第五章 第四話 ~ 城塞攻略戦その1 ~


 近くの村を襲う、と言ってもそう難しい話じゃない。

 何しろ俺たちサーズ族の部隊は特に拠点を築き上げている訳でもなく、水も食料もほぼ個々人が持てる程度しかないのだ。

 そして、べリア族の本拠地の周囲にはあの城の人口を維持するため、ろくな防壁も兵士も存在しない農村が幾つか点在している。

 最近は塩が噴き上がってきて廃棄された農村も多いらしいが、まだ無事な農村を襲って物資を強奪ことで10日分ほどの水と食糧を調達し……


「うわぁあああああああああああああ」


「誰か~っ!

 誰か~っ!

 誰か~~っっっ!」


「ほら、逃げろ逃げろ!」


「おらぁ、犯すぞ!

 ぶっ殺すぞっ!」


 襲撃のついでとばかりに、サーズ族の男たちが笑いながらべリア族の村人たちを追い回しているのも、別に虐殺を楽しんでいる訳じゃない。

 勿論、多少は意趣返し的な楽しみはあるだろうが……それでもこの行為には戦術的な意味がある。

 殺せるはずの村人たちをわざと逃がし、動けなくなったところをゆっくりと一匹ずつ無惨に殺して恐怖を煽り……べリア族の城塞へと追い立てているのだ。


 ──流石に、見捨てられないだろう?


 サーズ族を絶滅させようとしていたべリア族の兵士たちも、こうして同族の非戦闘員を追い立てていけば、城門を開いて救おうとするだろう。

 もしくは、サーズ族の悪行を見かねたべリア族の兵士たちが、城塞から飛び出して来るに違いない。


 ──そうして城門が開いたところへと特攻をしかけ、城壁の内部に侵入する。


 突如思いついたにしてはかなり残虐極まりない……ただの学生である俺が思いつくには非道が過ぎる作戦であり、恐らくは昔読んだ漫画か何かの、悪役が立てた作戦を思い出したのだろう。

 だが、流石は悪役の所業。

 幾らべリア族が城壁を頼みにしていても、無惨に殺される同胞を目の当たりにすれば無視など出来る筈もなく……人道的な面を無視してしまえば、実に効果的だと言わざるを得ない。

 ……だけど。


「……馬鹿なっ?」


 べリア族の連中は、そんな俺の策を読み切っていたらしい。

 あいつらは、サーズ族の戦士たちが矢の射程内に入った瞬間、追い立てられる農民ごと矢を射かけてきやがったのだ。


「ぎゃあああああああああ!」


「入れてくれぇえ!

 助けてくれぇ~~!」


「何故だぁああああああああああ?」


 当たり前の話ではあるが、逃げるだけで精一杯だった……鎧も盾も家具類の一つすらも持っていなかったべリア族の難民たちに、雨のように降り注ぐ矢を防ぐ術など、ありははない。

 無力な彼らは同族にあっさりと射抜かれ、この世の終わりを思わせる悲鳴を上げながら斃れ、塩の大地を真っ赤に染める。


「……おいぃいいいっ?

 何だそりゃぁぁぁぁああああ?」


 逃げて来た同胞を矢で射殺すというあまりにもに、俺は思わずそんな叫びを上げていた。

 この効果的な案を思いついた俺であっても、べリア族がそんな人の道を外れるような真似を仕出かすなんて完全に予想外だったのだ。

 そして、追い立てて城門を開かせる目論見が外れ、呆然と立ち尽くす俺たちの下へと……射程内に入っていた俺らサーズ族の戦士たちにも、矢は平等に降り注いで来る。


「ぐ、ぁああああああっ?」


「さ、刺さったぁっ?」


 そうして城壁から矢が降り注ぎ続ける中、運悪く当たってサーズ族の戦士たちからも悲鳴が上がり始めていた。

 そんなべリア族からもサーズ族からも悲鳴が上がる阿鼻叫喚の光景を目の当たりにした俺は、眼前の光景が信じられず呆然とただ突っ立つばかりで、「このまま突撃する」もしくは「策が敗れたために撤退をする」などの指示すら下せずにいた。


 ──だって、普通は考えないだろう?

 ──自分たちの同胞を敵ごと射抜く、なんて。


 そんな俺にも十数本の矢が降り注いでくるものの……破壊と殺戮の神の化身であり、無敵モードになっている今の俺にはただの矢如き、何の痛痒にも感じない。

 皮膚に感じる痛みとしては「大粒の雨に打たれて鬱陶しい」程度である。

 勿論、矢に打たれても濡れることはないので……雨に打たれるよりは矢を食らった方がマシと言えるかもしれない。


「退け!

 退けぇええええっ!」


「撤退だっ!

 撤退ぃっ!」


 そうして矢が降り注ぎ次々と戦士たちが倒れていくのを見かねたのか、呆然としている俺に代わってバベルとロトが撤退の命令を大声で発し始める。

 当然のことながら、その合図を受けたサーズ族は何の躊躇もなく……立ち尽くす俺どころか矢に倒れた同胞すらも見捨て、撤退を開始し始めていた。

 ……いや、恐らくではあるが、あの凄まじい城壁を見上げた時点で、サーズ族の兵士たち全員が及び腰になっていたのだろう。

 だからこそ、撤退の号令が出始めた段階で誰も彼もがこれ幸いと逃げ始めたために、全員がほぼ同タイミングで踵を返したことになったのだ。


「……くそったれっ!」


 この期に及んでようやく自分の策の失敗を悟った俺は、意図せずに殿を務める形になりつつも逃げだしたサーズ族を追いかけ、巨大城塞に背を向ける。

 とは言え……先に逃げ出した彼らサーズ族を臆病と嘲ることは出来ても、そのことを責めるのは筋違いというものだろう。

 何しろ彼らが臆病だったお蔭で、思ったよりも遥かに早い撤退が可能となり、俺たちは戦う能力を完全に失わずに済んだのだから。

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