彼女は納得したようなしていないような、曖昧な返事をした。


「博士と同じがよかったですか?」


 それには彼女も「ううん」と明確に否定する。

 リン型アンドロイドは人差し指に巻いていた髪を解放すると、上体を後ろに向けて言った。


「ケイと一緒だから、これがいい」

「髪質は違います」


 私の髪質はリンともエンとも違い、真っ直ぐだった。

 その理由を博士は『エンが自分の癖毛を面倒くさがっていたからそうしてあげた』と言っていたが、その理屈は今でもよく理解できない。


「髪色がって意味よ」

「ですが、幼少のころは嫌がっていました」

「え?」


 意外とでもいう風に、リン型アンドロイドは眼を見開いた。


「博士が私たちのことを似てるとか、まるで姉妹のようだと言ったら、リンは違うと怒っていました」

「――あぁ。あれね」


 彼女は視線を泳がしながら苦笑いを浮かべると、前へと向き直った。


「あれはね。違う、のよ」

「何が違うのですか?」

「ええと、似てるのが嫌だったわけじゃなくて」

「はい」

「家族でいるのも嫌だったわけじゃなくて」

「はい」

「ただ、その」


 この時のリンは、何故か分からないが随分と言い淀んでいた。

 普段から言葉が抽象的なことはあれど、言いたいことををはっきりと口にする彼女にしては珍しいことだった。私は当時の通りに彼女の顔を覗き込む。角度から表情までは見えないが、銀の髪から覗く耳と横顔が赤くなっているのが確認できた。

 もしかしたら具合でも悪くなったのだろうかと当時の私は思ったが、呼吸が乱れている様子も見られず緊急性も感じられなかったので、話が終わるまで待つことにしたのだった。


「なんていうか、ケイとは姉妹ではなく」

「はい」

「そのね」

「はい」

「――やっぱりなんでもない。気にしないで」


 彼女は結局、言葉を濁す形で話を終わらせた。


「分かりました。ところで体調は悪くありませんか」


 更に顔を覗きこむと、彼女もこちらを向いて不思議そうに答えた。


「どうして」

「顔が赤いので」


 一瞬、リン型アンドロイドの表情が固まった気がした。不具合ではなく、当時の再現だ。

 彼女は旧世代のロボットのようにぎこちない動きで私から顔を逸らすと言った。


「これは、少し、熱くなっただけ」

「室内の温度を下げましょうか」

「いい。このままでいい。もう。ケイの意地悪!」


 彼女は覗きこんでいる私を押しのけると、立ち上がって部屋を出て行った。

 今なら彼女の態度が体調不良ではなく、恥ずかしさから来るものだということは分かる。

 けれど何を恥ずかしいと感じているのかまでは分からない。

 それでも彼女を見送った私の人工心臓は、何故か強く拍動していた。


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