第2話 現状把握
目を覚ますという表現が、正しいかどうかはわからない。
「うわ、トイレだ。あれ、声は出る?」
口を動かす感覚もなく、声が出た。
目で見る風景と違うが、自分を含めた周囲の様子を感じ取る事ができる。
ここは草むら。色とりどりの花が咲いている。
木々や岩山に囲まれ、自然の豊かな風景だ。
その風景の中、白い便器がある。
……いや、夢だろう?
思考放棄したところで、見えている現実に変化は起きてくれなかった。
ふたを大きく開けてみた。
便座もキレイな、真新しい洋式便器だ。
水を溜めるタンクはない。ウォシュレットもついていない。
全身が、つるりと白い陶器だ。
体を動かしてみる。
するすると、草の上を進んだ。
二本足で進むのとは大違いだが、確かに自分の意志で動いている。
洋式便器になった自分が、草むらの中に存在しているのだ。
「なんてこった……本当に便器だ」
トイレの神の言葉を思い出してみた。
トイレを必要としている人々の元に、駆けつけるとか言っていたような?
魔獣がいるとも言っていたような……。
どこからか、草を踏む足音が近付いて来る。
「あー、便器っ! 便器様、助けてぇ」
必死な少女の声だ。
「便器様?」
「意志をもつ便器様ですよね! こんな所で出会えるなんて。使わせて下さい!」
十代半ばに見える、茶髪ポニーテールの少女だ。
必死な表情で足踏みをしている。
「えっと、下水の上でなくても?」
と、聞いてみた。
「えっ? 排泄物は下水に自然転送する仕組みですよね」
「マジすか」
「座ると周囲にシールドが出来て目隠しになるので、恥ずかしくないですし」
と、少女は早口で教えてくれた。
「マジすか……あ、じゃあ、どうぞ」
「ありがとうございます!」
少女はくるりと背を向け、便座に座った。
見えない……いやいや、そうではなく。
確かに座られている感覚はある。
目隠しシールドが便器の周りを囲い、風景に溶け込んでいるのもわかった。
まるで光学迷彩だ。
「はぁ……助かりました」
ポケットティッシュは持参していたらしい。
少々待つ内に、少女はふたを閉めた。
便器の中から、何かが消えていく感覚がある。下水に自然転送されたのだろうか。
目隠しシールドも消えた。
「あの、便器になったばかり? って感じで、状況が呑み込めてないんですが。この国はどうなってるんですか」
僕は、ポニーテール少女に聞いてみた。
「あ、新しい便器様だったんですね。私はムギと申します」
「僕は川谷です」
ムギという少女は草むらの中、便器の僕の隣に腰を下ろした。
服装は
「国中のトイレが消えてから1年近く経ちます」
草むらの向こう、遠くに見える岩山を眺めながら言った。
「1年近く……」
「仕事もままならないし、便器様の列に並びながら勉強をしている子どもたちも多くいます。トイレの回数を減らすために水分補給や食事を減らす人も多くて、健康被害も深刻になっていますね」
「……それは確かに、深刻な状況だ」
現状を把握するため、僕はムギに色々と質問をした。
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