第四章 第二話 ~ 覚悟 ~
俺が送還の儀を受けてこの塩の荒野に埋め尽くされている世界から逃げ出すまでに要する日数は7日と聞いた。
そして……その話を聞いてチェルダーが準備を始めた日から数えて、略奪に行って1日、逆襲に遭って1日、3日目4日目は平和な日で、そして今日が5日目となる。
明後日の……べリア族が挑んでくる決戦とやらがちょうど7日目。
つまり明後日の決戦で死ぬことなく、そしてサーズ族の送還の儀を執り行う黒衣の神官共を護り切らなければ……家に帰りたいという俺の望みは叶わないことになる。
──くそったれがっ!
──何なんだよ、この状況はっ!
儘らない現実を前に歯噛みした俺は、苛立ちまぎれに近くの柱を力任せにぶん殴り……神の化身と言われている俺の拳は、直径が人の伸長ほどもある大理石か何かの巨大な柱を、大した抵抗もなく軽々と破壊していた。
そして……当然のことではあるが、そうして八つ当たりしたところで何か状況が変わる筈もない。
「ひぃっ、破壊と殺戮の神ンディアナガル様っ。
な、なな何か、そその……ご不満でもっ?」
事実、衝動的に振るった俺の八つ当たりは、ただ近くの神官を脅えさせただけで、何の解決にもならなかった。
何しろ無敵の力を手にした所為で、柱を殴ったその感触すら朧気なのだから、幾ら力を振るおうがストレス解消にすらなりやしない。
その事実に俺は唾を吐き捨て、恐怖に脅える神官を無視して自室へと戻る。
「……はぁ、どうしたものか」
部屋に戻って鬱陶しい学生服を脱いだ俺は、先日斬られた傷をなぞりながらそう呟いていた。
もう瘡蓋すらも剥がれ落ちたらしいその傷跡は、痛みどころか皮膚の瘡蓋跡すらも消えかけていて……それを見る限り、俺が戦争を忌避する理由はないように思えてくる。
──だけど、なぁ。
それでも、俺が斬られて、怪我をしたという事実は変わらないのだ。
──怪我はしたくない。
──だけど帰りたい。
──でも、帰るためには無傷じゃいられない。
俺はその二律背反とも言える命題にずっと頭を悩ましていて……未だに結論を出せずにいた。
実際のところ、帰るために戦わなければならないことは理解しているのだから、「痛い思いをする覚悟が決まらない」のが正解なのだろう。
「っと、よしよし」
そうして悩んでいる最中、手持無沙汰だった俺は近くで中空を眺めていた少女に手を伸ばし、抵抗一つしない少女を腕の中へと抱き寄せる。
この名前も知らない心の壊れた少女はこう見えて抱き心地が良く、ここ数日の間、抱き枕として重宝していた。
ただ、相変わらずその視線は何処を見ているかも分からず、抱き寄せることに抵抗も何もなく、そしてそれが治るような気配すらも見受けられず……どうしても俺は、この少女を人間として見ることが出来ない。
ついでに言えば、女性特有の香りよりも下の始末すら儘ならないことによる小便臭さが鼻に突く始末で、人間というよりはペットに近く……ただ性欲に任せて一発ヤろうとか、そういう類の気持ちは一切湧かなかった。
「……あ~あ。
やっぱりコイツじゃなくて、だな」
俺は少女の頭を撫でながら、俺よりも少しばかり高い体温を感じながら、何気なくそう呟いていた。
……そんな俺の脳裏にあったのは、やはりあの金髪の戦巫女の姿だった。
現代日本のアイドルとしても通用するほどに整った顔、声優にもなれそうな凛とした声、アスリート並に鍛え上げられている引き締まった手足……そして何より先日見せて頂いた、小さくもなくだけど大き過ぎず白く柔らかそうで滑らかで、中身の詰まって弾力と張りのある、あの素晴らしきおっぱい。
今触れている少女の、こんな膨らんでいるかどうか分からないような、真っ平らな胸じゃなく……しかもこうして胸だろうと太腿だろうと触れても反応すらしない、壊れてしまった少女なんかじゃなくて……
「……アレが、欲しいな」
俺は、脳内に収録されている、先日の戦闘記録を引っ張り出して再生しつつ……小さくそう呟きを零す。
斬られたのは確かに痛かった。
驚くほどに血も出たし、皮膚が刃物に裂かれるあの感触は、思い出すだけで身体を竦めてしまうほど恐ろしく……正直、もう二度と斬られたくないと心底思う。
──だけど。
……アレを手に入れずに帰るのは、もっと痛いんじゃないだろうか?
「もしこのまま日本に帰ったら……アレは、二度と手に入れられないんだぞ?」
……そう。
あんな美少女……地球全体で探し回ったところで、見つけられないほどの希少種である。
元の世界では彼女なんていたこともなく、もてる要素なんて欠片もない俺では、声をかけるだけで憚られる……縁なんて欠片もない絶世の美少女なのだ。
そんな相手を、力任せに好き勝手しても構わない。
──しかも何をヤッたところで、警察には捕まらない。
帰った後では、世界中の何処を探したところでそんな場所、絶対にある筈ないと断言できる。
「……そう、だよな」
そう結論付けたところで、自然と俺の覚悟は決まっていた。
──所詮は皮一枚なんだ。
──多少斬られようが、知ったことか。
欲しいモノが手に入るのだ。
……ちょっとした怪我なんかに怯んでなどいられない。
そもそも怪我と言ってもちょっとカッターで斬られる程度なのだ。
茨の藪へ飛び込むだけで女の子を口説けると思えば……いや、女の子に好き勝手出来ると思えば、その程度の怪我くらい我慢してみせる。
少なくとも現代日本の俺ならば、女の子と付き合えるとあれば骨の一本くらいまでなら許容していただろう。
──ああ、そうと決まれば明後日が楽しみだ、な。
そうして覚悟が決まると、先ほどまで脅えていたのが嘘のように、恐怖は自然とどこかへ去ってしまっていた。
俺は相変わらず反応すらしない少女を膝の上に抱きかかえながら、あの戦巫女の技と速度に対抗するための策を、脳裏で練り始めたのだった。
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