第20話 バクバク、ブツブツ、博物館(ジーラ視点)

「へー、これが凶暴で有名なアロサウロスの化石か」


 自分はミクルに誘われて隣街に建設したばかりの恐竜博物館にやって来た。


 ミクルの話だと、この博物館は今年の秋でオープン一年目らしく、今なら学割よりも安い入場料で入れるとか。

 ほんと普段はボケーとしてるのに、こういう節約の話になると目の色を変える。


 それは闇夜に光る猫のような瞳であり、目の前にスルメを吊った糸をぶら下げたら、竿ごと食いつかれそうな感じ。

 アロサウルス同様、肉食女子の心は自分には理解できない。


 勿論もちろん、ここにはケセラとリンカも同行してる。

 ミクルと二人っきりだと何をしでかすか分からないし。


「プテラノドン、空を優雅に飛翔するだけあって、かっこええわー♪」


 ケセラの話では自分と同じ考えで発狂したミクルが襲いかかるかもという危機を防ぐために来たらしいが、一番にはしゃいでるのはケセラ自身だ。

 さっきから恐竜の骨組みを眺めては熱くなって色々と喋り出す。

 早くも将来のお婿さんでも決まったか?


「ねえ、ケセラさん。恐竜はなぜ絶滅したのでしょう?」

「ああ、ちょっと待ってな」


 ケセラがスマホをスライドさせて何かを探している。


 まさか『恐竜』で検索か?

 それなら誰でも答えられる。

 いかにケセラ流のアレンジをするか、楽しみでならない。


「えっと、人と人が一つ屋根の下で共存する一つのスペースであり……」


 ああ、スマホを見ながら棒読みなケセラの後頭部を『何でやー‼』とどついてやりたい。


「えっ、人類が密接に関係してるのですか?」

「しもうた、『居住』で検索してたー!」


 ミクルも異変に気づいて素朴な質問を返すとケセラは焦った顔つきでスマホとにらめっこしてた。


 焦ったら負けよ、泡プクブク。

 ケセラはカニになりたいのか?


「恐竜はな、隕石で滅びたんやで」

「ケセラさん、それって固まりで落ちてきたことになるんですね」

「ミクルちゃん、それは?」

「つきに決まってるじゃないですか」

「なっ!? こんな公共な場所で!?」


 リンカが両手を前に振りながら真っ赤な顔でうろたえる。


「ミクルちゃん、気持ちは分かるけど、そういう告白は時と場合によるわよ?」

「でも傷ものにされたことは事実ですし」

「ケセラちゃん、こんな純情な子を弄んだのねー‼」


 リンカの話を直訳するとこうだ。

 こんな真面目な子に手を出して、一生もののトラウマを植えつけて、たたじゃおかないわ。

 そこで回れ右して、あたしの靴の裏でも舐めろとか言いそう。


「もうあちこちに傷を負って、ウサギさんも安心して餅をつけないですよね」

「えっとミクルちゃん、ウサギって?」

「はい、例のウサギさんですよ」


 その言葉を聞いたリンカのリミッターが弾け飛ぶ。


「一体何のプレイをしたのよ、ケセラちゃん‼」

「ウチは何もしてないで?」

「下手な嘘つかないでよ。あのミクルちゃんがうっとりとした焦点のない瞳でボケーとしてるのよ!」

「何なん、笑点って? 今から大喜利でもやるつもり?」


 いや、ミクルがたまにボーとしてるのは転校初日に出会った時からだ。


「ふーむ、それでクレーターが出来たのですね」

「へっ、出来た?」

「ええ、月が地球に落ちてきた所を恐竜たちが落とさないように華麗にリフティングをしてあちこちにデコボコが出来たんですよね?」

「何や、好きじゃなくてそっちの月か」


 ケセラがほっと胸を撫で下ろす。

 自分も愛の告白かと思った。


「……まさに理不尽な行動」

「いえ、これはほんの序の口です」


 自分の発言にミクルがひとさし指を軽く振る。


「恐竜たちは最後に命がけのヘディングをして、月を宇宙に押し戻したので、むしろ感謝して欲しいくらいです」


 ミクルサッカー(作家)、ワイルドカップ。

 惜しくも太陽にゴールはできなかったけど、その滅んだ勇姿を称えたい。


「ミクル、その答えやと恐竜の頭突きは重力や引力をものともしないという答えになるんやけど?」

「確かに。月って結構大きいんですわよ」


 まあ、日本大陸は余裕で潰れるな。


「そこは愛の力の見せどころですよ」

「いや、火事場の馬鹿力とは違うからな」


 愛の力で世界を救うなんてとあるツボ突きの格闘家にしか出来ないはず。


 お前はもう滅びてる、

 あいたたたたー!

(痛い)


****


「さあ、博物館と言えばこれでしょう」

「何なん、今度は?」

「アウストラロピテクスが月面に到達した時の足跡のお話しですよ」


 地球最古の類人猿が月に?

 それは何の冗談のつもりだろうと思った。

 でもミクルはそんなことは言わないし……。


 自分は不思議に思いながらミクルの話を黙って訊くことにした。


「アウストラロピテクスは洋菓子も好きだったんですよ。マンゴープリンとか」


 いや、その時代にプリンとかない。

 ミクル、お菓子を前にして、ついにおかしくなったか。


「それでね、ピテクスはですね」


 ああ、ついに仲良しこよしのように親しい名前で呼び始めた。

 この時代も終わりかも知れない。


「ミクル、アウストラロピテクスはな、遠い昔に絶滅した人間の祖先なんや。今は死後の世界で忙しく人生設計の仕事をしてて、優雅にプリン食って踊り明かす暇もないで?」


 おおっ、算数のかけ算もまともに出来ないケセラがミクルの高度な難易度の会話についていってる。

 人って成長するんだな。


「もうケセラさんにはロマンがないですね」

「ロマンで食っていけたら苦労せんで」


 分かる。

 マロングラッセなら美味しいけど。


「ミクルちゃん、リンカには分かるわ、その気持ち」

流石さすが、リンカさんは一味違いますね」

「ええ、この同人誌、店に並ぶのを楽しみにしてるわね」

「いえ、もうネットの電子書籍で買えますので」

「「……はいっ?」」


 ケセラと自分の言葉が綺麗にハモる。


「はい。私、ピテクスの同人誌を書いています」

「……ふむ、類人猿もネタにされる時代か」


 最早もはや、博物館で交わされる会話じゃないな。

 寿司ネタのシャリはサビ抜きで!

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