謝琰3  フラグ回収

謝琰しゃえんの配下らが恐れた通り、孫恩そんおんはついに浹口きょうこうより再び攻め入り余姚よように侵攻、上虞じょうぐを破り、邢浦やほに至った。謝琰が治所を置く山陰さんいんより北に三十五里のところである。謝琰は參軍の劉宣之りゅうせんしを派遣、孫恩を防がせ、撃退に成功した。しかし一方では上党太守じょうとうたいしゅ張虔碩ちょうけんせきが敗北。五斗米道軍が勢いよく進軍する。人々は皆恐れおののき、謝琰に掛け合う。守りを重に固め、水軍を南湖に配備すべきだ、さらに兵を分けて伏兵とするべきだ、と。謝琰は却下した。


やがて謝琰のすぐ側にまで五斗米道軍が迫ってくる。謝琰は未だ食事を取っていなかったことから「優先的に討伐せねばならんな。そのあとに食事をしようか」と言い、馬にまたがり出陣した。廣武將軍こうぶしょうぐん桓寶かんほうが前鋒を務め、敵軍を大いに打ち破り、多くを殺す。そのまま進軍するのだが、水路の堰の上の道が狭かったため、謝琰軍は魚貫、細長い陣形で進むことを強要された。このとき五斗米道軍の船が運河にあり、進む謝琰軍の側面から射かけてきた。こうして前後が寸断され、謝琰自身はなんとか千秋亭せんしゅうていにまでたどり着くものの、敗北。こうした事態を受け、配下の帳下都督ちょうかととく、言ってみれば謝琰の近衛兵長的な立場であろう張猛ちょうもうが背後から謝琰の馬を斬った。謝琰は地に落ち、二人の子、謝肇しゃひつ謝峻しゃしゅんと共に殺された。このとき桓寶も死んだ。


後に劉裕りゅうゆう盧循ろじゅん軍を建康けんこうで撃退、左裏さりまで追撃を掛けたとき、張猛を生け捕りとした。劉裕は張猛を謝琰の末っ子である謝混のもとに送り届ける。すると謝混は張猛の腹を割り、その生き肝を食した。


ともあれ謝琰死後詔勅が下る。内容は以下の通りだ。

「謝琰親子は君主のため、あるいは父親のために散った。そうした忠心孝心の持ち主が一門に揃っている」

謝琰には侍中じちゅう司空しくうが追贈され、忠肅と諡された。


子は三人。謝肇、謝峻、謝混である。謝肇は驃騎參軍ひょうきさんぐんになった。謝峻は謝琰が挙げた功績から建昌侯けんしょうこうに封じられた。五斗米道軍に殺害された二人には、それぞれ散騎常侍さんきじょうじ散騎侍郎さんきじろうが追贈された。




恩後果復寇浹口,入余姚,破上虞,進及邢浦,去山陰北三十五里。琰遣參軍劉宣之距破恩。既而上党太守張虔碩戰敗,群賊銳進,人情震駭,咸以宜持重嚴備,且列水軍于南湖,分兵設伏以待之。琰不聽。賊既至,尚未食,琰曰:「要當先滅此寇而後食也。」跨馬而出。廣武將軍桓寶為前鋒,摧鋒陷陣,殺賊甚多,而塘路迮狹,琰軍魚貫而前,賊於艦中傍射之,前後斷絕。琰至千秋亭,敗績。琰帳下都督張猛于後斫琰馬,琰墮地,與二子肇、峻俱被害,寶亦死之。後劉裕左裏之捷,生擒猛,送琰小子混,混刳肝生食之。詔以琰父子隕于君親,忠孝萃於一門,贈琰侍中、司空,諡曰忠肅。

三子:肇、峻、混。肇曆驃騎參軍,峻以琰勳封建昌侯。及沒於賊,詔贈肇散騎常侍,峻散騎侍郎。


(晋書79-11)




ぼく「いや謝混のエピソード別に謝混伝で良くない?」


それにしてもこれ、どうも張猛が五斗米道軍に通じていたとか裏切った、みたいな文脈に取れる感じの話だけど、自分がもし張猛みたいな立場だったら「こんな窮地、お前の不明が招いたんだろうが! ほんといい加減にしろ!」って切れるよなーと思いまんた。そうしたら総大将の首手土産に投降してしまうのも人情ですよね。


ただまぁ、ここも結局謝琰が五斗米道軍に敗北したという結果からしか言えないわけでして、結局のところ「あなたが小説を書くときに、より面白くなる解釈で書け」しか言えなさそうなんだよなあ。こういう所に、頼むから「史学的観点から張猛の行動を分析する」みたいなことはやめてね、と思うのでした。


――とか、思ったら。


■斠注


後斫琰馬、琰墮地、

太平御覽たいへいぎょらん』三百七十六の『續晉陽秋ぞくしんようしゅう』には「恩帳下都督張猛」とあるそうです。これについて斠注は「案當從孫盛作恩帳下都督爲是。琰旣戰,戰敗,宜爲恩帳下所斫,斷無出自琰帳下之理。」とします。

御覧、と言うか續晉陽秋の著者である孫盛そんせいの記述に従って「孫恩の」帳下都督とした方がしっくりきそうだ。謝琰が敗れ、そこを孫恩の配下に斬られた、と。謝琰の帳下とするのは、どうにも不自然だろう、とするのです。


そうね、帳下都督なんて官名まったく聞いたことなかったし。この説採用するしかありませんわ。あああああ、謝琰の配下だとしたらめっちゃ萌えたのに張猛さん……けどこの萌えは捨てるしかないのだ……。

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