第22話 体育祭練習のサボテンのサボりもサボりのうち(ジーラ視点)
「では、もう一度サボテンをやってみな」
「……はっ、はひっ!」
女体育教師(本名不詳)がメガホン片手に眼鏡のフチを上げ、こちらに指示する中で自分は心の中で必死に戦っていた。
ここは夕暮れに染まる学校のグラウンド。
紅色なジャージ姿な自分とリンカはお互いにペアになり、異様なポーズで体を固めている。
「ちょっとジーラ、真面目にやってもらえます?」
「……ひざの上でボウズを決めるのも大変」
「それをいうならポーズでしょ」
自分たちは二週間後の体育祭で組体操をやることになった。
近年、組体操のピラミッド事故が問題になったにも関わらず、この学校ではこれをやらす。
何という問題校なのだろうか。
──唯一、胸がほっとしたのは顔見知りの相手、リンカと組めたくらい。
友達も積極的に作れない陰キャに、日頃から相手にしない人と組まされることには恐怖すらも感じてしまう。
──いや、それよりも全呼吸を整えて集中しろ。
自分は荒野のサボテン(サムライ?)になりきるんだ。
「そうだ、それこそがあたしが求めていた最高傑作のサボテンだ!」
「……鉢植えのサムライ(サボテン)」
「ブラボー! ノリもいいじゃないか!」
「……情けなく、第二ロケット切り離し」
「あははっ、情けなくとNASAのロケットをかけているのかい? 中々面白い子だねw」
この体育教師はこのような高度なボケでも即座に反応し、すぐさま反応を返してくれる。
話下手な陰キャにとって女神のような教師だ。
「……先公のためならえんやこら」
自分はリンカと犬の遠吠えのような
「……目をサラダにして見るがいい」
「ええ。ドレッシングはリンカの親が経営してるお店で使用してるブランド品を!」
リンカがさりげなくお店の紹介をしてきて、案外サラダネタも悪くないなと思う。
「フムフム。それだけ丁寧にサボテンが出来るのなら、もうあたしが教えることは何もないな」
あの、体育祭まで後二週間もあるけど、これで終わりってどういうこと?
「さらば、
体育教師は自分とリンカに向かい、自衛隊のようにシュタッと片腕を上げて、『ダーリンとのフレンチなお食事デート楽しみだなー♪』と呟きながら浮かれ気分で帰っていく。
「一見ツンツンな先生も好きな相手には敵わなかったみたいね」
「……触覚の角ツンツンなデレデレ」
「それだと人間じゃなくなりますよね?」
「……オプションで着けるの可能」
「なるほどコスプレですのね」
「コスもいいけど、本場仕込みなサボテンの練習も大事」
「了解ですわー!!」
そんな自分とリンカがサボりもせずに一心不乱でサボテンの練習を続けていると、別の二人の影が地面に伸びる。
「あれれ、お二人ともこんな場所で何をしているのですか?」
「おおう、こりゃ、逢い引き現場みたいやな」
「えっ、ケセラさん、無農薬の田植えでも始めるのですか?」
「そりゃ、アイガモ農法や」
毎度のようにキレのいいミクルとケセラによる会話。
無能な自分も無農薬負けてられない。
そうだな、ライトノベルのタイトルからして、『チートもろくに持たない女子高生四人が校内のグラウンドで、ゼロから無農薬農家を始めました──筆者シラジラジーラ』、略して『
「……グフフ。これはネット小説でバズる予感」
「ジーラさん、ヨウカンがどうかしました?」
「……はわわっ!?」
目の前に眩しすぎるミクルがいたので、考えを止め、慌ててリンカの背中に避難する。
何も分かってない陽キャのお尋ねほど恐ろしいものはない。
「そういえばもうすぐ体育祭やったな。二週間後やったな」
「お二人ともこんな時間まで練習ですか。惚れ惚れしますね」
ミクルとケセラが自分の前できちんと縦に整列する。
ちなみにミクルが先頭だ。
ボケな彼女なりに、戦闘モードオフ。
「では改めてまして、お疲れ様です」
「二人ともおつー!」
ミクルたちが自分らの練習、いや、特訓を前にしてお褒めの言葉を投げかける。
どうせなら大きな金塊も投げてほしい。
頭に当たると命の危機が訪れそうな重くて痛いヤツを。
「ミクルちゃんたちは練習はしないのですの?」
そう、クラスで話し合っていたときに爆睡してて、勝手に組体操のメンバーとして選ばれた我が身。
今はその真理を知りたい。
「私は放送部員係なのですが、人気がありすぎて三人目の補欠ですから」
「ウチは元から足は抜群に速いし」
つまり、二人とも練習とかしなくても本番で充分に渡り合えると。
こっちは日本の歴史に残る究極のバクテン(サボテンです)を目指してるのに……。
「駄目ですわ、お二人とも。いつ何が起こるのか分からないんですわよ。練習くらいはしておかないといけませんわ」
「……リンカ、エライ」
「偉いも何も、体育祭はみんなが主役ですわよ」
「……みんなが主役」
リンカの何気ない一言に自分にある感情のハートがひび割れた。
「……シュヤク」
「……わあああぁぁー!?」
自分は体育祭で起こる最悪な結末に耐えられずにその場に座り込み、カタカタと小動物みたいに身をすくめる。
いくら影でコソコソと種目を重ねても観客からの目線は自分にも注目する。
あのサボテンのお姉ちゃん、スペックの少ないカクカクなポリゴンみたいな動きで、どこかぎこちなくね? とか……。
「ジーラさん、いきなりどうしたのですか!?」
「心配しないでいいわよ。いつもの発作ですわ」
「発作なら安静にしないと」
「いえ、ミクルちゃん。そのうち自然回復しますから」
「その回復力を生かしてさあ、体育祭でも大いに発揮できんの?」
「そんな
「ナメクジみたいなヤツやな」
そう、自分はナメクジ。
体育祭なんて溶けてなくなってほしい。
──高校最後の体育祭は難なくと進み、本番での組体操の自分はサボテンの状態のまま枯れ果てた。
誰か自分にかき氷シロップじゃなくて、コンビニで売られてるおいしい水をくれ……。
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