第31話 そうしたいから大掃除する(リンカ視点)

「よし、大晦日おおみそか恒例の大掃除を始めるで!」

「はいですわ‼」


 今日は大晦日。

 ケセラちゃんの大掃除とやらをやることになりましたわ。


 リンカの家は掃除は全て執事さんがやってくれるからいいものの、ケセラちゃんはミクルちゃんと毎年大掃除というイベントをやってきたらしいですわ。


 ケセラちゃんのご両親はいつも忙しいみたいなので、リンカ組はこうやって助太刀したのですけど……。


「……ホケー」

「なあ、これ何とかならん?」


 ケセラちゃんが目の焦点が定まってないジーラを扱いする理由も分かりますわ。

 肝心のジーラがこんな調子じゃ、二人で加勢に来た意味がありませんから。


「ケセラさん、これはあんまりですよ?」

「うーん。だけどね……」


 学校も冬休みになり、受験シーズンを迎えるジーラはパン屋への修行の腹いせか、冬休みの間は趣味にその身を捧げていたらしく……。


「だからと言って飲まず食わずで四六時中ゲームをやるとかおかしいやろ……ひょろいように見えてどんだけ体力あるん?」

「ある意味、これも修行のようなものですわ」

「ふむふむ、俗に言うあまさんというものですね」

「ミクル、人の話よく聞いとらんやろ?」


 いえ、ケセラちゃん。

 ミクルちゃんは聞いてるけれど、いつもこうですわ。


「……びたい」


 心身ともに壊れかけたジーラがやる気のない顔つきでリンカの方を向いて、何かを伝えようとする。

 その喋りは腹話術人形のように不自然な動きだった。


「……びたい」

「えっ、鯛が何ですか?」

「……ゲームして遊びたい」


 ジーラの呟きに一堂は固まっていた。

 ちなみに雪は降っていないし、路面も凍結していない。


「もうジーラ、遊びたいなら早く言って下さいませ。リンカたちは友達でしょう?」

「友達、壮大でいい響きですね」

「いや、ミクル。ウチの家はコンサートホールじゃないからね……」

「ジーラさん」

「おい、ウチの話はスルーかいな?」


 ミクルちゃんが相変わらずホケーとしたジーラに向き直る。

 誰にでも優しく接するミクルちゃんにホロリと泣かされそうになりますわ。


 えっ、ケセラちゃんの主張は無視ですかって? 

 お二人とも古い付き合いですし、無言の意思疏通だとリンカは思いますけど?


「ジーラさん、こんなこともあろうかと人生ゲームを持って来ましたよ‼」

「いや、ミクル。当初の目的を忘れとらん?」

「ええ、別名、人生脱落ゲームですよね?」

「ちゃうやろ?」

「えー、ケセラさん。そんなに真っ当な人生を生きたいのですか?」

「だから人生ゲームじゃなくて大掃除やろー‼」


 逆ギレしたケセラちゃんがミクルちゃんとリンカにあるものを握らせましたわ。

 長い竹のような棒の先端にはフワフワとしたワラの飾りが付いてまして……。


「これが噂のホウキというものですか」

「よいしょ」


 リンカがホウキにまたがって両目を閉じる。

 まるで何かの儀式に挑むかのように……。


「ちょっとええ、リンカ?」

「何ですの? 空を飛ぶには魔力が足りないですの?」


 リンカの当たり前のような発言に八の字に眉を歪めるケセラ。


「もしかしてホウキの実物見るの初めて?」

「ええ。天高くまで飛びそうですわね♪」

「うーむ。それで掃除するんやけど……自宅で見たことない?」

「えっ、円盤が自動的にやってくれるのでは?」

「うーん、まさかのお掃除ロボットか……」


 ケセラちゃんが『マニュアルがどうのこうの……』とひとりごとを発しながら難しい表情をしていますが、何か気に障ったでしょうか?


「ケセラさん、ケセラさん!」

「何やね?」

「電気モグラとか床下にいますかね?」

「いや、それ電気ナマズやし、床にはおらんろ?」

「いえ、リニアモーターカーの原理がどうかと?」

「はあ、こんな時だけ博識にならんで掃除してや」

「イエッサー、ケセラ軍曹!」


 軍曹に格付けされたケセラがミクルに的確な指示を出して、二等兵の彼女に二階の掃除をやらせる。

 ジーラはその間も飛べないホウキを持ったまま虚ろな目をしていた。


「じゃあ、リンカには床掃除をやってもらおうか」

「はいですわ!!」

「ほな、これとこれを持って」

「何ですの、これは? おでんの具材?」


 ケセラちゃんに四角い物を手渡しされて背筋が凍りましたわ。

 例え、体は固まっても雪は降っていないし、路面も凍結していないですけど。


「それで、もうひとつのこの容器でコトコトと煮込みますの?」

「あのさあ、リンカ? 雑巾とブリキのバケツを見るのも初めて?」

「ええ、食べ物ではないのですね?」

「どんだけお嬢様なん!」


 再び逆ギレしたケセラがリンカから掃除道具を奪い取り、変わりに召し使いのような衣装を手渡す。


「えっ、今から明日に向けてのメイド喫茶の予行練習ですの?」

「ちゃうわ、何で元日にそんなんするん。この前のクリスマス料理で汚れたからクリーニング店に持っていって欲しいだけや。そんくらいできるやろ?」

「もうケセラさん。こんなに染みを付けたら喫茶どころじゃないですね」


 ミクルちゃんが大きなビニール袋を背負ってリンカの前に現れましたが、サンタさんの出番にしては一足遅いような?


「ミクル、えらい早いやん。掃除は?」

「はい。この袋に詰めるだけ詰め込みました」

「えー、ミクルちゃん発想が天才ですわね‼」

「……ホケー」


 リンカたちの白熱した会話にも耳を貸さないジーラ。


「あんたら初めから掃除やる気ないやろー‼」


 ケセラちゃんの聞く話によると毎年ミクルちゃんと大掃除するのだけど、結局はミクルちゃんは戦力外で、ケセラちゃん一人で終わらすのですって。


「料理もできて、掃除もできて、ケセラちゃんは大人ですわね」

「……ホケー」


 それに比べてリンカたちときたら、逆にお役に立たないばかりで不甲斐ないですわ。


「はあ……。助太刀どころか余計に疲れる……」

「えっ、スケトウダラが何ですか?」

「ミクルも真面目に掃除せんかー‼」


 あっ、違いますわね。

 もう一名不甲斐ない人がいましたわ。

 本人にその自覚は全くないみたいですけど……。

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