第3話 僕の心

「また振ったの?」

 陽が沈みかけていた。

 帰り道だった。

「うん」

「何でだよ。アイツ、顔は悪くないと思うけどなあ。悪い噂もないし。まあ手紙で校舎の屋上に呼び出すとか、なんか男らしくないけどな」

 真はちょっと勿体なさそうだった。

「ん? どうかした?」

 僕の浮かない顔に気付いたからだろう。怪訝な表情で尋ねてきた。

「ううん。何でもない」

 真は仕切り直すように明るい調子で言った。

「ま、柳川やながわには釣り合わなかったってことか」

 僕はそんな上から目線な気持ちで断ったりしない。でも真は嫌味な風でないから、僕もわざわざ口に出して文句を言わない。

「ねえ、真。真には、僕がどんな風に見える?」

「ん? そりゃあ、スタイルよくて男子にもてて女子にも優しいし、おまけに料理もできる皆の憧れの女の子って感じ。琴美って名前も可愛らしいしさ。あたしなんか名前だけじゃ男か女かも判別できないからな」

「そうかな? 僕はまことみたいな方が自由で憧れるけどな」

「またまた、謙遜しちゃって。いいなあ、お前みたいにもてたらなあ」

「そう思うんなら、その言葉遣いは直した方がいいんじゃない?」

 僕はくすりと笑って真に提案した。

 それから、少し躊躇って、もう一つ聞いてみた。

「じゃあ、僕の喋り方、どう思う?」

「可愛いと思うよ。ボーイッシュで。柳川やながわくらい可愛くないと、ぼくっ娘なんて許されないと思うね」

「そっか」

 何故か得意気な真の言葉に、僕は寂しい笑みで返した。

「でも、どうして柳川やながわみたいな女の子があたしみたいなのと一緒にいるのか、不思議だな」

「今更? 幼馴染でずっと一緒だったでしょ? 僕達、親友じゃん」

「お、いいこと言ってくれるねえ」

 真が嬉しそうに僕の背中をばんばんと叩く。

「うん。今日は駅前のドーナツ屋さんに寄ってこう! 奢ってあげる」

「いいの? ありがとう」

 僕達は好きなドーナツの味を語り合いながら歩いた。

 暗くなる空を見上げれば、なんだか置き去りにされたような不安があった。

 きっとこの子が気付いてくれることはないのだろう。


 ***


 本当は、真と一緒にいる理由は、幼馴染で親友だからというだけじゃない。真がさばさばとしていて、口調が男子みたいで話しやすいからだ。

 だって僕の心は男だから。

 物心ついた頃から、女の子の輪の中で過ごすのに違和感があった。小学校の頃は我慢して皆と同じように髪を伸ばしたり、女の子っぽい言葉で話したりもしていた。女の子らしくあろうと努力してきた。それは難しいことではなかったけれど、ひどく窮屈で退屈だった。この頃はまだ自分が少し変わっているだけかもしれないという気持ちもあった。

 けれど中学に上がって制服でスカートを穿くのが強制されたり、体付きが女の子らしくなってくると、耐えられなくなってきた。これは僕じゃない。こんなのは違うって叫びたい気持ちがした。

 でも、そんなことはできない。

 何故なら僕は臆病だから。

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