墓参り


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「私が死んだら、森の広場に埋めてね」


 博士の墓を前にして、リン型アンドロイドは唐突にそう口にした。

 これはリンと年に一度の墓参りをしたときの記憶だ。

 リンがこの言葉を口にしたのは十八歳の時だ。


「博士と一緒でなくていいのですか」

「ここ、お母さん以外も誰かいるのでしょう?」


 リン型アンドロイドが見つめる地面には、墓標も何もない。

 博士はエンと一緒に静かに眠ることを選んだ。だから墓標も必要ないと。

 しかしリンはエンのことを知らない。博士はリンにエンの話をしなかったし、リンも自分の父親的存在について訊いてくることはなかった。それなのに何故リンがそう思ったのか、その理由は今でも分からない。


「はい」


 エンのことに関して、私は博士から口止めされてはいない。

 けれども博士が話さなかった以上、自分も話すべきではないと考えていた。

 それでも嘘はつけないので、肯定だけはすることにした。


「なら、邪魔しては悪いから」


 何故、邪魔になるのだろう、と当時の私は疑問に思った。

 死んだ人間はただのタンパク質の塊だ。腐敗していくだけの物質だ。

 そこに故人の意思も、感情も、心も、何も残らないだろうに。

 それでもその疑問を口には出せなかった。

 珍しくアンドロイドが空気を読んだのか、それともリンの意思を尊重したのか、当時の気持ちはよく覚えてはいない。

 そして次に言うべき言葉に、私は不思議な感覚を覚えた。


「リンは寂しがりやですか?」


 寂しがりや――それは昨夜見た夢の中で、博士が口にしていた言葉だった。

 博士は命日だけではなく、年に何度もエンの墓参りをしていた。

 その理由を博士は、エンがさみしがり屋だからだと言っていた。

 当時の私は、夢を見たわけでもないのに不意にそのことを思い出したのだった。

 脈絡のない問いに案の定、リン型アンドロイドは驚いたように私を見た。


「寂しがりやでしたら、墓参りは頻繁にします」


 意図に気づいて、リン型アンドロイドは苦笑する。


「そうね。そうだと思う。ケイが一日いないのも耐えられないぐらいだから」


 ……そうだったな、と私は思った。

 私が電波塔施設から戻れなかったあの日のリンの気持ち、今なら理解できる。

 博士が亡くなってからあの日まで、私はリンの側を長く離れることは一度もなかった。

 だからリンは不安だったのだろうと思う。突然に長いこと独りにされて寂しかったのだろうと。

 それでも、汚染されると分かっていて外で待っていた理由については、未だに分からない。

 博士が寿命と引き換えにシェルターにやってきたように、リンにも何か理由があったのだろうか。

 命を縮めてまで私を待っていた理由が――。


「でも毎日は流石にケイの負担になるから、気が向いたときでいいわ」

「難しい判断基準です」

「それなら会いたいときに来て」

「それも難易度は変わりません」


 そう答えると、何故かリン型アンドロイドは面白そうに笑った。

 気が向いたときも、会いたいときも、アンドロイドの私には難しい問題だった。


 けれど心を持てば、それは悩むまでもないことだった。


 アンドロイドのリンが就寝したあと、私は毎日のようにリンの墓参りに行った。

 そして彼女の墓の前で、博士がしていたように自然と話もしていた。


 胸が焦がれる感覚を覚えながら、見た夢のことや、リンとの思い出を話し続けた。


 そうしながらあの時の博士の気持ちを、私は、痛いほど味わっていた……。


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