毛璩2  反桓楚

毛璩もうきょ安帝あんていが即位して間もなくして征虜將軍せいりょしょうぐんに昇進した。桓玄かんげんが簒奪をなすと、毛璩には散騎常侍さんきじょうじ左將軍さしょうぐんとなるよう使者がもたらされた。毛璩は桓玄よりの使者を拘留した上、命をつっぱねる。


対する桓玄かんげん桓希かんき梁州刺史りょうしゅうししに任じた上、四川盆地しせんぼんち内では王異おういに、郭法かくほう宕渠こうきょに、師寂すいじゃく巴郡はぐんにそれぞれ配し、四川盆地の入り口である、白帝はくていには周道子しゅうどうしを配備、毛璩の動きに備えた。


毛璩は遠近に檄文を飛ばし、桓玄の罪狀を列挙。巴東太守はとうたいしゅ柳約之りゅうやくし建平太守けんぺいたいしゅ羅述らじゅつ征虜司馬せいりょしば甄季之けんきしらを派兵、桓希らを打ち破らせた。勝ちに乗じ兵を進め、白帝に至る。


この動きに対し、承制しょうせいを行っていた武陵王ぶりょうおう司馬遵しばじゅんよりの令が下る。

「益州刺史の毛璩は忠誠慤亮、桓玄が禍をなすと感じ取ったそばより動き出し、その背後をつかんとした。凶逆の徒をみごとに討ち果たし、荊州の邪悪を清めた暁には、長江上流域をまるまる任せたく思う」


さて、毛璩の弟で寧州刺史ねいしゅうししとなっていた毛璠もうはんが任地で死亡した。毛璩の兄である毛球の孫にあたる毛祐之もうゆうしとその參軍さんぐんである費恬ひてんら数百人でもって遺骸を引き取り、江陵こうりょうに埋葬することとなった。


ここで桓玄が敗走、梁州に逃れようと画策した。毛璩の弟の毛瑾もうきんの子である毛修之もうしゅうしがこの頃桓玄の屯騎校尉とんきこういとして仕えており、桓玄に蜀入りすべく誘う。この誘いに乗った諫言を、毛修之、毛祐之、費恬、そして馮遷ふうせんとで共謀し、桓玄を殺害した。柳約之らは桓玄が死んだと聞くと、軍を進め枝江しこうに進む。

いちど義旗軍に奪還された江陵こうりょうであったが、桓振かんしんの攻撃により再陥落していた。劉毅りゅうきらが尋陽じんようまで下がると、柳約之もまた退いた。


間もなくして甄季之や羅述が病を得た。柳約之は偽装投降の上桓振を殺害せんと動いたが、計画が漏れ、殺された。

こうして毛璩軍の主要将が揺らいでしまったところを柳約之の司馬しばである時延祖じえんそ涪陵太守ふりょうたいしゅである文処茂ぶんしょもらがその配下兵らをとりまとめ直し、涪陵にて軍を再編成した。桓振は桓放之かんほうし益州えきしゅうに派兵、西陵せいりょうに駐屯させた。文處茂らはすぐに迎撃に動き、打ち破った。




安帝初、進征虜將軍。及桓玄篡位、遣使加璩散騎常侍・左將軍。璩執留玄使、不受命。玄以桓希為梁州刺史、王异據涪、郭法戍宕渠、師寂戍巴郡、周道子戍白帝以防之。璩傳檄遠近、列玄罪狀、遣巴東太守柳約之・建平太守羅述・征虜司馬甄季之擊破希等、仍率眾次於白帝。武陵王令曰、「益州刺史毛璩忠誠慤亮、自桓玄萌禍、常思躡其後。今若平殄兇逆、肅清荊郢者、便當即授上流之任」。 初、璩弟寧州刺史璠卒官、璩兄球孫祐之及參軍費恬以數百人送喪、葬江陵。會玄敗、謀奔梁州。璩弟瑾子脩之時為玄屯騎校尉、誘玄使入蜀。既而脩之與祐之・費恬及漢嘉人馮遷共殺玄。約之等聞玄死、進軍到枝江、而桓振復攻沒江陵。劉毅等還尋陽、約之亦退。俄而季之・述之皆病、約之詣振偽降、因欲襲振。事泄、被害。約之司馬時延祖・涪陵太守文處茂等撫其餘眾、保涪陵。振遣桓放之為益州、屯西陵。處茂距擊、破之。


(晋書81-7)




初めましてな名前がいっぱい! 嬉しい! こういうの最高! いや本当、桓玄簒奪頃の益州の動きって譙縱しょうじゅうがキャッキャウフフするまでの間をいまいち理解できていなかったんですよ。どうせこの辺に載ってると思って拾おうともしてなかったんですが。いや、それにしても毛璩さんの家系、めっちゃ東晋将! って感じで素敵です。


まぁ、こっから一気にグダルんですが☆


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