第四章 第四話 ~ 力の差 ~
戦巫女であるエリーゼが、あと数秒後には俺に聖槍を斬りつけられる距離まで迫ってきた、その時。
「……しまったっ?」
そんなエリーゼの少し後ろからこちらへと進んでいた、同じ戦巫女であるセレスが不意にそんな悲鳴を上げていた。
……恐らく俺の背後から飛び続けている矢の数が、サーズ族の総数と比べると非常に少ないことに今更ながらに気付いたのだろう。
俺が放ち続けていた凶器群の速度と威力は共に人智を超越していて、次から次へと当たった人体が無惨にも砕け散る……そんな死の嵐に晒されながら必死に突撃していたべリア族の兵士たちは気付きづらかったのだろうが……実際のところ、俺の背後には30人くらいしか残っていない。
「……ちょっと、気付くのが遅かったな」
慌てふためいた戦巫女の叫びに、次弾として曲刀を投げるべく振りかぶっていた俺が、そう小さく笑った……ちょうどその時だった。
連中が突撃し始めた当初は、サーズ族が敷いていた横陣の、左右の端に位置取っていたバベルとギデオンの二人は、ある程度距離が縮んだところで離脱していたのだ。
勿論、べリア族の連中に気付かれないように弧を描く形で盆地の上を進んだ上で、鶴翼で突っ込んできたべリア族の横腹へと、鋒矢の陣……矢印を描くような陣形で突っ込んでいたのである。
「……くっ?」
激高するあまり突撃しか頭にないエリーゼは兎も角、彼女の後ろで血相を変えているセレスにはその重大性が分かるのだろう。
正直なところ、まだ600は下回ってないベリア族の兵士たちに比べると、突撃をかけたサーズ族の兵士は満身創痍に近く装備も貧弱……その上、俺の背後に弓兵を30も残しているため、現在進行形で突撃している連中はたったの120人しかいない。
……それでも。
恐怖に突き動かされ、戦巫女が率いる無理な突撃に唯一の望みを抱くことで何とか精神の均衡を保っていたべリア族の兵士たちにとって……突然自分が直接刃に晒されるその横殴りは、唯一の希望が絶たれたに等しい衝撃だったのだろう。
動揺のあまり一瞬で統率が崩れたべリア族が、サーズ族の突撃に対しほぼ無抵抗に陣を崩され打ち倒されていくのが俺からは良く見える。
「エリーゼ!
此処は私に任せて、早く救援にっ!」
「……いいえっ!」
俺とほぼ同じ高さに位置まで登ってきたからこそ、眼下で崩れている同胞の様子が良く見えるのだろう……慌てた様子を隠そうともしないセレスのそんな悲鳴に返ってきたのは、妹分の戦巫女が放つ断固とした否定の言葉だった。
「ここでコイツを殺ればっ!
我々の勝利は揺るぎません!」
「……っ」
その断固とした声に、半ば恐慌に陥っていたセレスも我に返ってしまったらしい。
……いや、もしくは覚悟を決めた、というべきか。
神剣と神槍……俺を傷つけられる武器を構えた二人の戦巫女は、静かな目で俺を見据えると……高らかに声を張り上げる。
「破壊と殺戮の神ンディアナガル!
貴方の暴挙もここまでです!」
「我ら創造神ラーウェアの巫女がっ、お前に引導を渡してやる!」
二人の戦巫女たちはそう吠えたかと思うと二手に分かれ、タイミングを合わせるかのように視線を合わせるや否や、左右から同時に俺へと突き進んできた。
二方向から挟撃することで俺の狙いを絞らせないばかりか、防御の手間を増やそうとする作戦に違いない。
……だが、しかし。
今日は俺も、彼女たち戦巫女への対処法はいくつかのパターンに分けて練って来ている……その予測の中には、こうして「二人を同時に相手する」という最悪の可能性も当然のようにあったのだ。
「させるかよっ!」
俺はそう吠えると、手にしていた曲刀を大きく振りかぶり、セレス目掛けて放り投げる。
と同時に、左手で荷車の上にあった棍棒を掴み、エリーゼの方へとぶん投げる。
そうして手にした武器を、ただ腕の力に任せ、それぞれ右へ左へと放り投げ続ける。
……そう。
要するに、幾ら危険な武器を持っているならば……彼女たちを近づけさせなければ良いのだ。
──どんなに強力な槍だろうと剣だろうとっ!
──当たらなければどうということはない!
俺は心の中でどこかの覆面のモビルスーツ乗りの如くそう叫びながら、一撃でも当たれば致命傷となる武具を次から次へと投擲し続ける。
一撃の威力は抑え目にし、ただ手数を増やすことで、彼女たちの防御を押し切る……それこそが今回の戦いに向けて俺が立てた、二人の戦巫女を同時に相手するパターンでの作戦だった。
……だけど。
──くっ。
──もう、武器がっ!
セレスとエリーゼ……二人の戦巫女は、俺が思っていたよりも遥かに手強い存在だったらしい。
荷車の上に積んであった百を超える兵器全てを放り投げても……彼女たちには傷一つさえ負わせることは叶わなかったのだ。
──手数よりも、威力を重視した方が良かったか?
──いや、左右均等に投げるより、片方を手数で潰した方が……
そんな後悔が一瞬俺の頭を過るものの、既に投げる武器を失ってしまった俺にはもはやどうすることも出来やしない。
仕方なく俺は武器を積んでいた荷車を片手で掴むと、足止めとしてセレスの方へと続けて投げ放つことで、二人の戦巫女の連携だけは断ち切ると……最後に一つ残った、身の丈を超えるようないつもの戦斧を手に取り……
──多少の怪我は、仕方ないっ!
そう覚悟を決める。
今日の俺は、彼女たちを打ちのめすために流血を厭うつもりはないのだ。
勿論、積極的に斬られたくはないので頑張って策を練ってみたのだが……その効果が見込めなかった以上、多少切り刻まれるのは仕方ないだろう。
そうして痛みを覚悟し、逃げることも自分で禁じた俺は、足を大きく開くと戦斧を両手に掴み、正眼に構える。
「……小細工は終わり?
神様の化身ともあろう者が、見苦しい」
今になってようやく戦斧を手に覚悟を決めた俺を騎上から眺めながら、眼前にまで迫ってきたエリーゼという名の戦巫女がそう哂う。
俺が昨夜一晩で考えた、大量の武器を投擲する「兵器の雨」作戦が、ただの苦し紛れに終わり、こうして距離を詰めた今……彼女は自分の勝利を確信しているのだろう。
彼女の優越感に歪んだ笑みは、自分の優位を信じ切っている、クラスでたまに見るいじめっ子の笑みと同じだった。
「……平坦な小娘には用なんざない。
とっと失せろ」
「んなっ!」
だからこそ俺は、荷車を避けるため馬を捨て、こちらへと走ってきているセレスの方へと視線を向け続け、近づいてきたエリーゼには「こんな小娘なんぞ眼中にない」と言わんばかりの態度でただ一瞥するだけに留め……そう吐き捨てる。
この挑発は非常に有効だったようで……未だに幼さの残る戦巫女はあっさりと激昂して槍を手に、騎乗したまま一直線に襲い掛かってきた。
……もし彼女は冷静さを保ち、同じ戦巫女であるセレスと足並みを揃えて襲い掛かってきた場合、俺は少しばかり苦境に立たされたと思うが……まぁ、それをさせないための挑発である。
「ふざけるなっ!」
「かかっ!」
そうして怒髪天を突く勢いで、騎馬を駆り一直線に神槍を突き刺してきたエリーゼのその一撃を……俺は腹筋を締めて防ぐ。
──つぅっ。
その凄まじい膂力と速度、そして神槍とやらの切れ味が、容赦なく俺の腹を……いや、腹の皮膚を確実に貫いたのが分かる。
だけど……覚悟を決めた俺は、腹筋に渾身の力を込めていた俺は、たかが皮一枚を貫かれた程度の痛みでは動じやしない。
ずしんと腹の奥まで響いた衝撃と、刃が身体の内側に入ってくる痛みとを、無理やり意識から外したまま……俺は腹に突き刺さった神槍を左手で握る。
「てめぇなんぞに、用はねぇっ!」
「ちょ、ちょっと……きゃああああああああああ!」
そうして掴んだ神槍を渾身の力で左手一本の力だけで持ち上げた俺は、馬から引き剥がされてもまだ槍を手放さなかったエリーゼをそのまま直下へ……塩の荒野へと叩き付ける。
──如何に凄まじい膂力を誇る戦巫女だろうと、所詮は人間。
しかもまだ十代半ばの……少しばかり発育の遅い小娘である。
たとえ俺が左手一本しか使っておらず、彼女は両手で槍を掴んでいるというハンデがあったとしても……
──破壊と殺戮の神と呼ばれるこの俺と力比べをして、勝てる訳がない。
流石は戦巫女と言うべきか。
地面に叩きつけられる寸前にエリーゼは、槍を手放して受け身を取ったようだが……それでも破壊と殺戮の神と呼ばれ、それに相応しい膂力を得た俺の渾身の力は人間のそれとは桁が違う。
ただの左手一本の力をもって武器ごと地面に叩きつけられたその衝撃だけで、サーズ族にあれだけ恐れられていた戦巫女の一人は肺胞の息を全て吐き出し……完全に動きを止めていた。
そんな少女に向けて俺は右手に持っていた戦斧を振り上げ、渾身の力を込めたトドメの一撃を……
「……ふん。
乳もない
……叩き付け、なかった。
「な、なっ、なっ!」
俺は振り下ろしていた必殺の戦斧を彼女の眼前……ほんの紙一重という距離で止めると、「小娘なんぞ相手にもしていない」という様子を装いながら、何とかそう吐き捨てる。
──危な、かったぁ。
そう装ってはいたものの……正直なところ、俺は額に冷や汗を浮かべていた。
効かないことが分かっていたかのように、余裕の姿勢で神槍を腹で受け止めたのはしたものの、それは「腹筋を固めたら貫かれない気がした」というただの勘だけが根拠の行動であり……冷静さが戻ってきた今、その筋肉信仰には何の確証もなかった事実に気付いてしまったのだ。
一応は腹筋で受け止めはしたが……彼女の膂力は尋常ではなく、腹に一センチほど突き刺さった感覚がある。
事実、刺されたところはずきずきと激痛が響き続けているし、シャツの中で感じるぬるっとした感触から推測するとけっこうな量の血が出ているようだった。
──右腕も、痛ぇ。
ついでに言うと、怒りに任せてトドメを刺そうと戦斧を振るったところまでは良かったのだ。
とは言え、幾ら厄介な武器を振り回していた危険人物だったとしても、無力化して脅えた視線をこちらへと向けている小娘に平然とトドメを刺せるほど、俺は冷酷でもなければ人間性を失ってもいない。
正直、彼女の視線に気付いた俺は右手の筋力を総動員して必死に戦斧を抑え込んだのだが、それも止められるかどうかギリギリのタイミングであり……今の俺は、彼女の額まで数ミリという距離で止まってくれたこの戦斧と右腕とを抱きしめたい衝動に駆られている。
尤も、その強引な制動による無理が祟ったのか、右腕の筋肉が断絶しそうなほど痛み続けていたが。
──しかし……コレ、どうしたものか。
俺は半ば勢いで取り上げただけの……こうして握っているだけで左の手のひらが焼けるように熱い、鬱陶しい以外の感想を抱けない神槍を睨みつける。
神剣には肩口を斬られ、今回の神槍には腹を突き刺され、こうして触るだけで皮膚が焼けるような感触を味わわされる……どうやら無敵と思われた破壊と殺戮の神とやらが、この手の神シリーズの武器に弱いのは確実だった。
この武器が誰でも使えるとは思わないものの……誰かに使われると厄介極まりない武器である以上、捨て置く訳にもいかない。
……適当に放り投げて捨てても探し出されるのがオチだろう。
かと言ってへし折ろうにも、無敵モード中の俺の身体を貫くほどの強度を持つ武器である以上、下手に力を籠めれば俺の手の方が壊れかねない。
「お、そうだ」
結局俺は、渾身の力を込めてエリーゼを叩きつけても凹みもしてない頑丈な足元へと、神槍を全力で突き刺すことにした。
俺の膂力によって柄の九割方までもが地面の中に埋没してしまった神槍は、どう頑張ってもコレを力で引き抜くことは叶わない、まさに選ばれし者のみが使える武器となり果てている。
──取りあえずは、これで良しと。
もしかすると、周りをコツコツ削って引き抜くヤツや、アーサー王の伝説のようにこの槍をするりと引き抜く人間が現れるかもしれないが……少なくともこの戦闘中にそんなヤツが現れるとは思えない。
戦いが終わった後で、もっと頑丈そうな巨石を探してそこへ埋め直せば良いだろう。
そうして聖槍を封じ込めた俺は、一仕事終えた気分で軽く息を一つ吐くと……
「さぁ、次はお前だっ!
セレス=ミシディア!」
神剣を手にしたまま妹分を助けようとこちらへ向かってきていた戦巫女へと、俺はそう叫んだのだった。
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