第21話 バンドなハートにロックオンブヒー(ケセラ視点)

「決めました! 私、バンド始めます!」


 いつもの四人で机を囲んで食事を嗜んでいるお昼休み、ミクルが急に机から立ち上がって、とんでもないことを言い出した。

 でも、ご飯粒が飛んできてるから、食べながらの発言はやめな。


「何でバンドなん?」

「だって高校生のガールズバンドとかカッコよくて憧れるじゃないですか‼」

「憧れねえ?」


 ミクルの手元をチラ見すると可愛い絵柄の女の子が描かれた単行本を持ったまま、鼻息を荒くして興奮してる。


 まーた、ジーラから借りた漫画の影響か……。

 こうやって純粋な彼女の心を魔の手で汚していくんやな。


 ……というか食べながら読んでいたのかよ?

 読んでる気配なんて、一切感じ取れんやったで?


「ああ、バンドとは四人のような力が結集されて輝き出す至福のメロディーであり……」

「四人って言われてもウチならやらんで」


 即答でミクルにガツンと言い放つが、本人はボケーと空想に酔いしれていた。


「……自分もパス」

「リンカもよ。色々と習い事がありますので」


 ジーラもリンカも申し訳なさそうに誘いを断った。

 するとミクルの瞳が我に返り、涙を潤み出して、ウチの足にしがみつく。


「待って下さい、つれないですよ! 私たちの友情はそんなに軽い絆だったのですか!」

「つれないも何もめんどくさいんや」

「ケセラさーんの穀潰し!」

「いや、まだウチら学生やから」


 暇潰しの強化版、穀潰し。

 生活費も稼がずに親の財力のみで生きる人のことを言うらしいが、まだ学生の身であるウチらには関係ない言葉だ。


「だからさ、いい加減ウチの足から離れてくれん? 周りからやたらと変な注目を浴びてるし?」

「いいえ、ケセラさんがメンバーに入ってくれるまで、この手は離しません!」


 いや、ファンクラブの孫の手? どころかシャークと豆の木のように強引に腕ごと絡ませてるよね。

 こんなんじゃ、身動きすらもできんよ。


「これはもう強情と言うか、脅迫やな」

「……脅迫するなら金ダライをくれ」

「ジーラ、いつの世代の人間だよ」

「……世代を越えて愛される」

「確かに金ダライが頭に当たると意識は越える(飛ぶ)けどな」

(※よい子は真似しないでね)


 ウチは足元にまとわりつく現状に心底悩ませされる。

 このままの状態で貴重な昼休みが終わってもな。

 しゃーないな、話だけでも訊いてあげるか。


「それでウチは何の演奏パートになるん?」

「はい、メトロノームです」

「ウチ、演奏せんでいいやん?」

「いえ、テンポを合わせるためにも大切なパートでして」

「あのさあ、時報メロディーの真似事やないんやで」

「時給なら弾みます」

「おっし、ドンと来いやミクルちん!」


 ただ左右に規則正しく揺れるだけで金が貰えるんや。 

 これほど美味しい商売はない。


「それでジーラさんはハーモニカ」

「……マジ?」


 ジーラが複雑な表情になる。

 女子にハーモニカか……。

 リコーダーに続いて意外と抵抗あるよね。


「それでリンカさんは船のイカリです」

「ええー、どういうことですの!?」

「イカリを上げたり下げたりするときのジャラジャラと鳴る金属音ですよ?」

「それは嫌ですわあぁぁー!!」


 リンカが大声で叫びながら机に突っ伏す。

 あーあ、漁師じゃない良心が壊れてしまったか。

 こりゃしばらく復帰は無理そうやな。


「……揚げたてイカリングの方がマシ」

「じゃあ、ジーラさんは地引き網にしましょう」

「……たくさんのイカ様(イカサマ)が採れそう」

「ジャンジャン鳴らして下さいね」


 ジャンジャンやと、あの真っ赤なおじさんの鈴へのこだわりが無くなってしまうから、普通に大縄跳びを回すブオン、ブオン! の音でよくね?


「それでミクルは何を演奏するんや?」

「私はギターです」

「そうか。ミクルだけマトモな設定なんやな」


 ミクルはウチとジーラの不機嫌な様子も理解しないまま、ただギターの雑誌を読んでいる。

 傷心なリンカは顔すら上げない。


「……美味しい所だけ持っていった、この楽器泥棒」

「ジーラさん、私は盗みはしませんし、美味しく食べるならイカリングの方がいいですよ」

「……グハッ!」


 ミクルのピュアな返しを受けてその場で血を吐いて(中身はトマトジュース)崩れ落ちるジーラ。


 はい、早くも犠牲者二号目。

 こりゃジーラもしばらくは再起不能だな。


「あれれ、皆さん、床に這いつくばって興奮を抑えきれないなんてノリノリですね。そんなに早く音合わせがしたいのですか?」

「いや、ミクルちん、ノリが良いとノリノリは微妙に意味が違うのに気づいてる?」

「はい、ノリとツッコミですよね」

「はあ、この能天気娘が……」


 ──後にミクルが率いるこのバンドは校内でブレークし、メジャーでも人気となり、武道館ライブさえも大盛況を収めた。


 ……という夢を見たような気がする。


「──えっと、今日はジーラさんですね」


「あなたは段々デビューしたくなーる……」


 ミクルが5円玉を吊るした糸を何も知らないジーラの目の前で左右に揺らす。


 あれれ? ちょっとジーラの様子が変やな。

 5円玉につられてジーラの目から生気が消えていってる……これはミクルの策か!?


 ウチら、ミクルに催眠術とやらを、かけられやけどー!?

 ブヒブヒ、とんやけど!?



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る