神代の朝の秘密

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神代の朝の秘密

 とおいとおい昔のお話です。みんなのおじいさんやおばあさんが生まれるずうっと前、人間と神様には見た目の違いがありませんでした。

 神様のなかでもえらい者たちは空まで届くような山で暮らしていましたが、人間たちの住んでいる町や村にもたいていは神様が住んでいて、人々を守ったり、ときには村人へいたずらをしたりと仲良く暮らしていました。


 今では当たり前にある「時間」というものも、むかしはまだ発明されていませんでした。

 それというのも、わたしたちの住んでいる世界には元々、真っ暗闇しかありませんでした。しかし、それでは村の人たちがつまずいて転んでしまったり、頭を壁にぶつけたりしてたいへん危険でした。

 村の人々は口々にうったえました。

「こう暗くては、どうもかなわん」

「せめてもう半分だけでも暗闇が少なければなあ」


 国のあちこちからそんな声が聞こえてきて、神様たちの集まる世界一高い山のてっぺんにまで届きました。

 そこで、神様のなかでも一等えらい神様がくしゃくしゃと頭をかき回しました。

 神様が頭をかくと、真っ黒な髪の毛からきらきらとした不思議な光がそこらじゅうに舞いました。

 すると、そのえらい神様のおかげで小さな神様が生まれたのです。それも、四つも。

 海の向こうからは朝の神様が、空に浮かぶ入道雲からは昼の神様が、野原のすみっこからは夕方の神様が、そして最後に真っ暗な地面からは夜の神様が、すぽんすぽんと、気持ちのよい音をさせて飛び出しました。

 一等えらい神様は生まれたばかりの神様たちを集めて言います。


「おはよう。これからオマエたちには、人々に光をもたらす仕事をしてもらう。一日が朝、昼、夕、夜、そして朝の順になるように空と大地をすみずみまで見張っておいてくれ」


 これが一日の始まりです。


 しかし、一日が出来たからといっても、時間はまだ発明されません。朝の神様が歩き始めると一日が始まるのですが、朝の神様は元気いっぱい。あちらの村に行っては田んぼのあぜ道を走ってみたり、こちらの町に行っては大きな建物の中で子どもたちとかくれんぼをしたり。なかなか昼の神様と交代しようとしません。

 そこで朝、昼、夕方、夜の神様たちで話し合いをすることになりました。


「朝ちゃんがあちこち歩き回っているから、なかなか一日が終わらないよ」

「昼くんだってわたしと交代したらあちこち見てまわっているじゃない」

 朝の神様は口をとがらせて、昼の神様をじいっとにらみます。

 夕方の神様だって言いたいことがたくさんあります。

「朝ちゃんや昼くんが遊び回っていると夕方のオイラは出番が少なくて困っちまうよ。なんとかならねえかな」

「……」

 夕方の神様は、むっつりと目を閉じている夜の神様にたずねます。しかし、夜の神様は目を閉じたまんま。みんなの話を聞いているのかどうかもわかりません。

「ねえねえ、夜さん、はなし聞いてる?」

 朝の神様は、夜の神様の肩をつかんでぐらぐらとゆすります。すると、ずうっと閉じられていた夜の神様の口が開きました。

「ではこうしよう。一日をぴったり四つに分ける。そしてそれぞれの役割を決めるんだ。」

「役割ってなに?」

「国のはしっこからはしっこまで歩くことにしよう。反対側までたどり着いたら次の神様に交代だ。もちろん、寄り道はしないこと」


 昼の神様と夕方の神様は、なるほど、とうなずきますが、朝の神様はなんだか不満そうです。

「えー、それじゃあ遊べる時間が少ないじゃない」

「私たちは、遊ぶために国を歩くわけではないよ」

 夜の神様がしんとした声で、それでもはっきりと言うので、朝の神様も小さくうなずきました。


 それまでは一日というものはあいまいなものでしたが、神様たちの話し合いによって「一日は朝がやって来たあとに、もう一度朝が来るまで」というきまりができました。

 そして一日を十二に分けて、それぞれの神様に三つずつ与えることになりました。これが時間の始まりと言われています。


 人々は朝から夜までの時間がきっちりと決められたことで生活しやすくなりました。

 これまでは疲れたらおやすみ、元気になったらお仕事やお勉強をすることになっていたので、みんながてんでばらばらに毎日をすごしていました。時間ができたおかげで、みんなが一度にうごき始めて、みんなが一度に休むことができるようになりました。



 みんなが規則正しい毎日にも慣れはじめた、ある日のことです。

 夕方の神様と交代した夜の神様は、いつものように国のはしっこへ向かって歩いていました。

 長く歩いてきたので、そろそろ夜も終わりそうです。

 夜の神様が朝の神様の肩をぽんぽん、と二回たたくと朝が始まります。そして、朝の神様はまた反対側のはしっこへ向かって歩き始めるのです。


 ところが、夜の神様が国のはしっこにやって来ても朝の神様の姿がありません。

「やや、これはどうしたことだ」

 夜の神様はすっかり参ってしまいました。

 朝の神様がいなくては、夜は終わりませんし、朝も始まりません。


 朝の神様はいたずらが好きですからどこかに隠れてしまったのでしょうか。

 そう思った夜の神様が辺りを見回すと、岩のうえに一通の手紙が置かれていました。

 その手紙に書かれていたのは、おどろくべきことでした。


「朝は私がいただいた。これでせかいは夜のままだ。おおどろぼうジルノワより」


 夜の神様は手紙をにぎりしめて、えらい神様たちのいる山へ駆けのぼりました。


「なにい! 朝が盗まれただと!」

「これはたいへんだ!」

 朝が盗まれてしまったという噂は、あっという間に国中に広まってゆきました。

 町や村にいた人たちは、朝が来ないことに不安になったり、暗闇の中で柱に頭をぶつけたり、もうおおさわぎです。


 神様たちがどうしたものかと頭を抱えていると、一人の老人が山を登ってきました。

 その老人の名前はニャカーラといって、人間でも神様でもありません。とおい昔にはそういった者たちが世界のあちこちにいました。


 ニャカーラは神様たちのおわす屋敷に入ると、一等えらい神様に向かって、ゆっくりとしずかにしゃべります。

「朝が盗まれたと聞きつけましてな」

 屋敷からはたくさんの神様があつまってニャカーラの声に耳をすませています。


 ニャカーラの言うのは、こういうことでした。

 おおどろぼうジルノワの姿を見たことがある者は一人もいません。

 そして、ジルノワに盗まれたものは次第に人々の記憶から消えてしまいます。

 ジルノワはみんなの大切なものをこっそり盗んで、一人で楽しもうとしている、というのです。


 それを聞いた神様たちはかんかんに怒ってジルノワを探し出そうとしますが、誰も見たことのないジルノワを探すことなんて神様にだってできっこありません。

 すっかり困ってしまった神様たちがニャカーラに助けを求めると、ニャカーラはふむふむとうなずくとこう言いました。


「人間と神様の全員でちからを合わせて、いちばん美味しいお酒を作りなさい。そしてそれを盗まれやすいように、国でいちばん大きな湖にため込みなさい」


 それを聞いた神様はいっせいに山を飛び出して、町や村へ呼びかけました。

 朝が盗まれて困っていた人たちは、国中のお米をひと所に集めてお酒づくりに取りかかります。

 みんなが集まってつくったお酒は今までのどんなお酒よりもばつぐんに美味しくて、まるで飲むことのできるお宝のようでした。


 お酒は樽に入れられて、国の真ん中にある、いちばん大きな湖へ注ぎ込まれます。

 お酒を運ぶ行列は、たくさんのお神輿を担ぐ様子にそっくりで、まるでお祭りのようでした。たまにお酒をひと口だけくすねる者もいましたが、それでも湖はお酒でいっぱいになりました。


 湖のまわりでは、人々と神様たちがじいっと水面みなもを見つめています。

 本当にジルノワはお酒を盗みに来るのでしょうか。

 みんなが心配していると

「アッ!」

 誰かがさけび声をあげました。


 湖の上には夜の闇よりも真っ黒い穴がぽっかりとあいていました。

 真っ黒な穴が渦を巻いて湖のお酒を吸い上げてゆくので、湖からは竜巻のように大きく太いお酒の柱ができています。


 湖のふちからあふれそうになっていたお酒はみるみるうちに穴に吸いこまれてしまって、さっきまでの半分もなくなっています。

 お酒はぐんぐんと減り続けてゆき、とうとう湖の底が見えてきました。


 本当にニャカーラの言うことは正しかったのでしょうか?

 みんなが不安そうに顔を見合わせていると、


「ぐわっはっはっは!」


 空の穴から大きな笑い声が聞こえてきました。

 おおどろぼうジルノワが笑っているのに違いありません。


「これはまいった! なんて大量のお酒なんだ! こんなに多くっちゃあ飲みきれないよ! 私の負けだ!」


 ジルノワがそう言うと、お酒を吸い上げていた穴はぴたりと止まってしまい、逆にお酒を湖へはきだしました。


 湖へはきだされたお酒はぐわんぐわんと地面をゆらしながら、大きな波を起こします。

 湖の近くで、ことの成り行きを見守っていた人たちは慌てて逃げ出しました。なんたって、勢いよくはきだされたお酒が湖から溢れ出しているのですから。


 どれくらい経ったでしょうか。

 あたりを飲み込むほどの大波が収まると、だれかが湖のへりで、たおれている者を発見しました。

「おい、あんた、こんなところで寝ていると危ないぞ」

「ううん……いったい全体、これはなんのお祭りだい?」

 たおれていたのは朝の神様でした。


 目を覚ました朝の神様はジルノワのことは全く覚えていませんでした。

 いつものとおりに夜の神様と交代しようと岩に腰掛けて待っていたことまでは覚えているのですが、そこで何が起こったのかは、謎のままです。


 何はともあれ、失われていた朝はようやく国に戻ってきました。長く続いた夜もようやく終わり、東の空からあたたかくてまぶしい太陽が登ってきました。

 町や村の人々、そして神様たちも、みんなで大喜びしたことは言うまでもありません。



 それにしても、ジルノワとはいったいなんだったのか。それは神様たちにだってわかりません。

 けれど、ジルノワはいまでもみなさんの大切なものをこっそり盗んでやろうと、どこかで目を光らせていることでしょう。

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