第3話 魔獣


 色とりどりの花が咲く草むらの中。

 少女ムギに、便器の僕は質問を投げかけた。


「100人の便器って聞いたけど、100で国中のトイレがまかなえるの?」

「ここは小さい国ですから。1万人ちょっとの国民が首都に住んでいます。離れた地域にお金持ちの別荘や観光地になってる町もありますが、今は便器様を求めて、国民はみんな首都に集まっているんです」

 僕に目は無いが、ムギはしっかりと僕を見て話してくれる。

「あちこちに居て下さる便器様には毎日、長い列ができています。でも、魔獣が来ると便器様はその場を離れてしまいますし、我慢できないと私のように首都の外へ、その、お花摘みに来るんです」

 ムギは、少し恥ずかしそうに言った。

「なるほど……あ、魔獣って、便器を壊しに来るっていう?」

「はい。便器様たちは魔獣が近付くと、シールドを張って身を隠していますよ」

「魔獣に襲われて、便器に並んでる人たちは大丈夫なの?」

「魔獣は人間や街を襲いません。あくまで、便器様だけを狙っているようです」

「そっか。でも下水は無事なんだよね。便器が無くても、下を水が流れる穴みたいので代用できないのかな」

「地下設備を魔獣から守るため、便器のあったトイレの穴は、地下に関わる神々様が塞いでしまわれました。新しい形式のトイレも色々と考案されましたが、魔獣に壊されてしまったり、実用には至りません」

 肩を落とし、残念そうにムギは話してくれた。



 八百万やおよろずの神の力も、魔獣に及ばないようだ。

 魔獣とは、どれほど恐ろしいものなのだろう。

 壊されないように、逃げなければならないらしいが……。

「近くに、首都の入り口があります。一緒に――」

 ムギの言葉の途中、ずるずると引きずるような音が聞こえた。

 同時に、ムギが蒼ざめる。

「魔獣です……この音、四岐大蛇よまたのおろちが近付いてきます」

「……よまた?」

 聞き返す僕を抱え込み、ムギは茂みに身を隠した。

「シールドを張って下さいっ」

「シールドっ?」


 ――トイレの神様、説明不足!


 茂みの中、自分を守るバリアをイメージしてみる。

 すぐに、目隠しシールドが現れた。ムギが用を足した時と同じだ。

 光学迷彩のようなシールドの中、ムギは僕に抱きついて震えている。

 しかし、ときめく暇もなく、地響きが大きくなった。

 森の向こう、巨大なヘビの頭が揺れる。

 なるほど、八岐大蛇やまたのおろちの頭4つバージョンだ。

 4つの頭の赤い目が、ギョロギョロと周囲を見回している。

 

 ――巨大魔獣だ……便器を探しているのだろうか。


 僕たちが身を隠す内、引きずるような地響きは遠ざかって行った。

 見付からずに済んだらしい。

 身を縮め、まだ声をひそめながらムギは、

「四岐大蛇は魔獣の中でも珍しいんです。首都の外側を周回しています」

 と、言った。

 揺らめく4つの後頭部も、岩山の奥へ消えた。

「魔獣の中でもって、他にもいるの?」

 と、僕は聞いてみる。

「街の中では、もっと小さいコウモリ型の魔獣が多いです。手付てつきコウモリって呼ばれていて、他の便器様が襲われるのを見た事があります。羽の他に腕があって、ひのきの棒みたいのを振り回していました」

「手付きコウモリ……魔獣は、その2種類?」

「はい、たぶん……馬型魔獣だとか魔女も来るなんて噂もありますが、私は見た事ありません。誤報も多くて……自分で見たものを信じるようにしています」

「それが確実だね。又聞きからのイメージって、事実と離れてる事も多いと思う」

 しみじみ言う僕に、ムギは苦笑いしながら、

「そうですね。でも、便器様は魔獣を見ずに済んだ方が良いです」

 と、言った。

「確かに」

 ムギは立ち上がって、お尻についた草を払いながら、

「あの、さっき言いかけた事ですけど。近くに首都の入り口があるんです。一緒に行きましょう」

 と、言った。

「そうだね。みんな困ってるだろうし」

 移動しようと思えば体が少々浮かび上がる。

 歩くという感覚ではないが、宙に浮いた便器が前に進んで行くのがわかる。


 僕はムギと並んで、首都へ向かった。

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