第四章 ~ 惨劇の戦場 ~

第四章 第一話 ~ 軍議 ~


 俺たちがべリア族の拠点を襲撃し、そして反撃を押し返してから早くも2日が経過していた。

 怪我をすると分かってからの俺は積極的に戦争に絡もうとは思わなかったし……バベルを始めとするサーズ族の連中も飢えて死なないだけの食糧が手に入った今、無理して戦う必要もないと判断しているのだろう。

 昨日今日とこの二日間非常に平和で、飯が不味いことと水がろくにないこと、風呂に入れないこと、クソ暑いのにクーラーすらないこと……そしてろくな女がいないことを除けば、それなりに平和な日々だった。


 ──だけど。


 それはあくまでも食料を奪った側の話でしかなく、食糧を奪われた側……つまりべリア族にとっては俺たちの平和など知ったことではないのが本音だろう。

 斥候からの情報によると、彼らは周辺各地から兵力を結集し、サーズ族に対して全面戦争を仕掛けるべく準備をしているようだった。

 どうやら一方的に奪われるだけの存在だったサーズ族が、今回彼らの村を襲ったことで……べリア族にとってはサーズ族という存在が絞りたいだけ搾り取れるから昇格し、『絶対に叩き潰さなければならない』へと進化したらしい。


「……身勝手なことだ」


 俺はそろそろ慣れてきた塩辛いだけの干し肉を齧りながら、そう呟く。

 今まで殴りたいだけ殴り、奪いたいだけ奪っていた相手がやり返してきたからと言って、それを因果応報とは考えず、徹底的に叩こうとしているのだ。

 ……この戦いの第三者でしかない俺から見れば、べリア族という奴らは酷く自分勝手な手合いらしい。


「何か、申しましたか?」


「……いや、何でもない」


 何気なく俺の呟きを聞きつけたロトが尋ねてきたものの……俺は首を横に振ることで、彼の追及を誤魔化していた。

 何故戦闘以外に接点のないロトが俺と同じ場所にいるかと言うと、俺たちは今、我が破壊と殺戮の神を祀った神殿内で軍議中であり……現在進行形でバベルやロト、ゲオルグ他十名ほどが、地図を片手にしきりにべリア族の襲撃を迎え撃つ方法について討論を繰り返している最中だったから、である。

 そして、この戦いに俺は、そんな連中の作戦討論が空回りするのを肉を齧りながら聞き流していたのだった。


 ──作戦、と言うか、罵詈雑言と言うか。

 ──決まる筈もない空論と言うか。


 現実問題として、サーズ族の総兵力は老若や怪我の有無を無視し男衆をかき集めたところで150が限界なのに対し……攻めてくるべリア族が総力戦を挑んで来れば700から800は動かせるのだ。

 勿論、拠点に非戦闘員を残しているべリア族が総力戦を挑んでくる訳もなく、恐らくは500弱に落ち着くだろう、というのが彼らの予想ではあるのだが。


 ──最低に見積もっても、こちらの3倍超。

 ──しかも、装備も練度も相手が上、と。


 俺が軍議という名の罵倒合戦を聞き流しているのも当然で、さっきから延々と続けられる軍議を一言でまとめると……これほど戦力差があり、装備と練度までも差が明確である以上、「如何なる策を講じても無駄」という結論で終わってしまうのだ。

 それでも座して死を待つ訳にもいかないサーズ族は、ただ策と言えない暴論や妄想を語るばかりで……この軍議が始まってから、もう一時間以上が無駄に過ぎ去っている。


「……さて、何か質問は?」


 そして、軍議を仕切っているバベル自身もそろそろ無駄な時間を過ごすのが嫌になってきているのだろう。

 何処となく投げやりな口調のまま、軍議の締めとしてそう全員に問いかける。


「……やはり、討って出るしかないのか?」


「ああ、この集落は籠城には向いてない。

 籠城したところで、ただ女子供を巻き添えにするだけだろう」


 髭を生やした男が口にしたその問いを耳にしたバベルは、不機嫌を隠すことなく吐き捨てるような口調で、そう大きく頷いていた。

 実際問題、この話はもう五度目であり……要するにこの髭面はただ覚悟が決まらないというだけでしかない。

 そんなチキン野郎に時間を費やすことなんて、無駄以外の何物でもないのに、サーズ族の総力戦となる以上、意思統一を無視する訳もにいかず……だからこそバベルは無駄と分かっていつつも同じ回答を繰り返しているである。


「そもそも籠城とは援軍が来るのが前提だろうが。

 意味もなく追い詰められて、一体何になるってんだ」


 そして、俺と同じようにこの問答が嫌になってきているのだろう、隻眼の巨漢であるギデオンのヤツも不機嫌そうにそう吐き捨てていた。

 未だに片手は添え木をして吊ったままではあるが、絶望的な戦いを前にしつつここまで太々しい態度を取れるのは、一種の才能と言っても過言ではないだろう。


「それに……」


 そうして覚悟が決まり切らない髭面が黙り込んだのを見計らったバベルが、ふと俺の方へと視線を向けた。


「籠城では、破壊と殺戮の神ンディアナガルの化身。

 ……その御力を発揮しきれないだろう」


 バベルの言葉を聞いた男たちの視線が集まるのを感じながら、俺は「軍議中にそんなこと言っていたっけな」と思い出しつつも肩を軽く竦めて見せる。

 彼らの弁によると、無敵の存在である俺の力は、野戦……しかも見通しの良い中でこそ役立つ、らしい。

 どんな攻撃をも跳ね返す無敵の兵士が、凄まじい膂力をもって殺戮を繰り返すその光景は、それだけで自軍を鼓舞し……そして、無敵の兵士は敵軍に恐怖という病を容易く伝染させ、抵抗する意思そのものを削ぐ、というのが彼らの主張である。

 勿論、数度の戦いを経験した俺には、彼らが言いたいことは分かる。

 分かるのだが……


 ──無敵なら兎も角、痛い思いをするんだ。

 ──正直、やってられねぇ。


 俺は袈裟懸けに斬られた傷跡を……もう痛みどころか瘡蓋しか残っていない刀傷をなぞりながら、内心で小さくそう呟く。

 ……そう。

 俺は正直に言ってあの一撃を食らって以降、もう戦いたいなんて思っていなかった。


 ──何しろ、殺されるかもしれないのだ。


 一方的に無敵モードで殺戮出来る身体があったからこそ、物資・兵力のどちらも圧倒的不利なサーズ族側に加担していてなお、お気楽気分で戦い続けていられたのだ。


 ──殺されると分かれば、こんな無理ゲー、やる気にもならない。


 そう思いつつもまだ帰れない以上、戦争に参加せざるを得ない俺は、そこまでやる気がある訳でもなく……黒マントの連中が持ってきたいつもの塩辛い臓物のスープをすすりながら、サーズ族の乾坤一擲の特攻作戦が形になっていくのをただぼんやりと眺めていた。

 とは言え、兵力の差、装備の差、士気の差……何から何まで絶望的なこの状況で、そう明るい話なんてある訳もない。

 サーズ族の戦士たち……この場にいる連中は雑兵より少しは上のヤツらばかりなのだが、下手に知恵がある所為か、彼らの表情はどれもこれも絶望のどん底にあった。

 勿論、中には俺の持つ破壊と殺戮の神への力に期待しているヤツもいたし……中には何故か俺を睨みつけているヤツまでいる始末である。


 ──どういう心理なんだろうな?

 ──パッと奇跡を起こしてヤツらを皆殺しにしない恨み、とか?


 そんなヤツについて考えたところで、彼らが何故俺を恨んでいるかなんてが分かる筈もなく……いやそもそも、彼らサーズ族の戦士がどう考えていようと俺の知ったことではない。

 そう肩を竦めた俺は相変わらず塩辛いだけの臓物のスープを飲み干すと、口元を裾で乱暴に拭い、空になった容器を近くへと放り捨てる。


「まぁ、まだべリア族の準備は整っていない。

 それまでに各自準備を整えておくこと。

 恐らく決戦まで……あと、もう2日はあるからな」


 軍議をそう締め切ったバベルの言葉に、俺は大きなため息を吐く。

 神殿の外からはこの状況でも呑気に遊んでいるらしき子供の声が、幽かに響いていた。


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