第43話 ケセラパセランと悩みの種(ケセラ視点)

「このようにお笑いには常にボケとツッコミという存在が必要不可欠であり、その高度な技術として一人ボケツッコミというものがあるのだが──」


 はあ、芸能科の授業ってどうしてこんなに暇なんやろか。

 さっきから人を笑わせる方法というのを教わってんやけど、ミクルでも分かる内容やで。

 まあ、あの娘のボケの場合は天然なんやけどな。


 ──ミクルは大学で元気にしてるやろうか。

 最近の東大はレベルが落ちたと言っても、それでも授業の難易度自体はあまり変わらないはず。


 ミクルは一度目は大学に落ちて浪人になったけど、その期間を利用して徹底的にウチとリンカが勉強を教えた。 

 ウチやリンカが大学などで留守の間も暇な時間をとことん削り、一日十時間以上は勉強をやらせた。


 ミクルは初めの頃はすぐに頭がパンクして、『もう無理ぃー』と小言を吐きながら机の上に顔を突っ伏していたけど、息抜きで買ってきたお菓子を与えると途端に元気になって勉強に取り組んだ。

 その繰り返しでミクルに段々と学力が付いていった。


 一緒に高校に行って分かったことはミクルには元々素質があるという部分だった。

 そりゃそうだ、入学当初の学力は高くてテストの成績も抜群に良かったんやから。


 三年になり、転校生のリンカとジーラがやって来て、そこからパープリンへとなっていったのである。

 その原因としてジーラが勉強そっちのけで自宅の漫画本を持ってきたのが理由でもあり、初めて漫画というメディアに触れたミクルは次第に勉強よりも漫画に夢中になっていった。


 後は言わんでも分かると思うけど、それからミクルの学力は段々と落ちていき、おバカさんになってしまったわけや。

 ……と言うわけで専門学校に受からなかったジーラも巻き添えにして、受験勉強の毎日が始まったんや。


 最初は『Take out ok』の意味も忘れていて、どこの地方の芸人さんの名前ですか? とミクルが真顔で言ってきた時は正直諦めかけていた。

 でもミクルが東大に行きたいのは本気らしくて、真面目に勉強を指導するウチの言葉を茶化さずに熱心に聞いていた。

『どこか分からないとこある?』と訊いてみたら素直に挙手して、『ケセラ先生、ここが理解不能です!』と積極的に質問してきたっけ。


 初めは中学で学ぶ二次関数や英単語の動詞の意味とかをやったけど、ウチらの助力で懸命に学ぶ間にそれは力となり、ミクルの学力はグングン成長していった。


 こうして一年後に念願の東大に入学できたミクルは今日も元気に頑張ってるはずや……と思いたいな。


 ちなみにジーラはそこそこ勉強は出来た方なので、ちょっと教えるだけで我が物にした。


 試験は暗記も必要課題。

 ジーラは一夜漬けでとことん頭に叩き込んだ方が効率が良かったのだ。

 ウチらの気苦労を返してほしい……。


****


「──ケセラちゃん、どうしたのかしら? さっきからボーとしまして?」

「ああ、ごめん。ちょっと考えことや」


 喫茶店でリンカが口元にチョコドーナツの欠片を付けたまま、ウチに呼びかけてくる。

 そうだ、今は親友と食事をしてるんだった。


「ミクルちゃんのことを気にしてるんですの?」

「まあな。一度はおバカさんにまで堕ちた身やしな」

「大丈夫ですわ。ミクルちゃん言っていたじゃないですか。頑張って大学を卒業すると」

「頬に食べかすを付けた顔で言われてもな」

「なっ、どっちの頬ですの!?」


 リンカが頬に指を付けたまま、どっちの頬でショーを始めた。

 某有名テレビ番組でも食べ方には気を遣うで。


「テーブルに備え付けのナプキンで拭いたらええやろ」

「えっ、これってお子さんが暇潰しのために折り鶴や紙飛行機を折るためにある紙じゃないのかしら?」

「そんなわけないやろ」


 生まれも育ちもお嬢様なリンカはこのような小洒落た喫茶店に来たこともなく、紙ナプキン一つでもこうやって大騒ぎするくらいや。


「それにしてもジーラがこの喫茶店で働いていたなんてねえ」

「でも今日はフロアにいるのを見かけませんわね」

「大方、裏の厨房でパンを作ってんやろ。ジーラの夢は個人経営のパン屋をすることやからな」

「ジーラも夢に向かって頑張ってますわね」

「そういう自分はゲーム作りの同好会に入部してバリバリに遊んでますがな」

「だから遊んでませんわー‼」


 興奮したリンカが食べかすを飛ばしながら、ウチに口答えしてみせる。

 頼むから物を飲み込んでから喋ってや。


「ケセラさん、リンカさーん!」

「おお、やっと来たな」

「えへへ、主役は後から来るものなのです」

「口だけは達者やな」


 ウチはミクルを席に座らせていつものような会話を始める。

 ミクルは大学に通い始めて女の色気というものが全く……感じられん。

 今日もテーブル一杯に料理を並べて、さっきから料理をドカ食いしてる。


 ミクルは本当に食欲の魔女やな。

 胃袋の次元がまるで別格や。

 将来、この娘の旦那になる人は食費だけは覚悟せんといけんで。


「それでこの会計は誰が払うんや……」


 テーブルに置かれた支払いのレシートを見て、持ってる腕が震えるウチ。

 いくら目を凝らしても数字の桁が一つ違うからだ。


「本人に直接払わせたら良いのでは?」

「そうやな。流石さすがリンカやな」

「そんなわけでミクルちん?」

「えっ、お財布なら持って来てませんよ?」


 おい、ミクル図々しいぞ。

 初めからウチらに奢らせる気だったかーい!


「えへへ、主役は食べてなんぼの世界なのです」

「もう大食い芸人目指せや」

「だったらケセラさんは付き人ですね」

「ウチは芸人でもピン芸人を目指していてな」

「その時のために今から有名になる私に媚びを売っておいた方がいいですよ?」

「ここでこんなに飯を食う時点で有名人や」

「芸能人は胃が命ですからね」

「本当、胃もたれとは無縁の女やな……」


 ウチの悩みの種が一つ増えたような気がする。

 ミクルにとって、咲いて芽が出るのは花じゃなくて、食欲かも知れんな……。

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