第六章 ~ 破壊と殺戮の神 ~
第六章 第一話 ~ 後始末 ~
完全に勝敗の決した戦いの後始末というのは、傍目には見苦しい以外の何物でもない。
特にそれが……圧倒的な恐怖と無力感とを相手側に与えてしまった戦いの後であるならば。
「ぎゃはははははは!
的が逃げるぞ!
もっと矢を持ってこいっ!」
「畜生っ、また槍が折れた!
新しいのを誰かっ!」
俺が『最後の領主』を討ち取った後、城壁の内部で起こっていたのは……現代の地球においては非難されるべき、虐殺という名の行為だった。
……だけど。
──こっちじゃ、こうなるのが自然、か。
サーズ族の戦士たちによって、老若男女も戦闘員・非戦闘員をも問わず、べリア族が次々と殺されている惨劇を眺めながら、俺は軽く肩を竦めつつ溜息を吐いていた。
申し訳程度に近くに転がっているレンガを放り投げてべリア族の連中を潰す程度の働きはしていたが……積極的に虐殺に加わる気にはなれなかったのだ。
──と言うか、血を見飽きた。
あの塔の人間を片っ端から殺し尽くし、それなりに気が晴れた後に待っていたのは、酷い疲労感と……何ら建設的なことをしていないという虚無感だった。
もしかすると、復讐というものをやり遂げた後の人間が陥る虚脱感に近かったのかもしれない。
とは言え、自分が飽きたと言って……俺は、彼らサーズ族の所業を非難する気にはなれなかった。
べリア族が……『最後の領主』とやらがやらかしたエリーゼに対する蛮行もさることながら、彼らべリア族を生かしておいては、今後サーズ族が滅ぼされる可能性が高いというもまた事実なのだ。
──要は、害虫駆除なんだよな、コレ。
放っておけば人間が殺される危険な毒蜂、毒蛇、猛獣などの巣を、率先して潰すのは当然だろう。
現代社会でもスズメバチの巣なんかがあれば、「危険だから」という理由で即座に駆除されている。
……その巣の中には毒針を持たない幼虫も、手も足も毒針すらも出せない蛹も存在しているにも関わらず、それら全てを殺し尽くすような毒蜂の巣を駆除する行為を、虐殺行為などと呼びやしない。
そして……俺が召喚されるまで、彼らサーズ族は実際にべリア族に駆除されかけ、滅びの寸前にあったのだ。
優劣の天秤が逆に傾いたならば、駆除する側される側もまた逆転するのは至極当然のことだろう。
──そう考えると、コレも当たり前の行為でしかない、か。
内心でそう結論付けた俺は、溜息をもう一つ吐く。
ただ、長であるバベルを失った所為か、どうもサーズ族の動きは調子に乗り過ぎているようで……
何処からどう見ても統率の取れていない、ただの野盗や追剥と変わらない……感情のままにただ殺戮と略奪を繰り返すだけの、俺が毛嫌いする類の集団と化しているように見える。
「……ま、どうでも良いことか」
バベルがいてくれれば、などと一瞬だけ考えた俺だったが……自分が殺した人間を悔やんでも今さらどうにもなりやしない。
そんなことをつらつらと考えながら虐殺を見学していた俺だったが、早々に飽きてしまい……その所為か、ふと咽喉の渇きを覚えた俺は、街にあった井戸の水を飲むべく、近くにあった桶を一つ井戸の中へと投げ入れる。
──カコンッ。
だが、投げ入れた桶が響かせたのは水の音ではなく、ただ酷く乾いた……桶と井戸の底とがぶつかる音だった。
「……枯れて、やがる」
ここは巨大な城塞の内部都市の中心部に近い区画であり……恐らく数万人とは言わずとも数千人が暮らしていた城塞都市の内部にある、最低でも百人単位の人間が生活用水を賄っていただろう、それなりに大きい井戸である。
そんな大きな井戸がいきなり枯れることは考え難かったものの……現に井戸に投げ入れた桶を引き上げてみても、水の一滴も入っていやしない。
俺は一つ舌打ちすると……近くに倒れていた適当な兵士の遺体から水筒を剥ぎ取り、口を潤す。
正直、皮の水筒に入っている水なんて、井戸水と比べると皮臭くて生ぬるくて不味いから好きじゃないんだが……まぁ、渇いた咽喉を潤すことくらいは出来る。
暴れ回った所為か酷く咽喉が渇いていて……美味いだの不味いだのという贅沢は言ってられないほど、俺の水分不足は切羽詰まっていたのだ。
──もしかして、俺が地震を起こした所為だったり、な。
俺が内心で井戸が枯れた理由について、適当に呟いてみたそれは限りなく事実に近く思えたものの……もしそうだとしたところで、別に良心の呵責を覚えるほどのことでもない。
単に、このクソみたいな城壁に囲まれて生きていたクズ共が、今後この土地に全く住めなくなるというだけであり……もしかすると、この戦いが終わった後、逃げ去っていたべリア族の難民がここへ戻ってきた時、水がなくて枯れ果てて死ぬことになるかもしれないが、それはむしろ望むべき展開だろう。
実際問題、この城塞の井戸が全て枯れたところで、俺が今現在進行形で水が飲めない以上に困ることなどありはしないのだから。
──もし、困るとしたら……
遠い未来に、大量に増えたサーズ族がこの土地を利用し始める時には水がなくて難儀する可能性は残るだろう。
とは言え、戦いで疲弊し切ったサーズ族がこの城塞都市まで生息範囲を広げるまでにはあと何十年かかることか。
その頃には俺は現代日本に送還されている筈だから、やはり問題などありはしないという結論になる。
「よっしゃ!
これで20匹目だ!」
「おいおい、まだ生きてるじゃねぇか、それ。
しっかりトドメ刺してやれよ」
いい加減やることもなく暇に飽かした俺が懐の干し肉を齧り始めた頃、眼前ではまだ血に酔ったままのサーズ族の戦士たちが、赤子の死骸を槍に突き刺して飾るという、少しばかり悪趣味な狩りを楽しんでいるところだった。
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