⑤
──あれからあっという間に二年が過ぎた。
三週間ほどの失業期間を経てようやく介護施設でアルバイトを始めていた僕は、その約一年後に介護福祉士実務研修の受講が完了し、今年の四月から晴れて正社員として雇ってもらっていた。
介護の仕事は想像していた以上に過酷で身も心もすり減らす毎日だったが、利用者の「ありがとう」のおかげでなんとか続けられていた。誰かの役に立っているという直接的な実感が得られる職場は僕の性に合っていたのかもしれない。そこに学歴や才能の有無は関係なかった。誰でも、僕でも、利用者にとっての何者かになれたような気がしていた。
四畳半の暮らしは昔と何も変わっていない。自己啓発セミナーに通うことがなくなったからか、以前ほど毎月の出費がかさむようなことはなくなっていたが、元々潤沢な貯蓄があったわけではない。月々の給料と生活費の差額は多い月で一、二万円程度しか残らなかった。
とはいえ、タワマンに住むことへの憧れを捨てたわけではなかったし、高級車を乗り回したいという願望がなくなったわけでもなかった。日々、介護の現場で誰かの役に立っているという一定の充足感を味わいながらも、心のどこかで、まだ漠然とした高みを目指していた自分が俯瞰的に今の僕の姿を見て、「本当にこのままで大丈夫なのか?」と不安を覚えることがあった。思い描いていた成功者とは程遠い位置に立っている現状に、ふと、もどかしさを感じて眠れなくなってしまう夜もいくらでもあった。
そして、ある時からは実家の両親が定期的に「そろそろこっちに帰ってきなさい」なんていう電話を寄越すようにもなっていた。介護なんてわざわざ東京でするようなことじゃない。むしろ、都会から離れた田舎町の方が重宝される──と、そういうことらしい。
実際、実家に帰った方が生活費は今よりも確実に浮いてくるし、一人暮らしをするにしたって、今と同じ家賃を払えば八畳の1LDKの部屋には住める。たとえどんなに壊れかけた天秤にかけたとしても、きっと両親に従って実家に帰る方が賢明な判断であるということはわかっていた。
でも、僕は一切それに応じなかった。
僕は未だに大学を卒業した頃に抱いた漠然とした夢を捨てきれずにいたのだ。自分はこんなところで終わるはずがない。自分にしかできない何かがきっとあるはずだ。などと、未だ実績のない自分に大きすぎる期待を寄せていた。そして何かの拍子にここから一発逆転してくれる未来を待ち望んでいた。そんなことがあるわけないと薄々わかっていても、その一縷の希望だけに目を向けて僕はこの大都会になんとか
だが、この日ばかりはそんな一発逆転が起こりうるきっかけになるのではないかと、期待せずにはいられなかった。
ボーダーの襟シャツの上からこの日のためにわざわざ新調したネイビーのニットセーターを重ね、ライトブルーのストレートジーンズを穿いていた僕は、昼前に四畳半のアパートを出発し、駅前の牛丼チェーン店で豚丼の並盛りを食らった。その時ですら妙に緊張していて食事が喉を通りずらくなっていた。
店を出た僕は近くのコンビニのATMで二万円をおろし、どこか落ち着かない気持ちのまま電車に揺られること三十分が過ぎた頃に、がらんとしていた駅のホームに降り立った。それから改札を抜け、駅前で待機していたタクシーのうち黄色いセダンタイプのタクシーに乗り込んだ僕は運転手に目的地の住所を伝えた。
すると運転手はバックミラー越しに僕の顔を見て、いきなり問いかけてきた。
「きみも何か悩んでいるのかい?」
「はいっ?」と僕は思わず聞き返してしまう。
「いやあ、だって、ここに行く人はみんな何かに悩んでるから行くんだろう?」
「ああ……」
「違うのかい?」と運転手は立て続けに聞いてくる。
僕はその問いかけに終始戸惑いながらも、「たぶん、悩んでるんじゃないですかね」とまるで他人事のような返答をしてその会話を終わらせた。
その後は、もう話しかけないで下さいと言わんばかりに僕はスマホの画面を見入り、昨夜アップしたばかりのブログの記事に寄せられていたコメントを──といっても、相変わらず男か女か運営側のサクラかもわからないアカウントから毎回欠かさず送られてくるたった一通のコメントなのだが──閲覧していた。
『明日行くんですか? 実は一度行ってみたいと思ってました!』
やがて僕はそのコメントに『そうですっ。今向かってるところです!』と返信し、バックミラー越しの運転手の視界から逃れるように隠れながら後部座席の隅に身を寄せ、窓に額をつけて外をぼうっと眺めた。
秋口のひんやりとした窓ガラスは僕の体温を少しだけ奪った。
「──着きましたよ」
運転手の声で目が覚める。どうやらいつの間にか寝てしまっていたらしい。
「六五〇〇円になります」
僕はおろしたての一万円札を運転手に渡し、お釣りの三五〇〇円を財布の中に仕舞った。車から降りると黄色のセダンは颯爽とその場から去っていった。
都会から離れた辺境地。そこは周りを山に囲まれた盆地で、見るからに人通りも車通りも少ない街だった。立ち並んでいる瓦屋根の家屋はどれも風を遮るほど高くはなく、ところどころで歯の抜け落ちたように小さな公園が点々としている。そんな街並みを僕は高台の上から見下ろしていた。
やがて強い向かい風が吹き、僕はそれを合図にようやく後ろを振り返って正面の坂を上り始めた。
辿り着いた先に待ち構えていたのは山を背にした立派な佇まいをした二階建ての洋館だった。
白く塗られた外壁に、窓の周囲に巡らせた装飾枠や雨戸、それから外壁のコーナーにあしらわれていたボーダーの深いグリーンが映え、寄棟の瓦屋根からは和の面持ちを感じる。板チョコのような玄関扉のすぐ横には『占いの館メーロン』と記された手作り感満載の木製の立て看板が設置されていた。
僕は緊張した面持ちで扉の前に立ち、インターホンに手を伸ばした──
すると突然、後ろから声をかけられた。
「あのっ、すみません」
今にもチャイムを鳴らそうとしていたその直前で僕は手を止め、後ろを振り返る。そこには見知らぬ男性が立っていた。「……なんでしょうか?」
「もしかして、ツネトさんですよねっ?」
「えっ、あ、はい」
僕は思わずその問いかけに肯いてしまった。それにハッとしてすぐさま「あっ、いや──」と訂正しようとするも、目の前の男性は襲いかかってくるような勢いでこちらに握手を求めてきた。
「やっぱりそうでしたかっ。いつも見てます。俺、大ファンなんですっ!」
そう言って目の前に手を差し出す男性に、僕は恥ずかしながらも渋々その手を握り返して「……どうも」と何とか言葉を絞り出した。
一躍有名人のように扱われ始めた僕は当然戸惑いを隠せないでいた。が、それでも男性は一向にその扱いをやめようとしない。僕のことをどこぞの芸能人と勘違いしているように、彼は僕に握手の次はツーショット写真を求め、その次はあるわけないのに色紙にサインを求めた。仕方なく僕はさきほど彼の呼んでいた名前をそこにそのまま書き記し、さっさとその色紙を返した。
すると、男性はまるで子供のように喜び、僕はその様子を見て居た堪れない気持ちになった。
よく見ると、その男性はかなりの二枚目で、どこかのファッション誌で表紙を務めていてもおかしくないほどスタイルも良かった。端から見れば奇妙な光景だったに違いない。イケメンが有名人でもないおじさんに握手を求め、さらにはそのおじさんからサインをもらって喜んでいたのだから。幸い、今は周りに誰もいなかったから勘違いされずに済んだものの、一つ間違えば僕は好奇の目に晒されていたはずだった。
「……あの、もういいですか?」
僕が男性に向かってそう言うと、ようやく彼も我に返ったように「あっ、すみませんでした」とこちらに頭を下げ、最後に「ここで会ったこととかサインもらったことって、みんなに自慢してもいいですか?」と聞いてきたので、とうとう面倒臭くなってしまった僕は「ああ、別に構いませんよ」と適当に返答しておいた。
やがて満足げな表情でこの場から立ち去ろうとしていたその男性を見て、僕は思わず「占い、していかなくていいんですか?」と声をかけていた。
だが、彼はこちらを振り向いてその問いに肯くと「はい。今日は予約してませんので」とわけのわからないことを言い出し、じゃあなんでここに来たんだよ──という疑問が即座に頭の中で浮かんでいたが、それ以上やりとりしても時間の無駄なような気がして、「そうでしたか」とだけ返して僕は男性から目を切った。ほどなくして、彼の足音は徐々に遠のいていった。
それから、ようやく再び板チョコのような玄関扉と向き合うことのできた僕は、気を取り直してインターホンのチャイムを鳴らした。
「はい、『占いの館メーロン』です」
すぐさま女性の掠れた声が聞こえた。
「今日の午後から予約してた田中と申します」
「鍵は開いておりますので、どうぞお入り下さい」
そこで通話が途切れ、僕は指示に従って洋館の中に入った。
扉を開けると、早速、白を基調としているエントランスホールに吊るされていたシャンデリアの明かりが視界に飛び込んできた。足元には光沢のある大理石調の大判タイルが隙間なく敷き詰められている。正面にはアイアンの手すりが付いたサーキュラー階段があり、エントランス中央にはペルシャ柄の見るからに高価そうなカーペットが敷かれていた。
おそらく、目の前に広がるエントランスホールの敷地面積だけで、僕が住んでいる四畳半の部屋の広さをゆうに超えているだろう。
「お待ちしておりました」
やがて黒のブラウスにグレーのロングスカートを身に纏った女性が左手から現れた。ソバージュをあてた茶色い髪が特徴的なその女性は、僕に向かって丁寧に頭を下げる。「ようこそ、『占いの館メーロン』へ。私は占い師をやっております、
その掠れた声を聞いた限りでは、先ほどインターホン越しで喋った女性と同一人物のようだった。それに遅れて僕も相手に倣ってお辞儀する。「今日はよろしくお願いします」
「では、こちらへどうぞ」
星さんに案内されて通されたのは、隅々まで明かりの行き渡ったエントランスホールとは一転し、部屋を照らしているのは稲穂を垂らしたような形をしたスタンドライトと、中央に置かれた丸テーブルに立っているロウソクのみ、といういかにも占いが似合う
その部屋に入ると、たちまち彼女の姿は暗闇に溶け込んだ。
左右の壁面には天井の高さまでぎっちり書物が並べられていた本棚があった。足を踏み入れた途端に紙の匂いが鼻をかすめたのはきっとそのせいだろう。ただ、スタンドライトに照らされたおかげで辛うじて認識できた背表紙はどれも英語で表記されており、視界に入った限りでは僕が知っている小説やビジネス書の類は置かれていなかった。
「それでは早速占っていきましょうか」
丸テーブルを挟んで向かいの椅子に腰を下ろした星さんは、胸元から顎にかけてロウソクの柔らかい明かりを浴びており、こちらからは彼女の表情の全貌をはっきりと捉えることはできなかった。僕は彼女に渡された一枚のメモ用紙に名前と生年月日を書き込み、それを彼女へ返す。
「田中賢治さん、生まれは1989年の6月11日、でよろしいでしょうか?」
「はい、合ってます」と僕は肯く。
「ちなみに、ご職業は何をされてるんでしょうか?」
星さんの落ち着いた口調はどこか緊張を和らげてくれるような気がした。
「今は介護施設で働いてます」
「なるほどなるほど……」
それから彼女はおもむろに席を立ち、本棚の中から手帳のような冊子を一冊手に取ると、それをテーブルの上に広げて何かを書き込み始めた。
「今回はどういったお悩みでいらしたんですか?」
「えっと、そうですね……」
僕はつい言い淀んでしまう。一体何から説明すればいいのかがわからなかったのだ。
「二年前に予約をいただいていましたけど、何かきっかけがあったんですか?」
やがて星さんは質問の角度を変えた。
「ああ、友人に教えてもらったんです。元々、占い自体に興味はなかったんですけど、ちょうどその頃に僕が会社をクビになってたので。だから占いで何かが変わってくれるならって期待して、予約させてもらったんです。まあ、最短で二年後しか空いてないって知った時には、さすがに嘘だろって思いましたけどね」
僕が苦笑いを浮かべると、向かいから掠れた声で「おかげさまで繁盛してるんですよ」と聞こえ、ロウソクに照らされていた口元が微かに笑った。
「そういえばその友人が言ってたんですけど」と僕は切り出し、二年前に居酒屋で卓海が口にしていた台詞をそのまま続けた。「マジですっげえ当たるんですよね?」
もしかすると星さんは僕の前のめりな発言に若干引いてしまったのかもしれない。ロウソクの明かりの中で彼女はまだ僅かに口角を上げていたが、それは明らかに苦笑いだとわかるものだった。やがて彼女はその口を開いて僕の問いかけに答え始めた。
「一応それを売りにはしていますが、必ず当たるという保証はもちろんありません。注意していただきたいのは、私がこれから話す内容の全てを鵜呑みにしないことです」
「案外、その辺は慎重なんですね」
「念のためです。以前、占いに来てくださったお客様の中で『お前の言葉を信じたせいで酷い目に遭った』などと言って、毎日のように嫌がらせをしてくる方がいらっしゃいましたので……」
つまり、今、彼女の目には僕がその迷惑な客と同等に見えているということだろうか。そう思うと少しだけ悲しくなったが、事前に釘を刺されたおかげでさっきよりも
「では、改めてお聞きしますが」と星さんはそこで言葉を区切り、一拍置いてその後を続けた。「今回、賢治さんはどのようなことを占って欲しいのでしょうか?」
しばらくの間、沈黙が流れた。
「……何か、大きな成功をしたいんです」
僕は考えた末に導き出したその答えを
「正直、今の仕事にはそれなりにやりがいを感じてるんです。誰かの役に立ってるという実感も得られますし、人から感謝されるのはいつだって嬉しいです。でも、もっと、自分にしかできないような大きなことを成し遂げたいんです。誰にでもできる、じゃなくて、自分にしかできないような特別なことで、成功を掴みたいと思ってるんです」
「成功、というのは金銭的な成功ですか? それとも名誉が得られるような成功ですか?」
「たぶん、どっちもだと思います」と僕は答えた。「もちろん、33歳にもなってアルバイトの給与に毛が生えた程度のお金しかもらえていない僕に、才能がないことは自覚しているつもりです。いい歳してなに夢ばっかり見てるんだろうって、たまに自分でも馬鹿馬鹿しくなったりもします」
そこまで言うと、僕は一度ゆっくり息を吐いた。ロウソクの炎はゆらゆらと揺れ動き、ほんの一瞬だけ照らされた星さんの瞳と視線がかち合った。
「でも、やっぱり僕は特別な何者かになることを諦められないんです」
星さんが正面で口元を一文字に結んでいる間、僕はずっと不安と恥ずかしさとで落ち着かなかった。きっと彼女は心の底から僕のことを馬鹿にしているに違いない。「何者かになりたい」だなんて正直に言わなければよかった。わざわざ遠出してまで占いなんて来なければよかった。などという後悔が次々に湧き上がってくる。
やがて星さんの口が開くと、僕は反射的に唾を飲み込み、身構えていた。
「先ほど、賢治さんは『占いで何かが変わってくれるなら』って、そう言っていましたよね?」
突然の問いかけに僕はつい困惑してしまった。「……ああ、は、はい。言ったと思います」
「賢治さんは、占いでこの先の未来が変わってくれることを期待しているようですので先に言っておきますが、そもそも占いに人生を変えられる力なんてありません」
「えっ?」
僕はつい素っ頓狂な声を出してしまう。
星さんは戸惑いを隠せない僕のことなどお構いなしに、その後も淡々と続けた。
「万里の長城が二〇〇〇年以上に亘って造成を重ねてきたように、大きな成功は一朝一夕じゃ手に入れられません。地道な努力の積み重ねているうちに、いつの間にかそれが大きな功績になっているものです。この世に魔法なんてありません。たった一回の行いで一発逆転が図れるほど、人生は楽にできていないし、甘くもありません。ですので、これから私が告げる言葉にもそのような特別な力はありません。あくまで、より良い未来に導いてくれるのは賢治さんのこれまでに積み上げてきた行いの数々であり、これからの行いの積み上げによるものです」
「は、はあ……」と僕は相槌を打つものの、彼女が口にしている言葉の真意をよく理解できていなかった。
「正直に申し上げますと、私の目から見ても、賢治さんは他と比べて秀でた才能の持ち主ではありません」
「……えっ?」
改めて他人にバッサリと言い切られてしまうと、胸のあたりがチクリと痛んだ。それが有名な占い師の言葉であればなおさら説得力が増し、じわじわとその傷口は広がっていく。
どうやら僕は口では自分のことを「才能がない」と言いながらも、心の奥底ではまだ気付いていないだけで眠っている才能があるんじゃないかと期待していたらしい。星さんの歯に衣着せぬ物言いによって、ようやくその傲慢さを思い知らされた。
「やっぱりそうだったんですね……」
「はい、すみません。この場で無駄な嘘はつきたくないので」と星さんは何も悪びれていなさそうな声で言った。「それらのことを前提として、これから賢治さんの身に起こりうる未来の話をしていきたいのですが、よろしいですか?」
僕はその問いかけに思わず躊躇してしまっていた。つい先ほどまでなかったはずの感情が胸の辺りで蠢き始めたのだ。
たった今この瞬間、知りたかった未来が、知らない方がいい未来へと変わってしまったような気がして、この期に及んで僕は未来を知ることに怖気づいていた。
仮にそれを知ってしまえば、これから先、何の希望も持たずに生きていくことになるかもしれない。真っ暗闇の中で懐中電灯ひとつ持たずに歩いていけるほど、僕は強くない。
これまでだって、叶いそうにない夢だと薄々気付いてはいても、万一その夢が叶うかもしれないという僅かな可能性のおかげで僕は日々を彩ることができた。辛いことがあっても、微かな未来への可能性のおかげで嫌なことを忘れられた。でも、これを機に僕はその心の拠り所を失ってしまう可能性がある。
たぶん、今の僕は人生の中で幾度とない重要な岐路に立たされていた。「たかだか占い程度で……」と晃一がこの場に居れば、今の僕をそんな風に小馬鹿にすることだろう。星さんだって、ついさっき「占いに人生を変えるほどの力はない」と言っていたばかりだった。
しかし、あの卓海に「マジですっげえ当たる」とまで言わしめた占い師が予測する未来に人生を左右されないほど、僕はやっぱり強くはないのだ。
以前ここを訪れて「お前の言葉を信じたせいで酷い目に遭った」と文句をつけたという迷惑な客と、自分が全く同じ末路をたどってしまいそうで、僕は実体のない大きな不安に襲われていた。
「どうされますか?」
星さんの言葉がつい「ファイナルアンサー?」と聞こえてしまう。いよいよ頭の中が混乱してきたようだ。
僕は汗ばんだ手を握りしめ、呼吸を整えてようやく答えた。
「……お願いします」
いつもより早く波打つ心臓の音は一向に鳴り止む気配がなかったが、それでも最後は微かな望みに賭けていた。
「かしこまりました。それでは──」
そう言って姿勢を整え始めた星さんの目の前でロウソクの炎が揺らぐ。僕はその灯火から一瞬たりとも目が離せなかった。
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