第六章 第四話 ~ アダムとイヴ ~


「ははっ。

 はははははっ」


 血に染まった集落から逃げ出したゴミ共を追いかけて殺し尽くし……屍ばかりとなった荒野に一人座りながら、俺は大声で笑っていた。

 ……いや、笑うしかなかった。


 ──誰もいなくなってしまった。


 敵意を持ったサーズ族の連中は一人残らず殺した。

 命乞いをしていたヤツも殺した。

 逃げ惑うヤツも殺した。

 祈り始めたヤツも殺した。

 怪我人女老人……武器を持つ持たないに関わらず、全てを殺した。


 ──殴り殺した。

 ──斬り殺した。

 ──蹴り殺した。

 ──突き殺した。


 ……数えるのが億劫になるほど殺し尽くした。

 その上、俺の激怒の咆哮は、自然と塩の嵐を呼び込んだらしく……この居住区周囲に僅かながら残っていた畑も猟場も、もう何もかもが全滅したことだろう。

 怒りに任せて地面を踏みつけ地震も起こしたから、僅かに残っていた水場さえも干上がっている。

 もうこの村には……いや、この世界にはもう俺を残して誰一人として生きているヤツなんて、いないのかもしれない。

 事実、もしべリア族の生き残りがいたとしても……彼らに水場がない以上、そろそろ干乾びて息絶えても不思議はないのだから。


「はははははははははははっ」


 酷く静かなその空間に、ただ俺の渇いた笑い声だけが響き渡る。

 一しきり笑った後、俺は身体を背後へと投げ出して荒野に大の字で寝転ぶと、呆然と空を眺めていた。


「畜生、月が綺麗だな」


 身体中を返り血に染めた俺は、酷く珍しい真紅の月が輝いているその夜空を眺め、ぼんやりとそう呟いていた。

 そしてその赤い月を眺めながら、溜息を一つ吐き出す。


 ──あとはただ、渇いて死んでいくだけ、か。


 何かの映画でそんな話があったような……なんて考えた俺だったが、この状況に対しても渇いた笑いしか出てこない。

 ……そう。

 俺の置かれた状況は、まさにの一言だった。

 時間が経った所為か、それとも暴れ回った所為か、内側から脳を殴り続けてくれた二日酔いもとっくに消え去り、そして怒り狂って暴れたお蔭で冷静に戻れたからこそ……今の状況がどんなに力があってもどうしようもない、絶望そのものだと理解できる。


 ──食料はもうろくにない。

 ──水も枯れた。

 ──帰る手段も失った。


 考えれば考えるほど……もう俺には何の希望も残されていないと理解出来てしまう。


 ──ははっ。

 ──これが、多くの命を奪った罰、ってヤツか?


 もし世界に本当に神なんて存在がいるとしたら……これは天罰としたり顔で述べるのだろうか?

 俺は静かに空を見上げながら、姿すら見えない天上の神とやらに懺悔を始めそうな自分を笑う。


 ──今さら、祈ったところで何になる。


 いくら巻き込まれたとは言え、殺したのは俺だった。

 いくら殺されそうになったとは言え、殺したのは俺だった。

 どんな事情があろうとも、彼らを殺し続けたのは……この俺なのだ。

 そもそも、祈りが通じる神様なんているのならば……


 ──俺がこうして全ての人々を虐殺することを許しはしなかっただろう。


 そう結論付けた俺だったが、このまま寝て死を待つのも馬鹿馬鹿しいと思い直し、疲労と絶望によって力の入らなかった自らの身体を鞭打って、何とか立ち上がる。


 ──せめて、悪足掻きくらい、するか。


 ……そう。

 もう飢えて渇いて死ぬしか道が残っていないとしても、座したまま死にゆく運命をただ受け入れるなんて……俺は御免だった。

 だからこそ俺は、余命を僅かでも伸ばすため周囲の家々から食べ物と水を探そうと踵を返し……

 ……その時だった。

 そんな誰もいない世界に、誰もいない筈の世界に、ジャリっと塩を蹴った足音が響き渡る。

 慌てて俺が背後へと視線を向けると……そこには何もない虚空を見つめる、身体の半分を包帯で覆われた、まだ年端もいかぬ少女が一人、立っていた。


 ──ははっ。

 ──アダムとイヴってか。


 ろくに知らない聖書の描写の中で、最も有名だろうその単語を思い出した俺は、軽く肩を竦める。

 とは言え、滅びゆく世界の中で死を迎える前ならば、それもまた一興だろうと俺が口を開きかけた、その時。


「……やぁ。

 僕の世界を楽しんでくれたかな?」


 その心が壊れ、何一つ動けない筈の少女の口から突然、そんな声が零れ出て来たのだった。

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