第四章 第五話 ~ セレス=ミシディア ~


「……エリーゼにトドメを刺さなかったことを感謝いたします。

 破壊と殺戮の神ンディアナガルの化身よ」


「気にするな。

 正直、お前に憎まれると今後の調教が面倒と思っただけだ」


 馬上から舞い降り、口だけとは言え感謝の言葉を告げた金髪の戦巫女に対し、俺は意図して下卑た笑いを浮かべながらそう告げる。

 正直なところ、『調教』って言葉がアダルトなゲームみたいな響きを伴っていて、その言葉が放つ響きに酔っただけの……言わばただの虚勢だったのだが。

 そもそも、俺自身、女性経験なんて欠片もないからこそ、その手の創作的な知識だけが先行していたのは否定できない事実である。

 ちなみに、セレスが馬から飛び降りた時、白い足が太腿まで見えたことにより、彼女が握る神剣の脅威は既に俺の脳内からは飛び去ってしまっていた。

 早い話が……俺の脳みそは早くもこれから訪れるだろうで埋め尽くされていたのである。


「相変わらず、ですね」


「ふん、そう言うな。

 生憎とサーズ族は女不足なんでな」


「……英雄色を好むとは申しますが」


 さっきの何となく始めた露悪的な演技が続いている所為か、妙に格好つけた感が否めない俺の言葉を聞いても、セレスは以前のような嫌悪感を表には出さず、何処となく「仕方ないな」という雰囲気で俺に接してくれていた。

 二度も真剣で斬り結んだ所為か、彼女とは何故か……ちょっとだけ分かり合えた雰囲気がある。

 もしかしたら、俺が感じているその雰囲気はただの錯覚でしかなく……先ほど腹を刺された恨みを呑み込んで、エリーゼにトドメを刺さなかったことが功を奏しているだけかもしれないが。


「ま、お前が俺の下へと来るなら、今すぐの和平交渉にも応じてやるが?」


「──っ!」


 ……そう。

 この雰囲気が間違いじゃなければ……俺たちはのだ。

 不思議な感覚ではあるが、彼女が俺のことを分かり始めているように、俺も何となく彼女のことが分かってきている、ような気がしていた。

 だから、だろう。

 その直感が知らしてくれた「彼女が求めているだろう願い」を叶えるために俺はそう提案を口にし……俺の言葉を聞いたセレスは慌てて背後へと視線を向ける。

 彼女の視線の先では、勢いづいたサーズ族の戦士がべリア族の陣形を切り崩し続け……べリア族たちはその勢いに押されながらも、まだ何とか踏みとどまって戦闘を続けていた。

 戦場の様子を見て、劣勢ながらもまだ勝負は決していないと判断したのか、セレスは首を横に振ったかと思うと、神剣を正眼に構える。


「……ちっ、ダメ、か」


 神剣を向けられた俺はそう舌打ちを一つすると……手にしていた戦斧を身体の前面で構えて見せる。

 実のところ、俺には武術の心得なんてないので、見様見真似のそれっぽい振り回し易い構えを取っているだけでしかないが。


「……ええ。

 まだ私たちが負けると決まった訳ではありませんから」


 そうしてお互いが武器を構えたを合図として、俺と彼女は見つめ合いながら……静かに一足の距離を保ちつつ円を描くように歩を進めていた。

 お互いが切り込む隙を窺っているようなその円舞だったが、実のところ俺は眼前で神剣を構える戦巫女の隙を探っている訳ではなく……ただ彼女の身体へと視線を這わせているだけだった。

 純白のドレスに白銀の甲冑……それらの下にある、戦場にいるとは思えないほど白く綺麗な肌は、以前目の当たりにしたお陰で網膜にまだ焼き付いている。

 こうして重心を少しずつ変えながら歩き、神剣の角度を変える彼女の身体は、贅肉など一切なく……だけど女性的な膨らみは保つという理想的なスタイルをしていて、そのお蔭か、剣を構える様や足運びの一つ一つまでもが俺の目には美しく映る。

 ……そして。


 ──やっぱり、綺麗だな。


 何よりも俺を惹きつけているのは、その強い意志を放つ碧い瞳だった。

 宝石よりも輝くその瞳と視線を交わらせることで、俺は戦う目的を思い出し……戦斧に力を込める。

 鉄で造られている筈の戦斧が軋む音を響かせているが……生憎と身体の奥底から噴き出すような、この滾る気持ちを抑えきれない。

 お預けを食らい続け限界だった俺は、「彼女を自分のモノとする」という身体中を熱く焦がすこの欲望を、つま先から脳髄まで湧き上がり続けるこの衝動を抑えきれず……身体をこの場に縫い付けていた心のブレーキを今、手放す。


「いくぞぉおおおおおおおおおっ!」


 先手を取ったのは、衝動のままに動いた俺だった。

 ただ衝動に突き動かされるがままに渾身の力で振り下ろした俺の戦斧を、セレスは横に跳んで避けると……同時に横薙ぎに神剣を振ってくる。


「ちぃっ!」


 一度は食らって痛い目に遭ったお陰か、戦斧を躱された時点で反撃が来ると予想出来ていた俺は、戦斧が大地を叩くより前に大地を蹴って背後へと跳んでいた。

 その臆病とも言える反応の甲斐あって、彼女がカウンターとして振るった神剣の一撃は、ただラメラーアーマーの鉄板を一枚持っていくだけに終わる。

 そうして回避に成功した俺だったが、無理な回避が祟ったらしく体勢が崩れ立て直せそうにない。

 そう悟った俺は、せめて追撃されるのは防ごうと、その崩れた体勢のままで戦斧を横薙ぎに払うものの……その反撃までもを予期していたのか、セレスは追撃しようとはせず、既に戦斧の届かない位置まで一足跳びに退いてしまっている。


 ──相変わらず、速い。


 まるで実体が存在していないかのような戦巫女の速度に、俺は内心で舌を巻いていた。

 実際問題、これだけの速度差があると、何をしたところで俺の武器どころか指一本すら彼女に届きそうにない。


「今度はこちらから行きます!」


「……っ、来やがれっ!」


 そんな俺の躊躇いを察したのだろう、そう叫んだと同時にふと前傾したかに見えた戦巫女が、次の瞬間には手を伸ばせば触れあえるくらいの距離にいて……しかも、何故かへその辺りが俺の目と同じ高さにある。


 ──跳、ん?


 次の瞬間、俺はただの直勘というか本能的な行動で、戦斧を頭上へと持ち上げ……セレスの兜割を受け止めていた。

 受け止めた戦斧がミリ単位で欠けるが、そんなこと気にしてなどいられない。

 そもそも彼女が一体どういう原理で瞬間移動みたいな動きをしたかすら、俺にはさっぱり見当もつかないのだから。


「ぐ、くっ!」


 それでも兜割の一撃を何とか防ぐことに成功した俺は、そのまま押し返そうと手に力を込めるものの……そうして両足を大地に噛ませた次の瞬間には、彼女の重さがふっと消え……

 気付けば胴へと衝撃が走っていた。

 恐らく力比べは分が悪いと悟った金髪の戦巫女は、俺の押し返す力に抗わずに身体の力を抜き、直下へと落ちると、そのまま神剣を横に薙ぎ払ったらしい。

 そう理解した俺が戦斧を盾に押し返そうとして腕に力を籠めると……まさにそれを狙っていたかのように、戦斧の隙間から右腕へと神剣が飛んできているのが目に入る。


「ってぇっ!」


 勿論、俺とて案山子ではない。

 斬撃が見えた以上、無防備に斬撃を食らうような真似はせず、咄嗟に筋肉を締めたお陰か……神剣によって斬られたのは皮一枚だけで済んだ。

 しかし、相変わらず……


 ──まともにやって勝てる気がしねぇ。


 振う武器の速度が根本的に違う。

 身に付けた技術の年季が違う。

 そもそもの反応速度の次元が違う。

 くぐった場数の差がありすぎて読みの練度が違う。


 ──こちらの攻撃が全く当たりやしない。

 ──いや、かする気すらしねぇ。


 あまりにも大きなその差に、俺は泣き言を吐きたくなるものの……歯を食いしばり戦斧に力を込めることでその弱気を押し殺し、セレスの碧い瞳を睨みつける。

 そうして見つめ合っていると、圧倒的優位に推し進めている筈の彼女のその目も、俺と同じように不安で揺らいでいるのが窺える。

 必殺のハズの神剣の一撃を喰らってもなお平然としている俺の耐久力と、かするだけで勝負どころか命が消し飛ぶような戦斧の一撃は……彼女にとってもやはり脅威なのだろう。

 しかし、幾ら彼女が不安を感じていたところで、こちらの攻撃が当たらなければ勝てる筈もなく……だけど、ちょっとやそっとの小細工で当てられるほど、このセレスという名の戦巫女は容易い存在ではない。


 ──速度や技術を競ったところで、全く勝負にならない、か。


 少なくとも俺は、この数度の打ち合いで武器の駆け引きで勝利することを完全に諦めていた。

 だったら……相手に勝っている場所で勝負するしかない。


 ──ただ強く、更に強くっ!


 そうして、力のみを頼りとした、小指の先にまで渾身の力を込めて振う俺の戦斧は、やはりまたしても空を切る。

 だけど……今度はセレスがその大振りを紙一重で躱した後も、カウンターを放ってこなかった。

 彼女がただ息を整えているのか、それとも一撃の破壊力に気圧されてしまい、前に踏み出すのを躊躇ったのか。


「ならばっ!」


 彼女の不安げな表情からだと踏んだ俺は、このまま勢いで押し切るべく……更に両腕の力を込めて大きく踏み込み、大上段から縦一文字の一撃を振り下ろす。


「そこっ!」


 だが、その大振りの代償は、狙いすましたかのようなセレスの神剣によって逸らされ……直後にその刃が俺の頭頂部へと放たれていた。

 どうやら先ほどの躊躇いも、不安げな様子すらも、俺の大振りを誘うための演技だったのだろう。


「……ってぇええぇっ!」


 そのカウンターによる兜割の直撃を受けた俺は、思わずそんな悲鳴を上げていた。

 幸いにして無防備な頭頂部に食らうのではなく、顔を上げて額で受けたものの……頭に刃が当たった感触は腹に食らった時よりも痛みが酷い。

 幸いにして無防備な頭頂部に食らうのではなく、咄嗟に顔を上げて額で受けたものの……頭に刃が当たった感触は腹に食らった時よりも腕を斬られた時よりも痛みが遥かに大きい。

 俺は慌てて自分の額に手をやって怪我の様子を確かめてみたが……額が切れ多少の血が出ているものの、頭骨に異常はないようだった。


 ──だったら……命に別状はないっ!


「邪魔だ、こんなものっ!」


 俺は額から流れて来た血を袖で適当に拭うと、更に力を込めた一撃で斬られた借りを返そうと大振りの一撃を放ち、やはりカウンターを肩口へと食らう。


 ……そうして俺が一方的に切り刻まれる戦いをどれほどの時間続けたことだろう。


 何とか急所にだけは喰らわないようにしていたものの、俺の身体は皮膚一枚とは言え切り刻まれた所為であちこちから血が流れ落ちていて、足元の塩の荒野をも赤く染め始めていた。

 そうして暴れ回った所為で体力よりも先に心肺能力が限界に達したらしく、俺の口は獣のように荒い息を吐くことだけに全リソースを費やしていて既に言葉もなく、両腕も筋肉痛と無理な挙動を繰り返した所為で一振りの度に激痛が走り、膝も笑い続けていて重力に抗うことも難しい有様である。

 勿論、一撃で致命傷となる戦斧をそれほどの回数躱し続けていたセレスも無事で済む筈がなく……外傷こそまだないものの、攻撃と回避の度に胸を押さえて息を整えるのに必死になっている。


 ──だが、収穫はあった。


 俺が力づくで戦斧を振り回す度に、彼女の技が、体術がそれらを全て防ぎ切る。

 それは……彼女が今まで必死に培ってきた戦いの技であり、彼女が人生全てをかけて築き上げた技術そのものである。

 例えば、彼女の振るう聖剣はその膂力の無さを補うように、つま先から膝腰背中腕指先まで全てを連動させて速度を増す使い方をされている。

 しかも、ご丁寧に斬撃が始まる瞬間まで予備動作がないものだから、先を読むなんて素人の俺にはほぼ不可能であり……「速度を重視した振り」と「その予備動作を消す」という二つの相反する技術を両立させるのに、一体彼女がどれほどの鍛練を積んだことだろう。

 俺の戦斧を避ける動作にしても、体軸がブレることなく最小限の動きで戦斧の暴風域から身を躱し、しかも隙あらばカウンターを狙い続ける……触れただけで即死の凶器に晒されながらカウンターを実行するその度胸は、一体どれだけの修羅場を潜り抜ければ身につくものなのか。


 ──殺すには、惜しい。

 ──惜しいが、この戦斧を彼女に叩きつけて勝利したい。

 ──でも、彼女に戦斧が当たればたったの一撃で死んでしまう。


 そんな矛盾の塊のような思いが連鎖しながら、徐々に俺の中で強くなり続けていく。

 ……そう。

 俺は彼女から一刃を喰らう度、一撃を避けられる度……彼女にじわじわと惹かれていたのだ。

 いや、別に俺はマゾヒストという訳じゃない。

 ただ、現代社会の上辺っ面だけの会話や、顔も合わせないメールのやり取りなんかよりも遥かに濃厚で濃密な『殺し合い』という時間を俺たち二人は過ごしていたのだ。


 ──現実の戦場では、漫画やアニメみたいに分かり合える筈がないと思っていたが。


 こうやって殺し合いの最中であろうとも、間違いなく通じ合い理解し合える関係も築けるのだと……時代が変わろうとも世界が変わろうとも、人種が変わろうとも、人は人であってそう変わりないのだと。

 俺は戦斧の重みと神剣の鋭さとを通じ、そんな真理へと至っていた。


「まだまだっ!」


「なら、これはっ!」


 そうして体力の限界のところで睨み合っていた俺たちは、お互いに息がある程度整ったところで、またしても言葉よりも遥かに重い刃を振い合う。

 受ける振るう避けられる振るう斬られる斬られる斬られる避ける振るう殴る蹴る転がされる突かれる飛び起きる。

 振るう突く振るう避ける斬る避ける斬られる斬られる薙がれる避ける振るう。

 そんな中、疲労で動きが鈍った所為か、たったの一度だけ彼女の脇腹を戦斧の先がかすめ、皮一枚を切り裂いて血が舞ったものの……戦い慣れてるらしき戦巫女は、その程度の傷では怯みすらしなかった。

 ただ俺が彼女の5倍切り刻まれる羽目に陥っただけに終わる。

 そうして、俺と彼女とが紡ぎ出す剣風の竜巻が荒れ狂い、お互いの血と汗と、そして大地から噴き上がった塩の粉塵とが飛び交う、そんな最中のことだった。


「……ん?」


 ふと気付くと、サーズ族とべリア族の戦争はいつの間にやら終わっていて……彼らはただ俺たち二人の一騎討ちを見守るようになっていた。


 ──ったく、人任せかよっ!


 そうして殺し合っている両集団に見守られる中、俺はそう毒づきながらも戦斧を振るい……横一文字の斬撃を額へと喰らう。


「ぃてぇっ!」


 額が斬られる痛みに耐えながらも、俺が反撃にと戦斧を横薙ぎに振り回し……金髪の戦巫女は何度も繰り返し見せた動きで、背後へと跳んでその戦斧の一撃を躱す。

 ……その時、だった。

 俺の戦斧を背後に跳んで躱したセレスの身体が、この戦いの最中に俺の戦斧で砕かれた塩の荒野の大地の一部……ほんの小石程度の岩砕に足を取られ……

 ほんの一瞬だけ、傾いでいた。


「~~~っ、今だぁああああああっ!」


 この瞬間こそ、勝負時だと感じ取った俺は、戦斧を手放し、数度の叩きつけによって幾本ものひびが入り、少しだけ浮いているような足元の、数センチほどの亀裂へと両手を差し込むと……塩が岩のように固まっているそのをただ力任せに


「……えっ?」


 適当に掴み上げたその塩の大地は……いや、荒野に埋もれていた岩塩の塊は、長さ5メートル、幅2メートル、厚さ1メートルほどもあり……そのあまりにもあり得ない光景に戸惑ったのか、一瞬だけセレスの動きが止まってしまう。

 幾ら彼女が歴戦の勇士だったとしても、それは仕方がないことだろう。

 むしろ戦場に何度も出ることで腕自慢の男たちを目の当たりにしてきたからこそ、俺が身の丈どころか自分の数倍もある岩を持ち上げている……この光景が信じられない筈だ。


「~~~~っ?」


 そうして彼女が呆けていたのはコンマ数秒にも満たない時間であり……俺がその岩塊をどうするか即座に悟ったのだろう。

 俺の手から零れ落ちた岩塊が、この星の重力にひかれ彼女の身体を押し潰さんと直下へと加速し始めようとした、その瞬間……予知能力と言わんばかりの反応を見せた金髪の戦巫女は、崩れた態勢のまま強引に塩の荒野を蹴って身体を投げ出し……見事、岩塊の直下から逃れることに成功していた。

 個人的には「足の一本くらいはへし折って動きを封じれれば」と考えて岩塊を持ち上げたので、この攻撃は失敗に終わったとも言える。

 ……だけど。


「貰ったぁああああああっ!」


「しまっっ!」


 岩塊から跳んで逃れたセレス目掛け、俺は体裁もメンツも自分の身体が汚れることも意に介さず、身体ごと投げ出す形で何とか彼女へと飛びつき、その細い足首を掴むことに成功する。

 ……そう。

 俺の本命は……その緊急回避直後の硬直にこそあったのだ。


「は、離し……」


 勿論、彼女は必死の抵抗とばかりに神剣を俺の手に二度三度と突き立ててきて、その度に皮膚が裂け血が飛び散るものの……今の覚悟が決まった俺は、その程度の痛みに怯む筈もない。

 歯を食いしばることで斬られる痛みを意識から外した俺は、彼女の足首を握ったまま身体を起こすと、手の力だけで彼女の身体を持ち上げ……


「大人しく、しやがれっ!」


 そう叫びながら、真下の地面へと叩き付けていた。


「かっ……はっ!」


 勿論、叩きつけると言っても流石に手加減はしていたので、彼女の身体が砕け散ることはなく……しかも衝撃の直前に後頭部を庇うことに成功した彼女のダメージは俺の予想よりも遥かに小さかったのだろう。

 事実、叩き付けられた時の凄まじい衝撃と痛みを喰らっても、セレス=ミシディアのその碧い瞳は「負けるものか」という強い意志の光を放っていた。

 だけど……幾ら彼女が戦意を失っていなくても、残念ながら強い衝撃を受けた彼女の身体はその意思を酌んではくれないらしい。

 あれだけ見事な動きを見せていた彼女の脚は、俺のたったの一撃でただ塩を蹴ることしか出来なくなり……

 あれだけ多彩な剣技を誇っていた彼女の腕は、俺のたった一撃でただ塩を掻くことしか出来なくなっていた。

 ……そう。

 先ほどの一撃を受けてもなお、この戦巫女はまだ聖剣をこそ手放さなかったものの……彼女の身体は、もはや立ち上がることすら叶わなかったのだ。

 そして、動かない身体を前に、ようやく負けを認めたのだろう。

 セレスの手から力が抜け……その手から神剣が零れ落ちる。


「俺の、勝ちだっ!」


 そんな戦巫女を見下ろしながらも俺は、頬に走る切り傷からの血を袖口で拭い、身体の奥底から湧いてくる衝動に突き動かされるがまま、そう叫んでいた。

 達成感と優越感と安堵とを混ぜ合わせた、俺の人生にはあまり縁のなかった感情が身体の奥からとめどなく溢れ出てくるのだ。

 ……もしも込み上げてくるこの感情に名前を付けるならば、「勝利の味」とでも呼ぶのだろうか。


「さぁ、俺の女になれ、セレス=ミシディア。

 なんだったら、べリア族との講和の席を設けても良い」


 その激情の所為だろう。

 気付けば俺は、何の算段もないままに、サーズ族とべリア族が見守っている最中ということも忘れ、ついそんなことを口走っていた。


「なっ、それはっ!」


「破壊と殺戮の神よっ!

 幾らなんでも、それはっ!」


 今まで皆殺しの憂き目に遭っていたサーズ族からは、俺が口にした「講和」という単語に対し、当然のように異論が上がる。

 ……だけど。


「黙れっ!

 この俺に逆らうつもりかっ!」


 勝利の熱に浮かされたままの俺は、脳裏にある万能感とでも言うべき感覚に突き動かされ……反論する連中を一喝するだけで黙らせていた。

 いや、実際のところ、気持ちでは「講和なんて冗談じゃない」と思っているサーズ族の戦士たちにしても、「これ以上の戦いは無理だ」と分かっているのだろう。

 事実、彼らは良い顔はしていなかったものの、誰一人として俺の講和に異を唱えるヤツは出てこなかった。


 ──上手く、行ったか。


 傷だらけの俺の身体を眺めていた金髪の戦巫女は、視線を移してサーズ族の悔しそうな、だけど納得を見せる表情を一瞥し……

 そして次に、サーズ族よりも傷ついて「これ以上の戦闘は不可能」と明らかに分かるべリア族の連中へと視線を向けると、泣きそうな表情を浮かべてみせる。

 ……だけど。

 それもほんの一瞬のことだった。


「~~~っ、くっ。

 ……分かりました。

 私は、貴方に……従い、ます。

 ですが、どうか、貴方様の、御慈悲により……べリア族の戦士たちを……」


 そしてようやくセレスの、金髪碧眼の美少女の艶やかな唇から「肢体を捧げる」という意図の、降伏の言葉がついに囁かれる。


 ──ははっ、やった!

 ──ついに、手に入れたっ!


 不承不承とは言え彼女が囁いた降伏の言葉に、俺は歓喜と同時に興奮を隠しきれなかった。


 ──だって、仕方がないだろう?

 ──この美少女を、これから好きにして良いというお墨付きを本人からもらったんだぜ?


 ……好きにする。

 つまり、スカートをめくり、あの鋼鉄の貞操帯を剥いで、未だに見たことのないその奥を自由にして良いと許可を得たのだ。

 いや、それだけじゃない。

 前に一度見たあの真っ白い胸を好き放題に触って揉んで舐めて引っ張って突いてと、そういうことも今夜の俺には可能なのだ。


 ──これから、何を、しようか?


 それ以上に、いっそ傾国と呼んでも差し支えないあの綺麗な顔の、小さい桜色の唇に吸い付いても良いし、もっともっと凄いことを……保健体育的に言うと子供が出来ちゃうようなことをしても良いのである。


「はぁっ、はぁっ、はぁぁぁぁぁぁっ」


 俺は興奮のためか、疲労のためか、緊張のためか……知らず知らずの内に荒くなっていた息を必死に整えようと、大きく息を吐き出していた。

 だけど……胸の動悸は全く収まる様子を見せてくれない。

 緊張からだろう、指先どころか手首を超えて肘辺りまで血の気が引いたかのように感覚が全くなく、膝はがくがくと震え続けていて……この症状が疲労の所為なのか緊張の所為なのかすら、今の俺にはよく分からない。

 ただ、このセレス=ミシディアという美少女が俺に屈したということだけは明らかな事実であり……彼女も疲労の所為か、それとも近い将来自分の身に訪れるだろう出来事を思い浮かべた所為か、顔を赤らめ目を潤ませていて……

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