第五章 第五話 ~ 城塞攻略戦その2 ~
「何考えてやがるんだ、アイツらはっ!」
難民を追い立てて城門を開かせる作戦を、ものの見事に力ずくでひっくり返された怒りに任せ、俺はそう怒鳴りつける。
降り注いできた矢に慌てて逃げかえってきた俺たちではあるが、幸いにしてと言うべきか臆病にもと言うべきか、べリア族は一切の追撃をしてくる様子はなく……こうして再び睨み合いを続ける羽目に陥っていた。
俺は怒りついでに城壁内に岩塩を三つほど放り投げるものの……やはり連中からの音沙汰はない。
恐らくではあるが、連中はこちらの懐事情……水と食料の残量などを完全に把握しており、徹底的に籠城するつもりらしい。
「だから、『最後の領主』は猜疑心が強く慎重で残虐だと情報があっただろう?
儂もここまでとは思わなかったが」
怒りがまだ冷めない俺に向け、他の連中と違い唯一俺に臆すことない巨漢は、俺にそう言葉をかけてくる。
俺は苛立ちのままに今更の情報を告げてきたサーズ族最強の戦士を睨みつけ……すぐに溜息を吐くことで、吐きかけた暴言を呑み込んでみせた。
何故ならば彼自身が数本の矢を受け……身体を赤く染めていたからだ。
自分の失策の所為で怪我を負った人間に八つ当たりをするほど、俺は短慮で無神経な人間じゃない。
「……何人殺られた?」
「帰って来れなかったのは、10名程度。
だが、負傷者は……怪我してない人間を数えた方が早い有様だ」
俺の問いに返ってきたバベルの冷静なその言葉が、俺へと突き刺さる。
実際、サーズ族の戦士からは、愚策を実行して失敗した俺へと猜疑の視線が向けられていて……正直、居心地が悪いことこの上ない。
滅びかけているところを救ってやった俺に対しその生意気な態度は何だ、と叫びたい衝動に駆られるものの……彼らを怒鳴りつけたところで何も変わりはしない。
……逆に不和の種を蒔くだけだろうと俺は怒鳴り声をもう一度呑み込むことにした。
「しかし、厄介だな、あの城壁は。
どうにかして叩き壊す作戦を考えないと……」
そうして居心地の悪さに耐えられなくなった俺は、サーズ族の連中から視線を逸らし城壁へと向けながら……ついでに話題を逸らすことで先の敗戦の責任に話が飛び火することを避けるべくそう呟く。
その時の俺は、口に出すことで何らかの閃きがあることを期待しただけ、だったのだが……
「もう目的だけを果たされては如何でしょうか?
ほら、あのエリーゼという戦巫女を……」
「……なるほど」
空気の悪さを払拭するためなのか、それとも俺があの城塞攻略に固執するのを諦めさせるためか……副官であるロトがおずおずと告げたその言葉に、俺は思わず頷いていた。
──確かに、アレを無理に攻める必要はない、か。
何故ロトが俺の目的を知っていたのかは分からないが……あの難攻不落の城壁を屍の山血の河を作ってまで無理に破るよりは、エリーゼ一人を略奪する手段を考える方が遥かに簡単だった。
実際のところ、ここでべリア族を滅ぼさない限り、10年後には彼らサーズ族自身が滅ぶことになるのだが……そんなことは俺の知ったことではない。
ついでに言えば、滅亡に瀕している筈の彼らサーズ族自身が、城壁からの矢の雨をその身に受けて及び腰になっているのだから、未来の破滅など第三者でしかない俺が口にするべきことでもないだろう。
──なら、俺一人で忍び込むか?
俺一人なら……この人一人を軽く吹っ飛ばせる腕力と、人の肉も骨も軽く握り潰せる握力があれば、あの城壁をよじ登ることは造作もない。
そして、たとえ見つかったところで、俺自身は斬られようと刺されようと怪我一つ負わないのだから、べリア族の大軍を薙ぎ払いながら戦巫女一人を見つける出すことさえも、出来ないことはないと思われる。
……だけど。
──流石に、少しキツいな。
そもそも論で言うと、俺の身体は全体的に筋力は増加しているものの、持久力としては文化系の貧弱な学生のままである。
だから潜入するにしても、あの城壁をよじ登る間、筋力が続くかどうか……迂闊に途中で力尽き、木の枝に登った猫の子みたいな有様になる可能性も否定できない。
と言って、ただ力ずくで突っ込もうにも、中にどれだけ雑魚が潜んでいるかすら分からない中に一人で全員を皆殺しにする作業を続けるのは……先の見えないマラソンを走り回るような、千本ノックどころじゃない回数の戦斧を振り続ける必要がある訳で、体力が続くとはとても思えなかった。
それに……下手すれば数日前と同じく、邪魔が入ってエリーゼそのものを引き千切りかねない。
──中の連中を相手せず、エリーゼだけを手に入れる方法は……
猜疑心が強く慎重な領主と、そして頑丈な城壁。
……そして、そこにしがみついて出てこない、同胞を平然と見捨てるような臆病な連中から、あの好戦的な戦巫女を奪い取る。
俺は目を閉じ、それらの情報を上手く使えないか考えてみる。
「……っ?」
そうして30秒ほど悩みに悩んでいると、不意に俺の脳内にまたしても名案が舞い降りて来た。
──中の人間に向け、停戦したければエリーゼを差し出せと脅すのはどうだろう?
連中は死にたくないだろうし、既に城壁から出られないほど追い詰められているのだから、俺の名を使っての停戦には飛びつくだろう。
もし仮にべリア族が徹底抗戦を選んだ場合……彼らがいくら城塞に自信を持っていたとしても、俺がサーズ族に加担している以上、数百人の犠牲は出るだろうと容易に予測が出来る。
そう考えると……たかが戦巫女一人で数百人のべリア族が助かるこの停戦は彼らにとっても益のある話であり、領主としても戦巫女を差し出す方に心が傾くだろう。
そして……守るべきものから裏切られたエリーゼは、心をへし折られ、容易く俺のモノになるに違いない。
ふと思いついたその案を俺が口にしてみると……副官としての義務感に駆られたのか、ロトがこの案最大の問題点を訊ねてきた。
「そんなに上手くいきますか?
あの気丈な戦巫女のことですから、諾々と従うフリをして、貴方の首を狙おうとするのでは……」
……そう。
ロトの懸念は正しく……この案を口にした俺自身も、あのエリーゼが大人しく俺に傅くなんて思っていやしない。
だけど、俺からセレスを奪った意趣返しとして「仲間から裏切られる」という絶望を味わわせられるし、そもそも……寝首を掻かれたところで、俺自身が負けることは絶対にあり得ない。
……要は、あの面倒くさい城壁から、あの鬱陶しいべリア族の群れの中から、小娘一人を追い出せば良いだけなのだ。
「それこそ、望むところだろう?」
「……確かに」
自身の力に絶大の自信を持つ俺の返答に、ロトもこれ以上の追及を控え……その瞬間に次の作戦が決まっていた。
この世界の文字がさっぱり分からない俺の代わりに、ロトのヤツが降伏のための文を書き……その文章を槍に結ぶと、俺が膂力に任せて城壁の内側へと放り投げる。
そんな、ある意味力任せの単純極まりない代物である。
サーズ族最強の戦士であるバベルは、戦巫女を欲する俺を止めようとはしないものの賛同もしないらしく、俺たちには関わろうとせずに負傷兵の治療に専念するとのことだった。
妻だか愛人だかが存在しているバベルにしてみれば、敵から女を奪うような真似に加担する気にはなれなかったのだろう。
──ま、止めようとしないだけ、ありがたいと思うべきか。
軍というものは、ただ動かすだけで……いや、存在しているだけで水も食料も浪費する究極の無駄飯喰らいである。
こうしている時間と手間を使っている間にも、彼らが狩りをすれば……たとえこの世界が塩に埋もれていたとしても、僅かながらの獲物が得られるかもしれないし、集落の家々や施設の補強、道具の手入れなど男手が必要な仕事は幾らでもある。
そんな大事な労力をこうして俺の趣味のために、言わばサーズ族にとっては完全に無駄な遊びのために使わせてくれるのだから……バベルという男が如何に俺の価値を認めてくれているのかが分かる。
そんなことを考えている間に、ロトのヤツは文を凡そ書き終えたらしい。
「では、期限は如何しますか?」
「一昼夜くらいで良いだろう。
帰りを考えても、それくらいの食糧は十分に残っているからな」
最後の一文を締めくくるのだろう、ロトのその問いに俺は適当に答えを返す。
実のところ、先の作戦で農村を襲って別動隊が物資を接収してくれたお陰で、水や食料には10日程度の余裕が出来たと聞かされている。
だけど、城塞から射かけられた際の矢傷で重傷者もいる現状で、ただの私欲でしかないこの戦闘を長引かせ……コイツらを長々と拘束する訳にもいかないだろう。
もしも、もたもたしている間に重傷者が死んでしまえば、家族に看取られなかったとかいう理由で俺が恨まれかねない。
そして、これが一番大きな問題点なのだが、そんなに長い出征には……このクソ不味い干し肉や塩漬け野菜の食糧やら、皮臭い生ぬるい水を飲むしかない生活には、俺自身が耐えられそうにない。
「はい、これを結び付けて下さい」
「よし、と。
……じゃあ、投げるかっ!」
俺は、ロトの書き上げたその降伏文章を投擲用の槍へと結ぶと、特に狙いを定めようとはせず全力でその槍を投擲する。
俺の人並み外れた膂力で吹っ飛んで行った投槍は見事に城壁の上を飛んでいき……恐らくは適当な場所に刺さり、中の人間の目に届くことだろう。
下手な場所に刺さって顧みられない可能性や、文章に気付かれない可能性を考慮し、槍が一本だけでは心もとないと考えた俺は、ロトのヤツを使役して同じものを数本作製し、城壁内へと投げ入れる。
……これだけあれば、流石に一本くらいは誰かの目に留まる、筈である。
そうして作戦を終えた俺が大きく息を吐き出して背後へと視線を向けると……サーズ族の連中はもはや俺の言動には我関せずという様子で、誰も彼もが座り込んでしまっていた。
それどころか、反撃してくる様子もない城塞に飽きたのか、見張りすら立てず野営の準備を始めている始末である。
まぁ、確かに村を襲撃するのに時間をかけた所為で、そろそろ陽も傾き……もうちょいと経てば日没であり、野営の準備はそうおかしい行動ではないのだが。
それでも……こうして野営のためのテント張りや煮炊きを始めるコイツらの行動の節々を見る限り、どうにもやる気が感じられない。
──あ~あ。
──コイツら、士気が落ちまくってやがる。
戦士たちの行動や表情を見た俺は、内心でそんな溜息を吐いていた。
先の戦闘で矢傷を負った所為で動きが悪いのも原因の一つではあるだろうが……俺が見る限り、どうやら怪我なんかよりも、この城壁が難攻不落であることを身をもって知ってしまったことで戦意が挫けてしまったらしい。
そもそも……この戦いは彼らにとって今すぐという危機に迫られての戦いではない。
……言わば10年後に来るだろう滅びを遠ざけるための、予防線でしかないのだ。
そんな来るかどうかも定かではない10年後のために、今日残っている命を捨てる気にはならないのだろう。
──もし今夜、夜襲でも受けたら……
あまりにも士気の落ちたサーズ族の様子に、俺はふとそんな危惧を抱くものの……よくよく考えてみれば、夜襲を受けるということは穴熊を決め込んでいる連中があの城壁から外へ出て来てくれるということである。
確かに不意を突かれればまたサーズ族の戦士が減ってしまうだろうが……そんな大掛かりな戦闘には、戦巫女であるエリーゼ自身が出てきてもおかしくない。
そう考えると……べリア族が乾坤一擲で仕掛けてくるだろう夜襲こそ、俺が歓迎したい展開である。
「……ま、あちらさんもそれくらいは分かってるか」
である以上、彼らが城壁の有利を捨てて夜襲を仕掛けてくる確率は、非常に低いだろう。
そう結論付けた俺は肩を竦め溜息を一つ吐くと……そのまま地べたに寝転ぶことにした。
降伏勧告の返事が来るまで一昼夜もある。
──果報は寝て待て、だったか。
俺はいつぞやに習った覚えのあることわざを内心でそう呟くと、眼を閉じて明日を待つことにしたのだった。
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