第三章 第六話 ~ 略奪 ~
俺の提案したべリア族の居住区強襲……その企みは拍子抜けするほど上手く進み、サーズ族に犠牲すら出なかった。
そもそも俺たちが襲い掛かったのは、サーズ族の攻撃を想定すらしていないような、大して兵士も駐屯していないただの農村なのだ。
むしろ此処まで夜を徹して8時間ほど歩き続けた時間の方が戦闘よりも遥かに苦痛だったと断言できる。
「けっ、たわいもない」
片手を包帯で吊るしたままの巨漢……腕をへし折って以来、驚くほど従順になったギデオンが、残された手に持った手斧の血を振り払いながらそう呟いたのも無理はない。
こちらの兵数は守りに30ほど残してきたから凡そ70ほど。
それに比べて村には武器を持つ男たちだけで20名に届くかという程度である。
戦術論では攻め手は3倍必要と言われてはいるが、ろくな防壁もない農村が戦場であり、べリア族は農民が武器を手にした程度の兵力しかいないのだ。
……勝負になる筈もない。
事実、俺の戦斧がたった二度振るわれただけで勝敗が決していたのだから……ただの雑魚狩りと呼んでも過言ではない戦いだった。
「おい、そっちのを積み込めっ!」
「馬鹿野郎っ!
金銀なんざどうでも良いっ!
それよりも食料だっ!」
そして今、ほぼ無傷で勝利したサーズ族の戦士たちは、農村の家々を回りながら女子供の区別なく村人を血祭りに上げつつも、食糧品になりそうなものを片っ端から集めて回っていた。
事前の計画通り、小麦の袋、干し肉、塩漬けの野菜……その手の保存食を中心に略奪は進められている。
大型の家畜は持っていけないので放置し……小型の獣や鳥らしき家畜はその場で〆て荷車に出来るだけ積み込んでいるのも、彼らの運搬能力を考えれば当然の選択だった。
べリア族の連中が必死に貯め込んでいた金銀や宝石なんかは……水も食料もないサーズ族には何の意味もなく、捨て置くだけの路傍の石でしかない。
当たり前の話であるが、食料どころか水すらもない彼らが金銀宝石を持っていたところで腹の足しにもなりやしないのだから。
「ひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃはははははっ!
神なんざ、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死にやがれぇえええええっ!」
その中でもちょっとだけ目についたのは、略奪に付いてきた黒衣の神官が、途中にあった〇と×の飾り……ラーウェアの聖印を狂ったように笑い叫びながら叩き壊している様子だった。
──まぁ、色々あるんだろうな。
正直な話、俺は破壊と殺戮の神の化身として崇められてはいるが……こちらの世界での宗教に口を出すつもりはない。
むしろこちらの宗教観も歴史も知らない俺は口を出せるほどの知識がなく、そもそも宗教なんて代物、あまり触りたいとは思えなかった。
──よく働くよなぁ。
──ああ、ヨットのようだ、だったっけか。
そうして近くの井戸に腰かけた俺は、蟻の行進を眺める気分で教科書で見た一節を何となく口ずさみながら、略奪を行っている兵士たちをぼんやりと眺めていた。
「ちっ、ろくなものがありゃしねぇ。
……しけた村だな、こりゃ」
そうして欠伸をかみ殺している俺の隣には、俺と同じく働きすらしていないギデオンがぼけっと突っ立ったまま、そんな愚痴を零していた。
「……お前は手伝わないのか?」
「む、無理言わないで下さいっ。
この腕ですよっ?」
何となく思いついたまま口にした俺の声に、少し怯えながらもはっきりと声に出したギデオンのそんな抗議を聞いて……俺は「確かに」と軽く笑う。
そうして全く役に立っていないのようなこの巨漢ではあるが、これでも片腕で数名の敵を屠っているのだから、なかなかの使い手である。
……ロトが評した「サーズ族でも一・二を争う腕前」というのは誇張ではないのだろう。
ただそんな如何にも力自慢という体型の彼でも、片手しか使えない今の状態では、荷物を運び出すような力仕事は流石に難しいらしい。
「おい、貴様らっ!
女なんか相手にするな!
時間がないっ、さっさと撤収するぞっ!」
バベルの声だと思われるそんな叫びに俺が顔を上げてみると……まだ若いサーズ族の男が、逃げ遅れたらしきべリア族の女を裸にひん剥いているところだった。
三十代らしき女は俺のストライクゾーンからはかけ離れていて見ていても楽しくない上に……この世の終わりのような女の悲鳴と、その男の野卑な笑い声が妙に俺を苛立たせる。
──どうも、こう。
──無抵抗のヤツをいたぶるってのは性に合わない、な。
それ以上に、周囲のヤツらも下卑た笑い声をあげてはやし立てるばかりで……てめぇら自身の生活がかかってると言うのに、略奪の手を止めて遊んでいるのだから、ムカついて当然だろう。
ついでに言うと、俺はこんな略奪して誘き出してという面倒な手順を踏まないと女一人手に入らないというのに、コイツらはその場のノリで女をヤろうというのだ。
……俺の堪忍袋の緒にも限界がある。
「若いヤツは仕方ないな、ったく」
ギデオンが下品な笑みを浮かべそう哂うのを耳にして胸糞悪くなった俺は、その衝動に突き動かされるがまま、井戸を造っていた人間の頭蓋骨くらいの大きさの岩の一つを掴むと……
「無駄なことしてんじゃねぇっ!
このアホがっ!」
その岩を男目がけて適当に放り投げた。
ただ衝動に駆られただけの、半ば威嚇程度のつもりで手軽に投げたその岩は、俺が思っていたよりも遥かに凄まじい速度で吹っ飛んでいき……
「えっ?」
襲われていた半裸の女の頭蓋を叩き割ったばかりか、襲い掛かっていたサーズ族の戦士の腹に直撃していたのだ。
脳漿をまき散らして倒れた女は確実に即死だっただろうし、腹に直撃を食らったその男もごろごろと吹っ飛んでいき、自らの身に何が起こったか分からない様子で左右を見渡すと……腹からどす黒い血を吐き出して蹲り、動かなくなってしまう。
あの様子では内臓が破裂していてほぼ即死だと、特に医学的知識もなければ人を看取った覚えもない俺が何故か直感的に理解していたのだが……その知識に覚えた違和感も、隣から聞こえてきた叫びによってかき消される。
「てめぇらっ、手が止まっているぞ!
とっとと運べっ!」
「すぐに追撃がかかると言っただろうがっ!」
先ほどの常識外れの一投を見て、俺の苛立ちに気付いたらしきギデオンが……そしてほぼ同時にこちらの様子を察したのだろうバベルがそんな怒声を上げ、その声に鞭打たれたかのようにサーズ族の戦士たちは慌てて作業を再開し始める。
だけど……彼らは仲間を殺されたというのに、誰も俺を咎めようとはしなかった。
──ま、そんなものか。
一度は裏切ったギデオンでさえ、こうしてお咎めなしで仲間に迎え入れないといけないほど彼らは切羽詰まっているのだ。
一撃で敵を両断し、一振りで柵も櫓も破壊してのける、破壊と殺戮の神であるこの俺を咎められる人間なんて……現在のサーズ族の中には、そんな殊勝な人間などいないようだった。
──それにしても……
俺は軽く肩を竦め、先ほどまでの倍速で動き出したサーズ族の連中から視線を外し……自分の右手を眺め始める。
先ほどの一投はまさに常識外れで……まぁ、神の化身とやらになって力そのものが上がっているのだから、あんな芸当が出来てのもおかしくないだろう。
「……これは、使えそう、だな」
こんなちっぽけな略奪戦ではなく、次に来るだろう大規模な戦闘に思いを馳せた俺は小さくそう呟くと、もう一つ井戸の岩をもぎ取り……逃げ遅れたのか今更ながらに家から飛び出してきたべリア族の老人目がけ、オーバーハンドで放り投げる。
「ひっ、ひぃいいいいいいいいいい!」
生憎とスポーツ経験なんざ小学生の頃の球遊び程度しかない俺のコントロールはお世辞にも褒められたものではなく……見事に岩は大きく外れ、二軒隣の石壁に大穴を開けるだけだったが。
「意外に難しいな」
思い通りに岩を投げられない悔しさから、その逃げる年寄り目がけて四度ほど岩を放り投げてみたのだが……どんどん遠ざかっていく的に当てるのは至難の業で、命中どころかかすりすらしなかった。
爺さんは上手く塩の荒野へと逃げ出していき……運が良ければ同族の集落で受け入れて貰えるだろう。
隣のギデオンから聞いた限りでは、爺さんが逃げて行った方向は塩の荒野が広がるばかり、らしいのだが。
その後も、ちょこちょこ湧いてきたべリア族の農民たちに数度岩を投げ、適当に数人ほど殺しながら暇を潰していると……一時間ほどかけてようやく略奪が終わったらしい。
「破壊と殺戮の神の化身よ。
作業は完了し、撤収の準備も終わっている」
「……ああ。
なら、とっととずらかるか」
ここからが本番だと分かっているのだろう、どことなく緊張した様子のバベルが告げたその言葉を聞き、俺はそう号令を出すと……
──さて、来てくれよな。
あの金髪の戦巫女による襲撃を待ち望む声を内心で呟くと……半壊した井戸から立ち上がったのだった。
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