第4話 首都


 かわら色をしたレンガ造りの壁が、首都をぐるりと囲っている。


 道沿いに、シンプルな門があった。門番はいない。

 僕は、ムギと並んで首都に入った。

「遠くに見えるのが王族の住むお城です。この辺りは民家の多い地域なので、便器様に並ぶ列も長くなっています」

 ムギの言う通り、すぐに長蛇の列が目に入った。


 壁の外から続く大通りの先。

 中央分離帯のように人の列が伸びているのが、空から見るような視野で把握できた。

 先頭にあるのは洋式便器らしい。

 街並みに溶け込むシールドが、便器と使用者を囲んでいるのがわかる。

「今日も長い列ができていますね。あそこに行列整備の衛兵えいへいさんがいます。どこで便器様が必要か教えてくれると思いますよ」

「わかった。色々教えてくれてありがとう、ムギ」

 僕が礼を言うと、ムギは可愛らしく笑った。

「どういたしまして。また、お世話になる事があると思います。その時は、よろしくお願いします」

「こちらこそ」

 ぺこりと頭を下げて、ムギはレンガ造りの街並みの奥へ駆けて行った。



 すぐに、僕の便器生活が始まった。

 首都で最初に僕を使ったのは、痩せた中年男性だった。


 僕が長蛇の列に近付くと、すぐに皮鎧かわよろいの兵士が現れた。

 行列整備の衛兵だ。列の周囲に、数人ずつ立っている。

 まだ若そうに見える衛兵は、先輩便器に続く列を見事に二分にぶんした。

 先輩の列と僕の列に分かれても、これがトイレに並ぶ行列と思うとまだまだ長過ぎるように見えた。


 衛兵のはたさばきは見事なものだ。

 行列に隙間も出来ず、近くを荷馬車が通っても危険がないように気を配っている。

 順番が近付けばすぐに用を足せるよう、手にした本などもしまうように促す担当もいた。

 そして文句も言わずに、サクサクと動ける国民も素晴らしかった。

 それが一番の時短であると、誰もが理解している。

 ここは『ニッホン』という国だそうだが、大災害直後の日本を連想した。

 日本人であり、ニッホン国に来られた事を少し誇りに思う。


 ……まぁ、現在は人でなく便器なのだが。


 カゴを片手に、ポケットティッシュ屋も列の横を行き来している。

 商魂も逞しい。

 便器として使われながら、僕は風景を眺める余裕があった。

 僕が話す必要もなく、行列整備の衛兵が次々に僕を使わせてくれるのだ。

 国民もテキパキと用を足していく。

 スッキリとした笑顔で僕にお礼を言って行く人も多い。

 長引いてしまえば後ろの人にも頭を下げる。礼儀正しい。

 僕もそうありたいと思うのだ。

 まあ、僕は便器なのだが……。



 いったい、どこに流れていくのだろう。

『なにが?』なんて、無粋な事は聞かないでほしい。

『排泄物は下水に自然転送する仕組み』との事だが……いや、考えた所で、僕には理解できないだろう。


 静かに列の進みが続き、陽も傾いてきたころ。

 突然のざわめきに、僕は意識を向けた。

 先輩便器の列から悲鳴が聞こえる。

「手付きコウモリだっ!」

「便器様、逃げてっ!」

 ちょうど、シールドを解いて交代するところだったが、次に並んでいた国民を衛兵が止めた。

「お逃げ下さい!」

 衛兵が僕に叫ぶ。

「えっ、えっ?」

「君っ、こっちへ!」

 シールドを張った先輩便器が、慌てる僕に声をかけてくれた。

 すぐに僕もシールドを張った。

 空では、カラスのような大きさのコウモリたちが、バタバタと飛び回っている。

 ひのきの棒のようなものを振り回し、衛兵たちも木刀のようなもので立ち向かっている。

 列に並んでいた人々は、身を低くしながら逃げて行った。


 僕も先輩便器を追って、首都の外へ逃げた。

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