第三章 第七話 ~ 宣告 ~


「……っ。

 ……来ましたっ!」


 ロトがそう告げたのは、物資を略奪し終えた俺たちが往路よりも明らかに遅くなった足取りで帰路を進み、ようやくサーズ族の居住区が近づき始め、もしかしたら「このまま逃げ切れるか」という声が戦士たちから上がり始めた頃のこと、だった。

 ロトの声に振り返ってみると、丘の向こう側から塩の粉塵と共に、べリア族の兵士たちが迫ってきているのが目に入ったのだ。


「ありゃ、300ほどはいますな。

 ……思ったよりも早いし、多い」


 ギデオンが想像以上に厳しくなるだろう戦闘の予感にそう舌打ちしていたが……俺はそんなことはどうだって構わなかった。

 何しろ、雑兵など幾らいようが無敵の力を手にした俺には、ただ以外の感想などない。


「全員、戦闘準備っ!

 物資はその辺りに置いておけっ!」


「これが終われば、たらふく食えるっ!

 死ぬなよ、てめぇらっ!」


 そして、背後から敵が迫っていると知るや否や、バベルは大声で周囲の戦士たちに指示を出し、ギデオンも周りを煽って士気を高めて始めていた。

 実際問題、ここから逃げたところで、サーズ族の居住区はあまり守りに適した構造ではなく、非戦闘員も多く兵も少ない。

 だから、追っ手をどこかで迎え撃つ必要があり……即座に戦いの準備を始めた彼らの選択は別に間違ってはいない。

 だけど、俺はそんなことよりも……


「いたっ!」


 俺は塩の粉塵を巻き上げている敵集団を必死に睨みつけ……その先頭集団の少し後ろにを見つけ出し、思わずそんな叫びを上げていた。


 ──金髪の、戦巫女。

 ──白馬に乗った、セレスという名の美少女。


「く……くくくっ」


 望み通りの展開があっさりと訪れたことに、俺は湧き上がる笑みを押し殺せなかった。

 事実、俺が戦いを進言したのは……サーズ族による今回の略奪を扇動したのは、彼女を誘き出すためだったのだから。


 ──ああ、この瞬間を待っていたんだ!


 俺は戦斧を掴むと、鍛え上げた戦士ですら一人では持ち上げることも叶わないらしいソレを軽々と一振りし、肩へと担ぐ。


 ──あの綺麗な少女を、力ずくで屈服させ……

 ──俺のハーレムに入れる、この瞬間をっ!


 そのためには……周りのヤツらが邪魔だった。

 確かにバベルも戦巫女と同等の戦士であるし、ギデオンも片腕が折れたままとは言え、一介の戦士と比べ頭一つ飛び抜けている。

 ……だけど。

 俺の望みを叶えるためには、こんな連中など必要ないっ!


「ここは、俺一人で十分だ。

 てめぇらはそれを持って……とっとと失せろ」


 俺は右足を敵の方へと大きく踏み込むことでサーズ族の誰よりも最前線に立つ意図を示しながら、周りで何やら騒いでいる有象無象たちに視線すら向けることなくそう言い放つ。

 その傲慢極まりない俺の言葉に驚いたのは、バベルを始めとした戦う気満々だったサーズ族の戦士たちだった。


「お、おい、いきなりどうした?

 あの数が見えないのか?」


「そ、そうですよ。

 いくら何でもそれは……」


 俺の叫びに、バベルは慌ててこちらへと駆け寄ってきて押し留めようと声を上げ、ロトのヤツも若干怯みながらではあるがそれに追従する。

 だけど、俺はもう決めたのだ。


「良いからっ!

 てめぇらはさっさと運べっ!

 待たせているヤツらがいるんだろうがっ!」


 俺は前方から迫りくる軍勢を睨みつけながら、背後で俺の野望の邪魔をしようとする連中にそう怒鳴る。

 少しばかり、その手のゲームの主人公っぽい気分になってきて、言い回しに気を使ってしまったのは否定できないが……まぁ、吐いた言葉に嘘はない。


「は、ははっ。

 ご武運をっ!」


「神の化身……いや、戦友っ!

 ここは、頼む。

 だから……死ぬなっ!」


 そんな俺の行動をどう勘違いしたのか、ロトは涙ぐみながら俺に敬礼を一つするし、バベルのヤツは泣きそうになっているのか少し掠れた声でそう叫ぶと……略奪品を運ぶ連中と合流し、俺から遠ざかり始めた。

 ……何となく連中の勘違いが激しくなり過ぎている感があり、どうも落ち着かなかった俺は、戦斧を握り直すと担ぐ位置を三度ほど変えてみる。

 実際のところ、俺は別にサーズ族に感謝などされる謂れなどありはしない。


──俺はただ、彼らと同じく……自分の欲しい物をだけなのだから。


 そうして俺が塩の荒野に一人きりで立ち尽くしたまま、20分くらい経った頃だろうか。

 ようやく俺のところへと到着したべリア族の軍団は、一騎駆けとも言うべき俺の存在を危ぶんだのか……俺から100メートルほどの距離を保ったまま遠巻きに包囲を始めるばかりで、襲い掛かって来ようとはしなかった。


 ──300対1、か。


 その普通に考えたらの二文字以外が浮かばない状況に、俺は思わず笑みを零していた。

 実際問題……まるで「物語の主人公になった」と言わんばかりのシチュエーションである。

 いや、主人公というよりは、主人公たちを逃がすため追っ手を食い止めて散る名脇役の最期の見せ場、だろうか。

 尤も……


 ──俺は死ぬつもりなんて欠片もないんだけど、な。


 一撃で人を両断出来る膂力に、矢に射られようと剣で斬られようと槍で刺されようと傷一つ付かない身体がある。

 これで負けるなんて、馬鹿以外の何物でもないだろう。

 べリア族の戦士たちはその数の優位から、そして俺はこの無敵モードへの信頼から、お互いに怯みも見せずただ睨み合う時間が数十秒ほど続いただろうか。

 そんなにらみ合いの最中でも略奪品を手にしたサーズ族は拠点へと逃げ続けていて……この膠着状況を嫌った相手の切り札……白馬の上に乗った金髪の戦巫女が前に出て、声を張り上げる。


「先の戦場での御力、そしてサーズ族からの畏怖と敬意!

 貴方様こそ、破壊と殺戮の神ンディアナガルの化身その人とお見受けする!

 ですが、あの忌まわしきサーズ族に加担するなら、幾ら貴方様でも打ち滅ぼさなければなりませんっ!

 さぁ、如何なさいますかっ!」


 その声は凛として聞くだけで心地よく、しかも声量は大きく活舌は聞き取りやすく……恐らくは美声と呼ばれるだろう声だった。

 そんな美しい声が、俺の下でどんな喘ぎ声を響かせるのかと思うと……正直、今すぐにでも、300名のべリア族に囲まれているこの状況下であっても押し倒したい気持ちで一杯になってくる。


 ──いや、いくら何でも、まだ気が早い。


 俺は身体の奥底から湧き上がるような衝動を抑え込むと、必死に神々らしい威厳を見せるべく、堂々と胸を張り少し演技がかった口調で声を上げた。


「貴様の名はっ?」


「セレス=ミシディアと申します。

 破壊と殺戮の神よっ!」


 もしかすると、こういうのを戦口上というのだろうか?

 セレスという名の戦巫女は、首からぶら下げた×と〇の飾り……創造神ラーウェアの聖印を指で弄びながら、その凛とした声を張り上げる。

 その姿はまるで大河ドラマで見た戦国時代の口上のようで……彼女の美しい立ち居姿を前にした俺は、完全に目を奪われてしまっていた。

 ……その所為だろう。

 ほんの数秒前まで、俺の中では「ちょっと旅行先で引っ掛けたい美少女」程度の価値だった筈のセレス=ミシディアという名の戦巫女は、今この瞬間から「絶対に手にしたい惚れた女」へと変わってしまったのだ。


「ならばセレスよっ!

 貴様、俺の女になれ!」


 憧憬やら恋愛感情やら性欲やらが入り混じって訳の分からない精神状態に陥ってしまった俺は、先ほどまでの演技も混じったのか……気付けばそんな突拍子もないをつい口にしてしまっていた。


「は、はっ、はぁぁああああ?」


 そんな後日頭を抱えてのたうち回る系の黒歴史になることが決定した俺の叫びを真正面から浴びたセレスの答えは……俺よりも狼狽えていることが伺える、そんな素っ頓狂なものだった。


「な、何を馬鹿なこと、言うてんねっ。

 うちはそないな……」


 ──方言?


 動揺が極まった金髪の戦巫女は、そんな何処とも分からないような方言でぶつぶつと呟きを零し……恐らくではあるが、俺にかかっている翻訳の魔法が、彼女の混乱した口調を日本語に当てはめ意訳してくれたのが「方言という形で聞こえてきた」のだろう。

 そんな異世界言語事情は兎も角として、少女が真っ赤になって狼狽える様は、口説いている俺自身が見ても非常に可愛らしいと称するべき代物だったが……その反応はべリア族たちにも予想外だったらしい。

 俺たちを囲むべリア族の戦士たちの間に、困惑のざわめきが広がっていく。


「……お、お断り、致します!」


「~~っ、断っても無駄だ!」


 ようやく声を出したセレスの答えは、俺に人生で初めてという得難い経験をさせてくれた訳だが……威厳のある演技を続けていた所為で変なテンションになっていた俺は、ふられたショックから意識を逸らすように演技を貫き、ただただ声を張り上げ続ける。


「断っても攫うっ!

 抵抗しても力ずくでひん剥くっ!

 剣を持つなら腕を斬り落としてでも連れて行くっ!

 逃げるなら足をへし折ってでも我がモノとするっ!

 だからっ、安心して俺のものになれっ!」


「な……う、あ」


 正直な話、その時の俺は自分自身の感情も行動も全く制御できていなかった。

 ただ思いつくがまま、衝動が突き動かすがままに口から零れ出た……そうとしか表現できない俺の情熱的な叫びを浴びたセレスは返す言葉も浮かばないらしく、まるで酸欠の金魚のように口をパクパクと開けては閉じるばかりだった。

 正直な話、自分でもこの場……300を超える敵の兵士が見守る中だからこそ、ちょっと調子に乗っている感が否めない。

 ……劇場型の犯罪者が色々と芝居がかった感じで破滅まで突き進むその感覚が分かる気がする。

 実際の話、最近はサーズ族とべリア族……敵味方の違いこそあれどらしきこの『破壊と殺戮の神』というに馴染んできていた。


「ふざけるなっ!」


 狼狽える戦巫女は異性関係にどう見ても不慣れであり、正直に言うとこのまま押し切れそうな気になっていたのだが……生憎とこの場は俺たち二人きりではなく。

 俺とセレスが交わす問答に痺れを切らしたのは……物資を奪われ護るべき同族をも殺された当のべリア族の兵士たちだった。


「戦巫女セレスよっ!

 邪悪なる神の、このような時間稼ぎに付き合う必要はないっ!」


 その中でも一人、巨大な牛を模したひと際目立つ兜を被っている、将らしき大男がそんな叫びを上げたかと思うと……問答無用と言わんばかりに持っていた投げ槍を俺目がけて放っていた。

 横合いから放たれたソレは凄まじい速度と重さを誇っており……まっとうな人間ならば反応も出来ないまま、いや、もし反応出来ても防ぐことも儘ならず、ただの一撃で串刺しにされ、標本用のピンを打たれた昆虫のように手足を動かすだけの、へと変えられてしまったことだろう。

 ……だけど。


 ──生憎と俺は、まっとうな人間ではない。


 牛兜の大男が放ったその槍は狙い違わず、俺のラメラーアーマーの胸部を一直線に吸い込まれ、その運動エネルギーをもって胸を覆っている鉄板を易々と貫いていた。

 ……だけど。

 大の大人を串刺しにするほどの重量と速度を備えたその切っ先であろうとも、残念ながら俺の無敵モードを突破は出来ず……俺にチョークがぶつかったほどの衝撃だけを残し胸の皮膚で止まってしまう。


「ば、馬鹿なっ!」


 眼前の光景が信じられなかったのだろう、文字通りの横槍を入れてきた大男がこの世の終わりのように叫んでいたが……先の戦闘で似た反応を何度も見せられた俺にとっては、そんなものなどもはや見慣れたの一種でしかない。

 大男の芸を見終えた俺は、退屈さにただ肩を軽く竦めると、鎧に刺さったままの槍を引き抜き……


「邪魔をするな。

 ……ほら、返すぞ」


 その槍を、大男目がけて無造作に投げ返す。

 正直に言って力を籠めるでもなければ身体全体を使うこともなく、ただ右手の力だけで放り投げただけのその一撃は、かなりの剛の者らしき牛兜が放った投槍よりも遥かに凄まじい風切り音を上げながら、持ち主のところへと真っ直ぐに飛んで行く。


「……あ?」


 その牛兜の大男は槍が突き抜けた後の、自分の胸に空いた大穴を見て、そんな間抜けな声を上げたかと思うと……自分の身に何が訪れたのか理解できないまま背後へと倒れ込み、一度痙攣した後はもう指先一つ呼吸一つの動きすらもしないただの肉へと変貌を遂げていた。

 それどころか俺が放った槍は、大男の胸甲とその身体ばかりではなく、背後に控えていた兵士の身体までもを二人分ほど貫き、三人目の腹に半ばまで突き刺さったところでまで突き進んでいたのだった。

 自分で放っておきながら驚くのもなんだが……適当に投げた筈のその一投は俺自身でも信じがたい、大型の弩で放ったかのようなとてつもない威力だった。


「……何と、いう」


 セレスが呆然とそう呟くのも無理はないだろう。

 事実、見回す限り300近くも雁首揃えている筈のべリア族の兵士たちは、俺が適当に放ったただの一投によって、呟きの一つすら上げられないほど脅え切っていて……この場の空気が恐怖によって凍り付いてしまっていた。

 そうして出来た隙に、俺は背後へと視線を向ける。


 ──ちっ。

 ──何をもたもたしてやがる。


 俺の視線の先……戦場からさほど離れていない辺りでは、物資を運ぶサーズ族の連中が集落に向かっているのが見える。

 しかしながら、略奪した荷が増えた所為か、それとも俺が立っているこの戦場が気になっているのか、それとも俺が焦っている所為なのか……彼らの速度は亀の歩みよりもまだ酷い有様に思えてくる。

 そして、俺の視線を辿ったのだろう……このままでは略奪された物資を回収できないと見たのか、金髪の戦巫女であるセレスは腰から銀の剣を引き抜くと。


「先ほどの件、お断りさせて頂きます。

 ……この神剣で」


 俺を真っ直ぐに見据え、そう言い放ちやがったのだ。


「これは時間稼ぎだっ!

 神の化身は私が食い止める!

 お前たちはサーズ族を……奪われた食料を追えっ!」


 その挙句……同時にべリア族の兵士たちにそう檄を飛ばす始末である。

 彼女が上げた叫びは、紛れもなく俺が一番困る選択を取っていて……俺は思わず内心で舌打ちを隠せない。

 事実、少女の一喝で我を取り戻した300人ほどの兵士たちが一斉に動き出し……俺を無視する形でサーズ族の拠点へと向かい始めたのだ。


「……ちっ。

 行かせるかっ!」


 動き出したべリア族を見た俺は一つ舌打ちしつつも、こちらに背を向けた背後の兵士へと思いっきり踏み込み……戦斧の石突を握ることで攻撃のリーチを最大に保ち、渾身の力を込めて大きく振り回す。

 梃子の原理の所為か、振り回すのに少しばかり重さが増したものの……俺の放った戦斧の一撃は狙い違わず兵士の背へとぶち当たり、一秒前まで兵士だった筈の生き物を『二つの物言わぬ肉塊』へと変えていた。

 血と臓物と共に人の半分ほどが宙を舞ったその非現実な光景を目の当たりにして……自分たちの目の前に転がってきた「一秒後には自分がこんな無惨な姿を晒すかもしれない」というを目の当たりにして……またしても300の兵士たちは歩みを止めしまう。

 そうして足が止まったべリア族の兵士たちは俺にとっては格好の的であり……二度三度と戦斧を振るうだけで周囲には血と屍とが飛び散り、べリア族は脅えて浮足立っていて、もはや追撃どころではなくなっている。


「これ以上はやらせませんっ!」


「はははっ!

 来るか!」


 俺を放置すれば300の兵士すらただのに成り下がり、一方的に虐殺されるだけだと分かったのだろう。

 騎乗したままのセレスが、凄まじい勢いで襲い掛かってきた。

 とは言え、その手に持つのは神剣とやら……先日のような長槍ではなく、ただの剣でしかない。

 馬上にいることは戦場で有利に働くとは言え、馬の勢いに慣れてさえしまえば、恐れるほどのことでもく……更に、そんなリーチの短い剣を振り回したところで、足元の歩兵にはそうそう届くものでもない。

 つまり……


 ──柄の長い戦斧を持つ俺の方が、遥かに有利!


 俺はそう決断を下すと、襲い掛かってくる白馬を完全に無視し、騎乗の戦巫女だけを見据えると手にした戦斧を大きく振りかぶり……


「コイツを、どう受ける!」


「……その程度っ!」


 彼女を殺さないようにと心持ち軽く叩き付けた……それでも常人には受けることも叶わないだろう俺の戦斧は、神剣とやらの上を滑り、塩の荒野を叩く羽目に陥っていた。


「……あ?」


 その受け流しという技法を体験した俺は、思わずそんな驚きの声を上げてしまう。

 何しろ……神剣に叩きつけた筈の俺の戦斧には、何かにぶつかったような感触がまるでなかったのだ。

 それどころかまるで戦斧に身体が引っ張られたのように、俺の上体は戦斧ごと前へと流され……あっさりと軸を狂わされて傾いでいた。


「おおおっ?」


 原理だけを語るなら、振るった戦斧の一撃が相手の武器とぶつかる……その衝突に備えて両手を握りこんだ、まさにその瞬間を見計らってスカされてしまい、覚悟した衝突がなかったことで俺の身体が混乱して自分から重心位置を狂わせ……戦斧の勢いに引っ張られる形で俺の身体が前のめりになった、のが正解なのだろう。

 今までに経験したこともない剣技というヤツを前にした俺は動揺を隠せず、その場でたたらを踏んでしまう。

 そして……そんな大きな隙をべリア族の切り札たる彼女が見逃す訳もなく。


「人の武器で傷つけられなくても、これならっ!」


「~~~がぁっ!」


 セレスがどう操ったのかは分からないが、馬の後ろ足が跳ね上がったかと思うと、その両足は俺の胸へと真っ直ぐに吸い込まれ……全身に走った衝撃によって身体が浮いたところでようやく、俺は自分がのだと理解していた。

 一馬力というのは意外と凄まじいらしく……たかが馬に蹴られただけの俺の身体は吹っ飛ばされて宙を舞い、近くのべリア族の兵士を巻き込んだところでようやく止まってくれた。


「……ってぇ。

 あんな攻撃もあるのか」


 どっかのゲームで語られていた、人馬一体の妙技……とでも言うヤツだろうか。

 幸いにして無敵モードの俺にとっては馬に全力で蹴飛ばされたところで深刻なダメージにはならないものの、彼我の体重差は大きく……馬と比べて体重の軽かった俺は思いっきり背後へと吹っ飛ばされてしまう。


 ──馬上からは剣が届かないと思って油断した。

 ──恰好悪いな、クソ。


 大地に倒れていた俺は、反射的に飛び起きると戦斧を構え……内心でそう反省の言葉を呟く。

 戦巫女を力ずくで手に入れるついでに無敵の力を見せつけて格好良いところを見せるどころか、馬に蹴られてぶっ飛ばされて、無様な姿を晒すなんざ恥以外の何物でもない。


「く、喰らえっ!」


「~~っ、うるさいぞ、雑魚がっ!」


 不明を恥じていた俺の背中が隙だらけなのを見て、欲を出してしまったのだろう。

 まだ若いらしきべリア族の兵士が俺の背中から斬りかかろうとして……俺が適当に振るった戦斧の餌食となり果てる。


「~~~っ、また一人っ!

 破壊と殺戮の神ンディアナガルよ、私が相手よっ!」


 戦場は俺に反省の時間を与えてはくれないようで……騎上の戦巫女は俺が態勢を整えるのを待つことなく、そんな叫びを上げながら馬と共に突っ込んでくる。

 その大地を蹴る馬の蹄の音に、俺へと一直線に駆け寄ってくる彼女の勢いに、ことに気付いたのだろう。

 俺の周囲で武器を構えていたべリア族の戦士たちは今更ながら、巻き添えは御免だとばかりに俺から距離を取り始めていた。

 そうして逃げ出す敵兵士の背中に視線を向けた俺は、騎乗したまま突っ込んでくる所為で色々とやり辛いあの戦巫女を、何とか大地に引きずり下ろす一つの策を思いつく。


「……これなら、どうだっ!」


「うわぁああああああああああああっ?」


 その思い付きを実行するべく、近くのべリア族に手を伸ばしてその首根っこを掴んだ俺は、片手一本の力だけで武装した男の身体を持ち上げ……そのまま戦巫女を載せた馬目がけて放り投げる。

 自分の意志に依らず空を舞うことになった哀れな兵士の悲鳴が上がるものの……眼前の美少女に全ての意識を向けていた俺にとっては、雑魚の叫びなんざ雑音以外の何物でもない。


「な、にをっ?」


 いきなり飛んできた同胞に驚き、慌ててその軌道上から身体を逸らしたセレスだったが、その緊急回避の代償は大きく……彼女の体勢は落馬しないのが不思議なほどに崩れている。


「落ちろぉっ!」


 俺はその隙だらけのセレスを馬から引きずり落とすべく、戦斧を片手で振り回して横薙ぎに叩きつける。


「ちぃぃぃぃっ!」


「おおおぉぉぉおっっ?」


 ……だけど。

 そんな落馬しそうな体勢のまま、セレスは足を高々と上げ、俺の戦斧の横腹へと蹴りを入れることで、戦斧の軌道を逸らしてしまう。

 神業、としか言いようのないその体さばきに、俺は思わず見とれてしまっていた。

 ……いや、正直に言うと、彼女の長いスカートの隙間から覗く鉄の下着……恐らくは貞操帯とか言われるアレに目を奪われたことも否定しないが。


「隙ありっ!」


 横薙ぎの斬撃をスカされ、身体をひねった形で硬直してしまった俺の隙を、明らかに戦慣れしている彼女が見逃すハズもなく……俺は馬の前足の踏みつけを見事に喰らってしまう。


「~~っ、そんなものっ!」


 ……だけど。

 ほんの十数秒前に同じ攻撃を食らったばかりの俺は、そうして馬が蹴りかかってくることをしていた。

 そして、予想さえしていたならば……衝撃に耐えるべく身体に力を入れていたならば、俺の膂力は馬のソレとは比べ物にならない。


 ──人様をっ、足蹴にしやがってっ!


 両肩の筋肉で全体重を込めた馬の踏みつけを受け止めた俺は、そのまま右拳を近くにあった白馬の顔面へと叩き付ける!

 力任せに振るっただけの俺の拳は、ただの一撃で馬の頭蓋を叩き潰し……眼球や脳漿、血と頭蓋骨の破片なんかを周辺の荒野へとまき散らしていた。

 その一撃によって明らかな致命傷を受けた馬は嘶きすら上げることもなく、そのまま地に倒れ込んで動かなくなる。


「そんなっ?」


 一撃で馬を屠った俺の膂力が信じられないのか、それとも愛馬が死んだことそのものが信じられないのか。

 馬上から放り出された金髪の戦巫女は、身体を捻ることで大地に叩きつけられることは回避したものの……そのままの姿勢で呆然とそう呟いていた。


「今、ならぁっ!」


 空を舞っても神剣を手放すこともなかったセレスではあるが、流石に先ほどの衝撃は大きかったのか、俺の眼前で大きな隙を晒していて……幾ら俺が運動神経に恵まれていないにしても、その隙を見逃すほど愚図じゃない。

 戦斧を叩きつけてしまうと彼女の美しい姿をぶっ壊してしまうと瞬時に判断した俺は、ようやく使い慣れてきたその武器に頼ることなく、彼女の胸元に指を伸ばし……その白銀の甲冑に覆われたドレスを力任せに引き千切っていた。


「~~~なぁっ!」


「……おおおぉぉぉっ」


 本来ならばソレは、彼女の武装を解除して「力の差を思い知らせよう」としただけの行動だったのだが……彼女の鎧と服とを引き剥がした結果として、思いがけず彼女の白い胸元が窺えるようになっていた。

 それどころか、左胸に至ってはその先にある薄桃色の頂きさえもが……彼女を我が物にした際には自由にできるだろうソレが目に入る。


 ──お、おおおっぱいぃぃっ!


 生まれて初めて……ではないだろうが、少なくとも物心ついて以来では初めて見る、しかも同年代だろう美少女の胸に、喜びと興奮とで訳の分からないテンションになった俺は内心でそんな意味不明な喝采を上げ。

 本能の赴くがまま、「もっと良く見よう」という一心に支配された俺は、まだ武器を握ったままのセレスへと無警戒に一歩を踏み出した。


 ……その瞬間、だった。


 そんな情けなくも隙だらけの姿を晒した俺に、セレスの手にした神剣が袈裟懸けに叩き込まれたのは。

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