夢――娘
シェルターの白く殺風景な通路を私は歩いている。
目の前には小さなリンが、まだ短い手足を一生懸命に動かしながら通路を走っている。
「ケイ、こっちー」
リンの大きさから推測するに、これは彼女が培養器から出されて三年目のときの夢だろう。
この頃はよく、リンと追いかけっこをしていた。
リンが走っている後を、私は距離を保ちながら歩いて追いかける。追いつかないように追いかけるのは、子供と遊ぶ上では大事なことらしい。早く捕まえてしまっては子供としては面白くないと。そうして程々に逃げ回らせたところで捕まえるのがポイントだと、収集した子育ての資料に記されていた。だから私はそれを忠実に守り、実践していた。
そうしてしばらくリンを追いかけていると、長い通路の先に曲がり角が見えてきた。幼いリンはこちらに振り向きながら走っているので、それに気づいてはいない。
このままではぶつかると、私は足を速めた。だがそれを見たリンが更に加速する。
かれこれ十分以上は走り続けているのにまだそんな力が残っていたのかと、子供のポテンシャルに思わず感心してしまうが、そんな場合ではない。
私はついに駆け出した。が、もう間に合わない。
リンが壁に衝突しようとした寸前、曲がり角から現われて人影がリンを受け止めた。
「わっ」
博士だった。
「おかーさん」
「前を向いて走らないと危ないわよ」
そう博士が注意するも、リンは我関せずな様子で上に手を伸ばしている。
博士は仕方が無いという風に苦笑すると、娘を抱きかかえた。
「すみません博士。もう少しでリンに怪我をさせるところでした」
「謝らなくていいの。悪いのは前を見ていなかったこの子だもの。ね?」
「うん。ケイはわるくないよ!」
素直な娘に博士は笑う。
「ほら
「プリン!?」
「そう。貴女の大好きなね。手を洗ってらっしゃい」
「はーい」
下ろされたリンは、一目散に来た道を駆けて行った。
「本当に私の子かしら」
娘を見送りながら、博士が冗談めかして言う。
「顔は博士によく似ています」
冗談だと捉えられなかった当時の私は、フォローのつもりで真面目にそう答えた。
それがおかしかったのだろう、博士がくすりと笑う。
「容姿ではなくて、私の子供時代とは随分違うからって意味」
「そうなのですか?」
「そうなの。私、冷めて可愛げのない子供だったから」
「想像つきません」
人間はアンドロイドとは違い、心身共に成長する。だからその過程で性格が変わることも珍しくない。だとしても冷めて可愛げのない子供を、今の博士からは連想するのは難しかった。
「可愛げがなかったのは子供の頃だけではないけどね。まぁ自分でも随分と変わったと思うわ。きっとエンがあまりにも締まりがない人間だからほだされてしまったのね」
言われて私は、初めて見せてもらった写真を思い出す。
写真に写っていたエンは柔らかな、妙に人の良さそうな、博士の言葉を借りると確かに締まりのない顔をしていた。
私と同じ顔をしているというのに、鏡に映った自分と比べると、随分と受ける印象が異なる。
「
「ですがそもそも両親の子供時代が、その子供に反映されるという科学的証明はされていません」
「そうね。でも写真を見る限りではそう見えない?」
博士はそう言うと、空中にディスプレイを呼び出して並んだファイルの一つをタッチした。するとディスプレイには一人の子供が写し出される。話の流れと容姿の特徴から、その子供がエンの幼少時代だと分かった。
博士が更に画面に触れると、写真は動画も兼ねていたようで、枠の中で幼少のエンが走り回り始めた。
顔立ちだけを見ればリンとエンは全くと言っていいほど似ていない。けれどその走り回るエンを見ていると、不思議とリンの姿が重なって見えたような気がした。
「確かに似ている気が、します」
科学的根拠がないことでも、そう思った以上、私は認めざる得なかった。
「ね」
博士はこちらを見て満足そうに微笑んだ。
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