第五章 第三話 ~ 城塞 ~



「……なるほど、こりゃすげぇ」


 その城を近くで見上げたその瞬間、俺は思わずそう呟いていた。

 俺の眼前には、真っ白な塩の棚が並ぶ……恐らくは塩の荒野になる前段階の、塩の汚染が進んでいるのだろう平原のど真ん中に、巨大で真っ白な城が聳え立っていた。

 取りあえず、矢が届かない程度の距離まで近づいてみたものの……城壁は凡そ5メートルの高さ、長さはキロ単位だろうというこの城は、まさに壮観以外の言葉が思い浮かばない。

 それらの城壁には数多の銃眼が備え付けられており……迂闊に近づいてしまえばギデオンのヤツが騒いでいた通り、矢を全身に受けて無駄死にするのがオチだろう。

 そして俺の真正面には、突破口になると思しき城門があるのだが、ソレは鉄枠木組で造られている巨大なとしか言いようがない代物で……正直、ここまで巨大で頑丈だなんて完全に想定外だった。


 ──こんなの、どうやって攻めろってんだ?


 あまりにも凄まじいその城の威容に、俺は呆然と突っ立って眺めることしか出来やしない。

 破壊と殺戮の神ンディアなんとかの力を使って何とかしようにも……コレは、多少ぶん殴った程度ではどうにもならないのが明白だった。


 ──かと言って、頭を使ったところでどうにもならないぞ、コレは。


 力でなければ軍略で、と考える俺だったが……この尋常ならざる構造物は素人が多少頭をひねった程度でどうにかなるとは思えない。

 そもそも100に満たないサーズ族しか手駒がない以上、挟撃やら陽動という当たり前の策すら使えないのが実情だった。


「破壊と殺戮の神よ。

 お判りいただきましたか?」


「……ああ。

 凄まじいな、こりゃ」


 その城のあまりの巨大さに圧倒され、立ち尽くしている俺に気付いたのだろう。

 「単なる怯懦で進撃を躊躇ったわけじゃない」と言い訳するようなロトのその言葉に、俺はそう頷くことしか出来なかった。

 正直に言うと、べリア族殲滅を掲げた先日の俺が想像していたのは「ちょっと大きめの貴族の館」という感じの……俺が渾身の力でぶん殴れば壁の一つや二つ、簡単に突き破れる程度の城でしかなかったのだ。

 それが……いざ蓋を開けてみれば、だ。


 ──と言うか、この城、明らかにオーパーツ、だろう。


 いくら鋼鉄の剣や槍やフルプレートの鎧を運用している……鍛鉄の技術を持ったべリア族の城であるにしても、100名余りのサーズ族と戦うために築かれたにしては、あまりにも不自然な代物だった。

 ……いや。

 この城の大きさは、大昔にサーズ族が今の10倍以上……1,000を超えるほどの戦士を有していたとしても、それでもまだ大き過ぎる。

 これは、数万規模の兵士が攻めてきた事態を想定し築かれた城としか思えない。


「古の時代……まだ塩の荒野がなかった時代に、べリア族が西方からの侵略者に備えて築き上げた城だとの話だ。

 その侵略者たちは十万を超えていたとの話は聞いている」


「……やっぱりか」


 突如、歴史に関する蘊蓄を語り出したバベルの言葉を聞いて、俺は天を仰ぐと大きく嘆息していた。

 その話を聞いてよくよく見れば、城壁はかなり昔に造られたものらしく……ところどころが痛んでいるのが分かる。

 だからと言って俺がどうこう出来るレベルの城壁じゃない事実は変わりやしないのだが。


「連中を追い出すことは出来ないか?」


「……難しいでしょうな。

 べリアの長である『最後の領主』とやらは猜疑心が強く慎重で残虐だと、捕虜から聞き出しております。

 それに、連中はこの城壁を何よりの頼りにしておりますから……」


「ちっ、厄介だな」


 バベルの話を聞いた俺は、近くに転がっていた人間大の岩塩の塊を掴むと……城壁目がけて放り投げてみた。

 だが、この辺りの岩塩は脆いのか、それとも単純に質量差があり過ぎるのか、城壁にぶつかった瞬間に岩塩は砕け散ってしまう。

 矢も届かない距離から一方的に城壁を砕く……そんな安全策はどうやら通用しないらしい。


「アレを破ることは、恐らく不可能でしょう。

 上手く誘い出すしか……」


 俺の放った岩塩が城壁にあっさりと砕かれたのを見たことで、あの城壁を攻略するのは不可能だと悟ったのだろう。

 恐る恐るという感じで進言してきたロトのその言葉に俺は頷くと、近くの岩を数発城壁の上から内部へと投げ込んでみる。

 捕虜から少々荒っぽい手段で聞き出した情報によると、あの城壁の向こう側には市街地があり、べリア族が暮らしているとのことである。

 その情報が正しければ、こうして遠くから俺が岩塊を投げ込み続ければ、遠くない内に家や市民が犠牲になることだろう。

 そして、突如飛んできた岩によって家が潰され家族の死を目の当たりにしたべリア族の連中は、岩が飛んできた方向の城壁の外には俺たちが……明らかに連中よりも数の少ないサーズ族が布陣していると気付き、怒りのあまりこちらへと突撃してきても不思議はない。

 ないのだが……


 ──出てこない、か。


 どうやら連中は多少の被害を無視してでも籠城を決め込む腹らしい。

 勿論、戦術的にはその方が正しいのだろう。

 映画なんかだと、若者なんかが暴発する形で突撃を敢行する展開が多く、俺自身もそれを期待していたのだが……その音沙汰すらもありやしない。


「……ちっ。

 こりゃ根競べか?」


「生憎だが、そんな水も食糧もないぞ」


 敵兵どころか矢の一本すらも飛んでこない城を見上げながらも俺は、如何にこの城壁を攻略すべきかと頭を悩ませつつそう呟くが……そこへサーズ族最強の戦士であるバベルが水を差してくる。


「てめぇ。

 最低限の食糧しか持ってこなかったな……」


「当たり前だろう。

 元々儂らには余裕がない。

 先日の戦いで手に入れた分は冬を迎えるための貯蓄として、皆に配ってきた。

 なので、手元にあるのは3日分のみだ」


 俺の怒気に対しても眉一つ動かさず涼しい顔をしたままのバベルに苛立ったものの……コイツを殴り殺してしまえば、サーズ族の統率そのものが取れないことくらい、俺でも分かる。

 俺は溜息を吐いて怒りを鎮めると……頭の中で策を練り始める。

 いや、実際のところ俺はそう頭が良い訳でもないのだが……それでも頑張って考えれば何か浮かぶはずだろう。

 こう……手元に水も食糧もない現状を解決しつつ、連中が城門から誘き出されるような、悪魔の如き名案を……


「よし、近くの村を襲うぞ。

 ……確か、幾つかあっただろう」


 何故かその、現代日本で生活している人間には思いつかないような、かつなその戦術プランは、まるで本当に悪魔が俺の脳裏に住み着いたかのように……すっと俺の頭の中に舞い降りてきたのだった。

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