八王裔2 司馬冏
八王の乱の根源にいると言ってもいい存在、それが
やがて
冏子超嗣爵。永嘉中,懷帝下詔,重述冏唱義元勳,還贈大司馬,加侍中、假節,追諡。及洛陽傾覆,超兄弟皆沒于劉聰,冏遂無後。太元中,詔以故南頓王宗子柔之襲封齊王,紹攸、冏之祀,曆散騎常侍。元興初,會稽王道子將討桓玄,詔柔之兼侍中,以騶虞幡宣告江、荊二州,至姑孰,為玄前鋒所害。贈光祿勳。子建之立。宋受禪,國除。
(晋書59-2)
晋の時代の封爵は、国を立てたものの宗族と、国を立てることに絶大な功績をあげたもの、がまず選ばれるんですね。基本的にはそこまでだけど、その後国体の維持にずば抜けた功績を立てたりだとか、あるいは国の再興に功績をあげたものが追加で封爵される感じでしょうか。ただここで言う王公侯伯子男と、皇帝の即位とかで言われることの多い「進爵」は、やや別物な気もしないでもなく。うーん、この辺どう扱ったもんか。
ともあれ斉王位の系譜とか、普通真っ先に再建させられるべきでしょうにね。重要な土地に重要な王を封じないとあかんでしょ。ただ、考えてみれば東晋ってひと文字郡の王ってあんまり目立たないですね。中国語ウィキとかに東西晋封爵一覧とかあるかなー。気になります。
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