第14話 すし詰めにされたお客と、罠にかかった大食らい(リンカ視点)

『ガツガツガツ!』


 物凄いペースで握り寿司を食べていくジーラを前にして、私ことリンカは固まっていたわ。


 これで何皿目かしら……20皿は越えているわよね。

 余程、お腹を空かせてのチャレンジだったのかしら。


 私ことリンカは遠巻きのお客として、ジーラの戦いを見守ることしか出来なかった。


◇◆◇◆


「腹へったなー」


 今日も日射しが厳しい公園でケセラちゃんがお腹を擦りながら立ち上がる。


「……ご飯ならある」

「いや、ジーラ、泥団子は食えないから」

「……出来立てなのに?」

「いや、元から食えんからな」


 ちょうど大きな木で日陰になる砂場。

 遊ぶお金も惜しいと、そこで遊びをしていたケセラちゃんが短パンに付いた砂を手ではらい、同じく遊んでいたジーラに手を差し伸べた。


「ジーラもお腹空いたやろ、何か食べに行こうや」

「……だったら寿司がいい」

「えっ、学生だけで行くのはちょっとハードルが……」

「……うるうる」

「わーった、わーたから。ここで泣かんでよ」


 ジーラが泣こうとするのを止めさせて、彼女の行為に必死に答えようとするケセラちゃん。


 ケセラちゃん、ピアスや派手なメイクとかでチャラチャラして見た目遊んで見えそうなギャルって感じだけど、打ち解けてみると案外真面目で芯が強いんだよね。

 いつも仲の良いミクルちゃんによく似てるわ。


 ああ、ミクルちゃん、今ごろ家族旅行を楽しんでるかしら。


****


「へい、いらっしゃい!」


 というわけでやって来た来ましたわ。

 学生にはハードルが高いお寿司屋さんに!


「……マグロ一皿100円」


 まあ、ジーラの言葉通り、定番の回転寿司だけどね。


「……ケセラ、何皿まで頼んでいい?」

「頼むも何もそんなに食えんやろ? 好きなだけ食いな」

「……ケセラ、に欲しい」 

「それは展開やな」


 ケセラちゃんが笑って誤魔化しながら、ジーラの冗談に付き合う。

 いや、多分、ジーラの話をよく理解してないわね。


 でもジーラってあの小柄な体型でよく食べる方よ。

 リンカもいくらか手出しした方がいいかしら。


「ケセラちゃん、ジーラ、食が細いように見えて、かなり食いっ気があるから気をつけた方がいいわよ」

「えっ、そうなん?」

「リンカなんて、この前、可愛い声でおごってと言われ、ファミレスで巨大イチゴパフェ三杯分を支払ったわ」

「えっ、あのファミレスで、それ結構高いんちゃう?」


 ええ、一杯800円のパフェを三人前もペロリと平らげたのよ。

 そんな彼女を一ヶ月分のお小遣いを一瞬で失ってしまう魔性な胃袋の持ち主とも呼ぶ。

 

「ケセラちゃん、このリンカの気持ち分かるかしら」

「ぐぬぬ……でも後には引けんし……」


 ケセラちゃん、変に意気地にならないで胸の内を正直に言えばいいのに。

 これが胸が締め付けられる想いかしら。


『ピンポンパンポーンー♪』


 あら、フロアのBGMが止んでアナウンスが入るわね。

 今回は何用かしら。


『当店はアマヤ寿司にお越し下さり、誠にありがとうございます。本日優勝すればお食事が無料になる大食い大会を13時から予定通り開催いたします。エントリーのご参加につきましては……』


「こ、これだあー!」

「これよー!」


 お互いの息が合ったリンカはケセラちゃんと威勢よくハイタッチをする。

 これなら高額になりそうな状況を回避できるし、ジーラにもうってつけよ。


「さあ、ジーラ派手にいっちゃって!」

「……了解、ケセラ脳内花火師」

「花火師は余計や!!」


****


『ガツガツガツ!』


 そんなわけでこの店の大会にジーラがエントリーして出場したけど……。


『ガツガツ……』


 24皿を目の前にしてジーラの食べるスピードが落ちてきましたわ。

 レーンに流れている握り寿司ではなく、厨房から直接持ってきた商品を食べているジーラを含めた六人の参加者。

 マグロ、サーモン、タコ、イクラなどときて、ここでエビフライの入った天むすの出番。


 今までの海鮮物に満ちていたのとは違い、急に脂っこい天ぷらものは胃にガツンとくるはず……。


 次々と挑戦者が脱落していく中、サングラスをしたピンクのTシャツを着た太っちょな坊主頭の若者だけが残り、ジーラに勝負を挑んでる。


 ジーラ、とても苦しそう。

 もう無理しないでいいわよ!


「ひょひょひょ、子供無勢が勝てる勝負ではないじょ。僕はこの大会を毎回制覇してる男だぞう!」

「……毎回優勝しても喋り方は論外」

「きっ、きちゃまー! 僕に歯向かうとどーなるか分かっちょん!」


 変な口調の太っちょが25皿目をあっさりと平らげて、ジーラとの差を離していく。

 太っちょが好調な中、ジーラは二皿めの天むすを前に固まっていた……。


****


「……ごめん、ケセラ」

「そう謝らんでええよ。元から奢るって言ってたじゃん」


 ジーラはあの太っちょにあっさりと差をつけられて負けてしまったの。

 敗者は食べた分のお金を払わないといけないルールだけど、20皿以上もあったらお金が……。

 やっぱりリンカも手出ししようと長財布を取り出した瞬間……ケセラちゃんが財布をそっと押さえる。


「リンカ、ええよ。気持ちはありがたいけど、これはウチの問題やから」

「ケセラちゃん……」


 あー、ケセラちゃんカッコいい。

 もし彼女が男でしたら求婚をしていましたわー!


「ねえ、タツノ、またここで大食い対決していたの? 恥ずかしいからもういい加減やめてよ」

「そんなん言われても僕の将来がかかってるからさ。それにミクルも結構食べる方だろ?」


 えっ?

 今、何て言ったの?


「あっ、リンカさんたちじゃないですか?」

「ミクル? どうしてここにいるのかしら? それに隣の太っちょは誰?」

「ええ、家族旅行のシメとしてこのお寿司屋さんに来ていて。隣の子は同年代のいとこのタツノ君です」


「ええー!」


 あのミクルちゃんにもいとこがいたのー?

 ケセラちゃんが『サプライズ成功』と言いながらタツノ君と顔を見合わせて苦笑する。

 ケセラちゃんも知ってて、支払いをしようとしていたのね!


「タツノ君が色々とご迷惑をかけたみたいですね。ここの大食いの代金はお手洗いに行ってる私の両親に払わせますので」


「……ミクル」


 俯いていたジーラがミクルちゃんの方に顔を向ける。

 その表情は微妙に優しい笑みに包まれてたわ。


「……サ、サンショーベリマッチ」


 私こと、リンカはその場でひっくりこけた。

 ジーラ、ちょっとは空気読んでよね!

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