王雅2  孝武急死

孝武帝こうぶてい司馬道子しばどうしに国家を導けるだけの才幹がないと痛感し、自身亡きあとの皇室があやういと見て取ったため、地方長官たちの中からめぼしい人物をピックアップしておこうと考えた。そのお眼鏡に適ったのが王恭おうきょう殷仲堪いんちゅうかんらであった。そうした人物の選抜にあたり、前もって王雅おうがのもとに訪問。その判断の是非を問う。王雅としては王恭たちのどこに国の大任を任せられるほどの才覚があるかなどさっぱり理解できなかったのだが、とは言え、粛粛と言う。


「王恭の風采は簡貴、気概は峻厳。外戚として、まさに陛下が頼るにふさわしき才覚の持ち主とは申せましょう。とは言えそのあまりにとげとげしく、寛容さがなく、自分が、自分が、と押しつけがましく、およそ節度の欠片もございませぬ。殷仲堪初つましく、きめ細やかなふるまいの持ち主にして、その文才は確かに世に聞こえておりますが、一方で度量に欠け、国防を任せるに足る知略の持ち主とは申せませぬ。もしかの者らに連携を取らせ、守備力の高い地にそれぞれを配置してご覧なさい。いまは変事少ない情勢でありますから職務を全うもできましょうが、もしひとたび情勢が乱れ始めたら、かの者らはむしろ擾乱を加速させるだけになりましょう」


孝武帝は王恭らが当時において名声を集めていたことから、王雅が彼らの才覚に嫉妬しているのだと思い込み、その進言を退けた。王恭と殷仲堪はともに高位に引き立てられたが、ご存知の通り、ともに後に敗亡している。こうした結果を目の当たりとし、人々は王雅のひとを見る目の確かさを改めて讃えたのだった。


王雅はその後領軍将軍りょうぐんしょうぐん尚書しょうしょ散騎常侍さんきじょうじと累進。いよいよ皇帝の補佐として重んじられようとしたところ、孝武帝が急死。突如として重臣としての立場を失った。王雅はもともと孝武帝よりの寵愛を一身に受けていおり、司馬道子に睨まれていたため、たちまち権威を失ってしまう。加えて朝廷の乱れはいよいよ甚だしいものとなってきた。そこで王雅は変に主張をせずに、国政の過ちにも敢えて口出しをしないようにした。


孝武帝の在世時より、皇帝を始めとした目上の者の顔を潰してまでの廷争をすることはなく、原則としては目上の者による提議を唯唯として請け負う、そうした振る舞いを貫いた。


やがて尚書左僕射しょうしょさぼくしゃに転じ、400 年に死亡した。67 歳であった。光祿大夫こうろくたいふ開府儀同三司かいふぎどうさんしが追贈された。


長子は王准之おうじゅんし散騎侍郎さんきじろうとなった。次子は王協之おうきょうし黃門こうもんとなった。三子は王少卿おうしょうけい侍中じちゅうとなった。みな士大夫としての操を守っており、その名を世に知られた。




帝以道子無社稷器幹,慮晏駕之後皇室傾危,乃選時望以為籓屏,將擢王恭、殷仲堪等,先以訪雅。雅以恭等無當世之才,不可大任,從從容曰:「王恭風神簡貴,志氣方嚴,既居外戚之重,當親賢之寄,然其稟性峻隘,無所苞容,執自是之操,無守節之志。仲堪雖謹於細行,以文義著稱,亦無弘量,且幹略不長。若委以連率之重,據形勝之地,今四海無事,足能守職,若道不常隆,必為亂階矣。」帝以恭等為當時秀望,謂雅疾其勝己,故不從。二人皆被升用,其後竟敗,有識之士稱其知人。

遷領軍、尚書、散騎常侍,方大崇進之,將參副相之重,而帝崩,倉卒不獲顧命。雅素被優遇,一旦失權,又以朝廷方亂,內外攜離,但慎默而已,無所辯正。雖在孝武世,亦不能犯顏廷爭,凡所謀謨,唯唯而已。尋遷左僕射。隆安四年卒,時年六十七。追贈光祿大夫、儀同三司。

長子准之,散騎侍郎。次協之,黃門。次少卿,侍中。並有士操,立名於世云。


(晋書83-7)




梁書33巻には王雅の曾孫、王僧孺が立伝されています。

https://zh.wikisource.org/wiki/%E6%A2%81%E6%9B%B8/%E5%8D%B733

王准之の孫。それによると王准之は宋の司徒左長史しとさちょうしになりました。その息子である王延年おうえんねんが年若くして亡くなったあと、王僧孺は沈約しんやく任昉じんぼうに並ぶ文の大家として知られたそうです。政争にはあまりタッチしていなかったようで、この辺りは曾祖父の気風を受け継いだ、と言えるのかもしれません。

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